第6話 依頼1


 男は淡々と話を続ける。流石に場数を踏んだ協会の人間だ。立ち直りも早かった。


「先程も申し上げました通り、今回の依頼は内密に、迅速かつ確実に行わなければなりません。故、相手側に決して悟られないように、幾つかの部隊に分けて向って頂きたい」

 男が脇に抱えていた大きな紙筒を机に広げると、机の周りに傭兵達が集まってくる。男はとんとんと地図を叩きながら説明をしていった。


「この村からであれば、恐らく半日もあれば辿り着けるでしょう」

 そう言うと、つつと指を滑らせ、村から伸びた一本の線をなぞる。

「報告によると、街道から離れたこの山林に、少しばかりですが身を隠す場所があったそうです」

 一拍の後、とんとんと一点を叩く。

「山の麓には小さな村が御座います。――その村の村長には話を通してありますので、幾つかの宿は確保しておりますが……」

 指の先には、「アルゴ村」と書かれていた。

「これらは、我々の放った密偵からの報告です。この情報をどう利用されるかは、貴方がたに一任致します。――ですが、全員で動かれましたら、相手に気取られる可能性が御座います。各個人で動かれるか、数名に分かれるか……どちらにせよ、決して相手側に悟られぬようにお願い致したい」

 そしてぴたりと1点を指す。

「山賊が根城としておりますのは、この山の中腹で御座います。アジトの場所も特定しておりますので、後ほど詳細地図をご覧ください。人数は40人前後。正確な人数までは分かりかねますが、その程度と思って頂きたい。」


 そう言うと、男は二枚目の紙を広げた。それは一枚目よりも範囲が狭く、幾つかの書き込みがしてあった。ぐるぐると円で囲んである場所、バツ印をつけている場所。小さな点を打っている場所。

 男は再びとんとんと地図を叩き始めた。

「このバツ印は、実際に被害に遭われた場所で御座います。この小さな点は、山賊らしき者達が目撃された場所――そして……」

 男は円へと指を滑らせる。

「略奪を終えた連中は、この場所へと入って行ったそうです」


 しんと静まり返る室内。誰も口を挟むことなく、視線は一点に集中され、全員が男の話に耳を傾けていた。

「以上が我々が提示できる情報の全てで御座います」


 そう締めくくると、男は一歩下がった。


「先程も申し上げましたが、此処にお集まり頂きました皆様は全員がルガイ以上の経験豊かな方々で御座います。故に、我々が余計な口を挟みますよりも、皆様が各人で判断された方が確実かと思われますので、皆様で意見を出し合い、この場で作戦の詳細を話し合って頂きたい。僭越ながら、私はここで依頼内容に反していないかを見定めさせて頂きます」


 ああ、それと。男は全員を見渡して言った。

「最低でもルガイ、ということは、当然ルガイ以上の位を持つ方もいらっしゃいます。どのような作戦を立てられるかは存じませんが、作戦指揮はルガイ以上の方に執って頂いた方が宜しいかと。各部隊長も務めて頂きたい」

 薄く微笑むと、男は口を噤んだ。宣言通り、口を挟むつもりはないらしい。さあどうぞと云わんばかりに周りを見渡す。


 辺りは静まり返ったまま。その場に集まった猛者たちは、戸惑いの表情を浮かべ、ただ眼を見交わしていた。その中でただ一人、睨むようにして地図を凝視している男がいた。

 アルと呼ばれた美貌の少年。彼は狼狽する周りに目もくれず、何かを考えるようにただただ地図を凝視していた。


 ※ ※ ※


 男たちは戸惑っていた。しかし、彼らは何れも経験豊かな猛者たちである。ぽつりぽつりと意見が出始め、直ぐに議論が開始された。


 その口火を切ったのは、リュートに絡んでいった男だった。確か、ガディルと名乗っていた筈である。歳は30後半から40前半。筋骨隆々とした、立派な体躯。短く刈り上げた茶髪。瞳の色は焦げ茶色。その目元に小さな傷があり、眼光は鋭く、傷と相俟って恐ろしく近寄りがたい印象を与えている。眼元だけではなく、男の体中に傷があり、幾多もの修羅場を経験してきた事を物語っている。その強面からか、支配者としての威厳か。反発する者もなく、自然と彼を中心に据え始めた。


