第4話 荒くれ者たち2
アドリアが帝国に屈して早5年――アドリア全土は混沌と化していた。
各地で反乱が起こり、賊が蔓延り、帝国人が闊歩している物騒な世の中。商人は仕入れが出来ず、人々は遠方の親戚に会いに行くどころか、隣町に行くことすら命がけであった。
そんな時、重宝されたのが傭兵である。
傭兵には、大きく分けて二通りある。傭兵協会に属しているか、そうでないかである。
協会に属する傭兵は正規のものとして認可されている為、信用度は高いが、その代わり費用は高くついてしまう。逆に、属していない無認可の者は正式に傭兵を名乗ることが出来ず、傭兵とは名ばかりのならず者と大差ない扱いを受けている。但し、費用は安い。正規の者は協会の紹介料も含まれているので、値段設定が高い。無認可の場合は直接交渉が可能なので、安価で契約できる。
しかし、落とし穴は大きい。彼らは「自称」傭兵。彼らを傭兵たらしめているのは、己の言一つである。故に依頼者は彼らの人となりを知らず、腕の確認すらも出来ない。賊とはち合わせた瞬間逃げだすなんてまだ可愛い。中には、護衛に見せかけ、依頼人が油断した瞬間金品を奪い、時には命までも奪う人間とているのだ。ならば多少高くとも、協会に依頼する方が確実である。
しかし需要があるのもまた事実。富裕層にない人間は金を工面出来ず、致し方なく彼らを恃む。そして何よりも彼らと親しくしているのは、非合法な連中である。後ろ暗いことのある彼らは、表の人間である傭兵とは付き合えない。当然、協会にも恃めない。何故ならば、協会本部はセルディアにある。セルディアは商人の国。つまり、信用第一なのである。後ろ暗い彼らとは信頼関係が築けないのだ。――表向きには。
では、何故協会はそこまで信用されているのか。喩え上層部全てが清廉潔白であったとしても、人数が増えれば増える程下位に指令が行き届かず、中には賊と変わらぬ者とて現れても可笑しくは無い筈である。
勿論そんな事に気付かぬ愚者ではない。故に、試行錯誤を繰り返し、より優秀な者を残すために幾度も幾度も篩いにかける為のシステムを作り上げて来たのだ。
協会が信頼を勝ち得る為に作り上げてきた規則。その一つは階級制である。能力、経験によって階級が上がり、それによって仕事内容も賃金も変わってくる。
さて、アドリアにはレルヴァという変わった生物がいる。成長するに従って、名前が変わるのだ。傭兵の階級の名称は、その生物の名前が由来となっている。
先ずは「イーシャ」。所謂見習いである。「イーシャ」はレルヴァの子供。鼠くらいの大きさである。自分では餌をとることすら出来ないほど弱々しい事から、多少の皮肉を込めて、見習いはそう呼ばれている。イーシャは半人前であるため、1人で依頼を受けることが出来ず、必ず誰かと組まされる。当然、依頼料も半分である。
次は「レート」。「レート」はイーシャの成長した姿で、兎程度の大きさである。草食で害はなく、かなり頻繁に見かける、1番多い種かもしれない。見習いのイーシャがある程度経験を積み協会に認められれば、一人前としてレートの称号が与えられる。傭兵で、一番数が多いのがレートである。
そして、先ほどから名の出ていた「ルガイ」。レートでもかなりの経験、実力を持った者に与えられる称号で、商隊の護衛など、個人ではなく数名で雇われる場合に頭となりレートをまとめる権限を持つ。「ルガイ」は狼程度の大きさで、肉を好んで喰らう、荒々しい獣である。数は少なく、レートの半分以下。
こうして比較すると共通点が多々あり、最初にレルヴァに例えた人間はとても上手いと言わざるを得ない。
因みに余談ではあるのだが、何故同じ生物なのに呼び名が変わるのかというと、成長によりあまりにも姿形が変化するため、最初は別の生物だと思われていた――という説が濃厚である。レルヴァ自体がまだまだ謎に包まれた生物であり、そもそもイーシャから育てたり観察をしたりして、実際に変化する姿を見た者が極僅かであり、それも噂の域を出ぬ眉唾ものが多く、矢張り違う生物なのではないか――という説も色濃く残っている。
それはともかく、ルガイは数が少なく、そこに至るまでに10年の月日を費やすと云われるほどだ。今度の依頼はそのルガイばかりを集めたのだから、尋常じゃない、余程の大事だと言える。己の経験値が上がる、箔が付くと、気合の入った輩が多い。そして、集められたルガイの中でも自分こそが最も優れているのだと、それを証明してやると意気込んでいる人間も1人や2人ではない。
