第5話 荒くれ者達3


 フード越しでも判る。その異様なオーラは。

 彼は何をするわけでもないのに、まるで王の如き存在感を以てその場に存在していた。周りの人間も、彼から目が離せないらしい。気のない振りをしているが、ちらちらと彼に視線をやっている。


 ふと隣を見ると、少年――ルファは黙り込んでいた。僅かに顔を青くしている。再び口を開くのを待とうと思っていたのだが、一向に話し出す気配がない。


(何なんだかねぇ……全く……)


 1人ごちていると、協会の男の一言から自己紹介が始まった。その気配に気づいたのか、ルファは緊張した面持ちで前を見据えていた。

 それと同時に、刺す様な視線を感じた。全体的な挙動を観察している様で、自分に向けられた視線も恐らくは一瞬。けれども、その一瞬が恐ろしい程に鋭く、まるで野生の狼に飛び掛られる瞬間の様な緊張感があった。屹度、この視線に気付くかどうかも彼の判断の材料になるのだろう。


 自分、ルファと自己紹介を済ませたが、彼は全く微動だにしない。彼の隣りの男が自己紹介を終えたとき、漸く僅かに身じろぎをした。一拍の後、彼は一歩踏み出しその神秘のベールを脱ぎ棄てる。


 フードに手がかかった瞬間、思わず身を乗り出していた。視界に映った男たちも皆、同じ動作をしていた。


 ごくりと生唾を飲み込む音が妙に大きく聞こえる。あれは、自分のものか、周りの誰かのものなのか。


 ぱさりと乾いた音が妙に大きく聞こえた。




「アルだ」


 僅かに高い声が響く。しかし、それを認識したのはもっと後の事。今はただただ彼から目が離せなかった。


 歳はまだ幼く、おそらくは15~17歳。ルファと同じかやや上だろう。だが間違いなく、ルファ同様この場で1番若い。


 襟足まで伸びた、色素の薄い稲穂の髪。泥や埃で被われているにも関わらず、存在を主張する白磁の肌。女性と見紛うような美しい容貌。この世に、容姿に対する黄金律が存在するというのなら、きっとその見本は今目の前にある。美人は見慣れていたはずなのに、美しい人間を初めて見た様な錯覚に陥る。間違いない。断言できる。彼は今まで見た中で一番美しい。


 まるで何処かの貴族の令嬢のように美しく、高潔で、品がある。なのに彼は、周りを平伏させる覇者の如き威圧感を以てその場に君臨していた。


 しかし、その貴婦人めいた秀麗な容貌に似合わず、その瞳は黒く、闇く。まるで死人のように光を宿してはいなかった。だがその闇の奥底には、抜き身の刃の如く鋭利で強い意志が秘められている。その落差がまた、人々の心を捉えて離さないのだろう。


 彼は、その場にいた人間の視線を全て釘付けにし、言葉を奪った。場馴れしている筈の、協会から派遣された進行役の男でさえ、彼から目を逸らせず、呆然と見入っていた。



  ※ ※ ※


 ぱさり。何かが落ちた音がした。その軽い音で我に返る。


 視界の端に、慌てて身を屈める男が映った。そこで漸く、協会の男が持っていた紙を落としたのだと気付く。その小さな音を皮切りに、静寂から徐々に喧騒が戻ってくる。


 しかし、視線は一点に固定されたまま。慌てて視線を逸らす者もいたが、矢張り気になるのか視線は部屋を一周し、再びアルという美貌の少年に戻ってくる。


「で……では、皆様自己紹介が済まれたようですので、依頼の話に移ります」


 協会から派遣された仲介人の男も、冷静さを装っていたが、完全に動揺を隠し切れてはいない。


(すっげー破壊力)


 リュートは思わず感心してしまった。




 ――何だか、視線を感じる。


『だぁほ!おめーは目立ち過ぎるんだよ』


『君は目立ってしまうからねぇ』


『少しは自覚して下さい!!ただでさえ貴方は目立つんですから』


 昔から何度も言われ続けてきた台詞である。皆に、耳にたこができるくらい忠告されてきた結果、自分がどうやら目立つらしいということは理解できた。この目つきの悪さの所為だろうか。昔からよく、生意気だの無愛想だの目つきが悪いだのと言われてきたのだが……。


 しかし、この目つきの悪さは生まれつきだ。親友のように愛想よくなんて出来はしない。


 ふと思い出される親友の顔。


 自分を呼ぶ声。


 太陽の様な笑顔。


 温かい、手……



 ずきりと胸が痛む。ふとした瞬間に思い出してしまう。


 何年経とうと、忘れることなんて、出来はしないのだ。


 

 今もまだ、色鮮やかに蘇る記憶。


 今は亡き、友の――



 底なしの闇が、襲いかかる。


 心が虚無に支配されていく。



 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ――


 僅かに残った理性が心を保つ。



 今は、依頼に集中しなければ――


 僅かに頭を振り、襲い来る闇を追い払う。


 仲介人に視線をやり、話に集中する。そうでなければ、心を保つことなど出来はしなかった。

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