「先ず人数だが、待機組を多くした方がいいと思う」

 とんとんと地図を叩く。

「見たところ、此処と、此処と、此処……後、ここもいけるかもしれない身を隠すにはうってつけだ」

 彼の意見に、皆首肯する。

「役割も決めておいた方がいいだろう。体力的に、ここから直接向う奴が一番体力を消耗している」

 まあ最も、俺にとっては準備運動にもならんがな。ふんと鼻を鳴らし、自慢気に胸を反らす。その台詞に、室内に笑いが起こる。俺だって、と名乗りを上げる人間もいた。

 僅かに和んだその空間で、更に話し合いは続く。


「先ず大きく分けて3つ。一つは囮だ。隊商を装って奴らをおびき寄せる。

 もう一つはアジトまで乗り込んでって一網打尽にすることだ。最後に……要領は悪いが、鼠狩りだ。出会い頭片っ端から切り捨てる」

 まあ最も、最後のは隠密とは言い難い。依頼内容に反するがな。そう言って締めくくる。


「一番いいのは、奇襲だな。アジトの場所が割れてんだ。奴らは袋の鼠……一か所に集めて殺りゃあ早ぇ」

 再び地図に視線を落とすと、そこから議論が交わされ始めた。人数、待機場所、開始時間。各自意見を出し合って、なんとか話し合いの形は保っている。


 しかし、参加していない人間もいた。リュートと名乗った青年は、皮肉気に笑いながら、遠巻きにその光景を見ていた。ルファと名乗った少年は、自分なんかが、とでも言いたげに居心地悪そうにしていた。そして、アルと名乗った美貌の少年。彼は一言も発することなく、なおも睨みつけるようにして地図を見つめていた。


 リュートはその光景を遠巻きに見ていた。そのつもりはないのだが、どうしても皮肉な笑みが零れてしまう。男たちが顔を寄せ合い話し合うその姿を、むさ苦しい、とつい嗤ってしまう。

 しかし、理由はそれだけではない。彼らは一様にして、自己主張が激しい。先程から聞いていると、我が我がと随分自分を押し出している。自分なら大丈夫。自分なら出来る。自分なら余裕だ。自分はこれ以上のことをしたことがある………。

 これで本当に大丈夫なのかと問いたくなる。本来なら、冷静に自分の能力、経験を考慮しなければならない。己を過大評価しすぎると、それが命取りになってしまう。しかし、全員がルガイ――つまり、普段は人の上に立っている人間である。その自信は当然なのかもしれないが。


 こいつらと一緒で大丈夫なのだろうか……。

 心配になると同時に、皮肉な笑みが零れてしまうのは当然である。

 己を過大評価して、他者を見下し連携がとれず、個々で動き 自滅する――


(俺は御免だね。そんなの――)


 リュートには手に取るように分かっていた。今後の運命、彼らの辿るべき末路が。


 ガディルと名乗った男に視線をやる。恐らく彼は数少ない例外――ルガイ以上だ。

 彼が上手く連中をまとめ上げてくれれば勝機はある――が。ルガイ以上は彼だけではない。そいつらを従わせることが出来るか……。


 再び視線を移動させる。恐らく彼もルガイ以上だ。先程から一言も発せず地図を睨みつけている少年。


 アル。


 改めて彼を観察し、自分なりに分析してみた。年齢は十代後半。二十歳には達していないだろう。色素の薄い稲穂色の髪は襟足まで伸び、前髪は目にかかっている。此処まで随分と長旅をしてきたのか、服は薄汚れ、ところどころ破れている。頬も埃で汚れ、随分とみずぼらしい格好をしているが、その美貌を損なうこともなく。何処となく高貴な雰囲気を持っており、きっと飾り立てれば貴族の子弟で通ることだろう。

 その肢体はほっそりとしており、この場にいる筋肉自慢の男達の半分しかないのではないかと思うほどだ。きめ細やかな白磁の肌。大きな瞳を覆う長い睫毛。形の良い唇。その女性的な容貌と細い身体、そして年齢を併せれば、彼を戦力として扱うことは難しい。


 しかしながら、彼にはそう簡単に切り捨てることの出来ない何かがあった。その姿と相反する彼の堂々とした立ち振る舞い。ただ立っているだけのように見えても、彼の四肢全てに神経が行きわたっており、動きに無駄がない。じっと佇む姿はとても洗練されており、まるで絵画のように美しいにも関わらず、他人を屈服させる何かがあった。

 そして何より、その眼だ。長い睫毛に縁取られたその瞳は、女性的な繊細さを持つ美しい容姿に似合わず鋭利だ。まるで闇の中で生きてきたような闇い瞳。しかし何故か眼を逸らせないほどに引力がある。


(――まるで死神卿だな――)


 彼の亡国の英雄も、このような感じだったのだろうか――?