部屋中に殺気が充ち溢れ、互いを牽制し合っている。彼等は、これから命運を共にする仲間であると同時に、どちらが優れているかを競い合うライバルでもあるのだ。
そんな熱気が充ち溢れている中、この場にそぐわぬ飄々とした声が届く。
「なぁ少年。しかし何だって俺に声をかけたんだい?随分前からいたようだが……」
一応空気を読んでいるのか、声は潜められていたが。
「それ、今聞くことですか?……っていうか、僕の名前はルファです!いい加減名前で呼んで下さい!!」
対する少年の声も、聴き取れないほど潜められていた。
「さっきも言ったじゃないですか。何だか皆さん怖くて声をかけられなかったんですよ……」
「しかし見たところ、俺の前に来たやつはあのフードだろ?細そうだし、あれでもよかったんじゃないかい?」
ちらりと視線をやるのは一人静かに佇む旅装の者。
「み……見るからに怪しそうじゃないですか!!顔も分かんないし……」
ルファと名乗った少年は、びくびくと視線をやる。蜂蜜色の髪をした青年はそんな少年の姿を一瞥し、再び視線を戻す。この場に集う荒くれ者の心が更に荒ぶっていたのは、あの存在の所為でもある。未だにその顔を覆うフードを取ろうともしない。男たちからしてみれば、「馬鹿にしやがって」ということだろう。一言「忠告」してやろうと意気込んでいたようだ。
そんな中、自分は絶妙なタイミングで入室してしまい、邪魔をされた男たちの行き場のない怒りがこちらに向いたのだろう。
え~? 八当たり~。酷い~と、心中軽薄に悪態のようなものをつきつつも、視線は逸らさない。否、逸らせないという方が正しい。
「彼」と言っていいのか、若しくは「彼女」なのか。それすらも判別が出来ない。しかし、仮に「彼」としておくが、彼はどこか異質な空気を纏っており、周りから隔絶されている。その孤高の雰囲気は、何処か圧倒されるものがあり、他よりも優れた存在であるルガイたちの自尊心を刺激するのかもしれない。
――それに
(あいつ、相当デキる――)
自分は人を見る目はある方だと自負している。その自分が――本能が、彼は相当な実力者であると告げているのだ。
「それに……」
ぽつりと呟かれた一言に、意識が現実に引き戻される。
「僕、聞いてしまったんです。あの人の階位。……聞き間違いだと思うんですけど……」
そう言って、何かを考えるように黙り込んでしまった。
(ルガイじゃないってことかい?……まぁ、俺も実際は「煮込み」だけど……)
「彼」に視線をやりながら、少年が再度口を開くのを待った。
協会の定めた規則の中に、照会の責務がある。商人は、商品の受け渡しには細心の注意を払う。この場合、商品とは傭兵であり、如何にお客様――依頼人に満足して頂けるかが重要となるのだ。無認可のならず者と違うのは、ここである。階級制度も、結局はここに帰結する。
――つまり、「信用第一」というわけなのだが……。
レート1人で行う、個人の護衛のような単純な依頼でさえ、必ず協会を通す。1番簡易なものであれば、支部などでの待ち合わせや、協会の人間の紹介で顔合わせをする程度のものである。しかし、依頼によってはより複雑化される場合もある。
例えば今回の照会方法。先ずは指定された場所へ行き、特定の人間に話しかける。それは支部であったり、隠しアジトのようなものであったり、そのためだけに借りられた場所であったりと様々ではあるが。今回の場合は、この酒場。カウンターにいる店員に話しかけるというものだった。
そして、暗号。色水と、今回の依頼を示す、協会から指定された単語「イルティア」に自分に割り振られた番号を足し、注文をするというものだった。赤はこの旅人が依頼を受けた支部を示す色である。
『赤い水……イルティアの10年ものをくれ……』
通訳すると、赤から派遣された「イルティア」の依頼を受けた10人目、というわけだ。その後、確認のために再度問答がされる。
『タティールのソテー』
「タティール」も指定された単語であり、調理方法は自分の階級を示す。そして最後に確認のため、傭兵証である腕輪を見せれば照会終了である。
随分と手の込んだことを、と思うかもしれないが、中には更に複雑化された照会もある。協会の人間を装った詐欺も実際に行われているのだから、致し方ないことではあるのだが。
今回配布された階位を示す単語。ルガイは「串焼き」
では、「ソテー」は――?
