縁の下の魔法使い
咲良雪菜
その1
朝起きるのに便利な魔法があったら、こうかな。
「メザメタン」
僕は杖を持ってそう唱える。
たちまち視界がすっきりと、頭もスッキリとなる。
強制目覚め魔法。
これはなんか魔物との戦いでも使えそうだ。けど、そんな魔物なんて居たことないけど。
窓から朝日が差し込んできた。少し寒い。身震いをする。
ベッドから出るのが億劫になる、みんなそんな気持ちだろうから、僕は頭を使ってみる。
「ヌクーイ」
杖をひとふり。声高らかに。
半径数メートルを暖かい空気で覆う魔法。
ささやかな幸せが体を包む。
僕は何故かここにいた。
僕は何故かこの小さな村、本当に小さな村にいた。
見た事もない部屋の様子に、見たこともない家具、見た事もない風景。
そして見た事もない格好をした人々。
あの日突然、僕はこの家の中で目が覚めた。
今僕が持つこの杖だけをもって。
ここは魔法が存在している世界。ちょっと、いやかなり不思議な世界。
僕も魔法が使える。ようだった。だけど、僕が使えるのは少し変な魔法。
僕が頭に覚えてる変な言葉を使うとあれよとそれが生まれる。
まるで生活する為に作られた魔法。
それを上手に使って僕は、今日もまた生活を始める。
「おはよう、ヒカル! 朝だよ――お? この部屋あったかーい!」
ガチャりと扉を開け、元気のいい声が聞こえてきた。
この村に住んでいる歳こそ僕と同じ16歳の少女のルナ。
ちなみに僕は、今ルナに呼ばれたとおり、ヒカルという。
なぜかは分からないけど、懐かしい響きだと感じており、初めて呼ばれた時もなにも不自然なく返事をしていた。
「幸せの暖かさ!」
手を広げて幸せを噛みしめるような顔で叫ぶ。
ルナが開けた扉からは冷たい空気が入ってくる。そんな扉を我に返ったルナはそそくさと閉めた。
「おはよ、ルナ」
「ヒカルのその魔法って凄いよね。てかヒカルって凄いよね」
「ええ……。ルナ達に比べたら全然」
ルナも魔法が使える。全てではないがこの世界の人は魔法が使えるようだ。
そしてルナが使うのは、見るからに魔法! という感じの力。
例えば火なら、炎が燃え上がるような。
例えば風なら、かまいたちを起こすような。
それに比べたら、僕が使うのなんて、パッとしないものばかり。
「えー、でもさ、ヒカルっていくつ魔法使えるの?」
「え……んー。いくつと聞かれても……」
僕は、いつも手当たり次第に使いたいと思った魔法を使ってきた。
こうしたいなと思ったら頭に言葉が、浮かんできた。それを使った。
「それだよ。覚えていられない程の魔法使うんだよ? それ、普通じゃないよ! 凄い!」
ルナに褒められて、ちょっと照れくさい。
しかし、パッとしないのは本当だし、ルナみたいな派手な魔法なんて使えないから、もしもの時とかは、全く役に立たないと思う。
「あれ、ルナ。足どうしたの?」
「え?」
僕の目にふいに入ってきた、ルナの足。
「足? わたし人間だから足生えてるけどそれがどうしたの」
「いや、おばけとかそんなん聞いてるんじゃないよ、怪我したの?」
白くスラリとスカートから伸びる脚、サンダルを履いてるから見えるくるぶしらへんのところに切り傷があった。
それをまじまじと見ていると。
「えっち、ヒカルどこ見てるの」
「いやなんで」
「多分どっかの草で切っちゃったんだよ。これくらい平気だよ?」
「いや、女の子なんだから、少しは気にしてもいいと思うけど」
「ヒカルは大げさだよ。こんなの魔法で治せるんだから」
大威張りしてみせるルナ。
腰に手を当て仁王立ちしているが。
「ルナ使えるの? 回復的なやつ」
「使えないよ?」
「じゃなんでそんな威張ってんの」
もう、っと僕はため息を混じらせ杖を手にする。
「ほ?」
キョトンとするルナ。
「キズパット」
またも僕の頭に浮かんだのは変な言葉。それを杖を振りながらつぶやく。
杖の先から小さな光が飛び出して、ルナの足元に駆け込む。
一瞬眩しく輝いた! ってメッセージウィンドウがでそうな感じに輝くと、すぐにそれは収まった。
たちまち、ぱっとルナの足元の傷が消えてしまった。
「うわぁなになに凄い!」
キャッキャッ言ってはしゃぐルナ、本当に楽しそうにしている。
足の傷跡を見ようと大胆に動いたりするから、スカートがひらひら舞って少し目が泳いでしまった。
「回復の魔法も使えるんだ!」
「あくまでキズを治すだけだよ。大怪我してたらだめだよきっと」
「ふーん?」
落ち着いたルナは、パタパタと僕の前にやってくる。
なんだよ、ご飯食べてないの?
「ねぇ、なんか失礼なこと考えてない?」
「いや別に」
「ヒカル、ちょっと魔法の練習付き合ってよ」
「なんで僕より魔法使える人の練習に僕が付き合わなきゃなんないの」
「いいじゃん! ほら、ヒカルも練習したらいいじゃん」
「別にそんな魔法を極めたいわけじゃないんだけど……」
「いちいちいちゃもんつけないの! ほらぁ」
痛い痛い……。
腕を思いっきり引っ張られて連れて行かれる。非常に悲しい。
何が悲しいって、朝ごはん今から食べようとしてたのに食べられなくなったってことでさ。
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