※ ※ ※
「今回の依頼の内容は、山賊の盗伐です」
その言葉に、ざわりと周りが揺れる。依頼内容については、事前に説明があった。詳しくはここで説明される筈だが、内容に関しては皆聞き知っている。つまりこのざわめきは、「驚き」というよりは、「待ってました」の方が近いかもしれない。
そんな熱気の増した連中に驚くでもなく、男は淡々と続ける。
「依頼人の希望により身元は明かせませんが、確かな筋からの依頼です。そして、「内密に」ということでしたので人数を増やすよりも少数精鋭で当たった方が好ましいと考え、条件をルガイ以上とさせて頂きました」
男の前置きが続けられる間、旅人は己の思考の海に潜り込む。
今回の依頼を受けた理由――
自分は本来、このような団体行動は好きではない。――馴れ合いなど、ごめんだ。
普段なら、1人でこなせるような依頼を好んで受ける。しかし、今度の依頼――自分の勘が正しければ、恐らくは……。
ふと視線を感じて目線のみを滑らせる。先程の、蜂蜜色の髪をした青年がこちらを見ていた。何やら隣の少年と話しているようだったが、意識の大半はこちらに向けている。
どうやら自分は目立つらしい。昔からさんざん言われ続けてきた事だったから、目立たぬように普段はフードで隠しているのだが、それはそれで目立ってしまう様だった。
どうせ直ぐに外すのだし、と思考の端へ追いやると、丁度よく男の長い前置きが終わったらしく、辺りのざわめきは一旦の落ち着きを見せていた。最も、血の気の多い男達があのように騒いでいては、中々上手く伝達は出来ない。興奮していて、所々飛ばして聞く人間とているのだ。長い前置きは、男たちを冷静にさせる為の時間でもある。こういった場面でよく使われる手法でもあった。
「それでは、自己紹介をお願いします。飽くまでも、この依頼を行う上での呼び名ですから、登録名でも通称でも本名でも構いません」
では、此方の方からどうぞ。男は淡々と続ける。
「ゼイだ」
「バーズ」
「ガズルだ。宜しく」
次々と名乗って行く男たち。傭兵になる為に、家も生い立ちも関係ない。必要なのは、実力のみ。
もともと、まっとうな人間がなるような職種ではなかった。孤児や、お家事情で家や国を追い出された人間が、生計を立てる為に仕方なくなることが多かった。協会に登録する際、登録名が必要となるが、それは本名である必要はない。この中の何人が、親から貰った名を名乗っていることか。
「あ、俺?俺はリュートっての。宜しくぅ」
飽くまでも軽薄な態度を崩さないあの青年。
「あっ……あ、あのっ!!ルファですっ!!よ、宜しくお願いしますっ!!」
その隣でぺこりと慌てて頭を下げる少年。
「気負い過ぎだろ。そんな嫁に行くんじゃないんだしさぁ~」
「もうっ!!リュートさんっ!!からかわないで下さい!!」
リュートと名乗った青年は、楽しげに少年をからかって遊んでいる。
――そういう人間も、嫌いではなかった。
ふと脳裏を過ぎる、懐かしい声。
『そんな仏頂面ばっかで疲れねぇ?』
あの男も常に軽薄だった。随分とイライラさせられたけれど、憎めない、あの男。
ずきりと頭が痛む。
――駄目だ
忘れたつもりでいたのに――
ふとした瞬間に蘇る、声、顔――
まるで走馬灯のように浮かんでは消える顔。脳内を、数多の声がこだまする。
「ガディルだ」
幾つもの懐かしい声が反響する中、ふと近くで聞き覚えのない声が聞こえた。頭を上げると、隣の男が名乗っていた。
ああ、自分の番か。
記憶の淵から無理矢理這い出し、なんとか意識を現実に繋ぎ止める。一歩踏み出すと同時に右手を上げ、フードに手をかけるとそのまま背後に落とす。
フードの落ちる乾いた衣の音が、妙に響いて聞こえた。
しんと静まり返る室内。全ての視線がその旅人に集まる。呆けたような顔をして、ただ一点を見つめていた。
「アルだ」
まだ僅かに高い少年の声が、その静まりかえった部屋に響いた。
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