 その形の良い唇に、ふと嗤いが浮かぶ。そうだ。年齢など瑣末なことだ。


 何故なら――噂通りなら彼の英雄は――



「では配置だが、希望はあるか?」


 その低い声に一気に現実に引き戻される。どうやら粗方作戦は決まったらしい。配置について希望を出し合っていた。聞き取れぬほどの小さな声で、隣の少年に問いかける。

「結局、どうなったんだ?」

「何人かを見張りに置いて、残りメンバーでアジトに攻め込むみたいです。……っていうか聞いていなかったんですか?」

 責めるような視線を向けられ、爽やかな笑顔で返す。諦めたのか、ルファは小さなため息をついて、もういいですと呟く。

 そんなルファの様子を無視して、再び思案する。


(まぁ、妥当な線だな――)


 情報量の少ない現時点では、それが一番いい手段だと思われる。力量的に自分は攻め込む方に回った方がいいのかもしれないが……

 ちらりと前方に視線をやれば、予想通り、血の気の多い男たちがこぞって攻め込みたがっていた。

(まぁ、やる気のある奴に任せた方がいいよねぇ……)

 自分は楽な見張りがいいかなぁ……。呆とそんなことを考えていたら、妙な沈黙が落ちた。


 男たちの視線が一点に集中する。辿るまでもない。その視線の先にいたのは、未だ沈黙を貫き地図を睨みつけていた美貌の少年。

 部屋が奇妙な沈黙に支配され、えもいわれぬ緊張感が満たす中、少年は顔を上げ、初めてその口を開いた。

「……詳細地図はあるか?」

 視線の先にいた男――仲介人は、まさか話しかけられるとは思っていなかったらしく、動揺してしどろもどろになっていた。


「え…ええと……地図、ですか?」

「ああ。その山の詳細地図だ」

 そう言って顎をしゃくり、机の上の地図を指す。

「い……いいえ。私が頂いたのはそこにある地図のみで御座います」


 慌てて答えると、「そうか」と一言返ってきた。そして再び沈黙がおちる。思案を再開し始めた彼の瞳には、目の前の屈強な男たちは映っていないようだった。

 無視された事に憤りを感じた男たちは、思わず食ってかかる。

「おい!!そこの餓鬼!!」

「無視してんじゃねぇぞくらぁ!!」

「いい加減にしろよ!!餓鬼のお遊びじゃないんだ!!」

 喧喧囂囂と文句を垂れる男たち。一気に不穏な空気が流れ始めるが、少年は意に介した様子もなく、鋭い瞳で黙考していた。


「――っ!!てめぇ!!」

 一色即発の張り詰めた空気が頂点に達したとき、1人の屈強な男が前に進み出た。彼らの中心にいた男、ガディルである。

 彼は鋭い瞳でアルを睨みつける。その恐ろしさに、周りの男たちですら気圧されていた。何度目になるか分からない沈黙が部屋を満たす。迸る殺気に、恐怖にも似た思いが支配する。 しかし、屈強な男たちでさえ怯えるその視線を一身に受けながら、アルは矢張り平然としていた。


 その態度が気に入らなかったらしい。ガディルは更に凄味を増すと、地の底から響いてくるような低い声で問い詰める。


「いい加減にしろよ糞餓鬼がぁ!!」

 凄みの効いた大音量が、びりびりと空気を震わせる。

「いいか!!これは仕事だ!!餓鬼のお遊びじゃあねぇ!!何の手違いで紛れ込んだか知れねぇが、てめぇみてぇなお譲ちゃんが来る場所じゃあねぇんだよ!!!」


 その少女めいた容貌に対する皮肉に、周りから失笑が漏れ聞こえてくる。しかしアルは微塵も動じることなく、平然と答えた。

「……手違い?子供が簡単に紛れ込めるような確認方法しかとっていないのなら、随分と安い仕事だな」


 その言葉にかっとなり、頬を朱に染める。

 この仕事は、数年に一度訪れるか分からない大仕事だ。ルガイの中でも、特に選りすぐりの精鋭たちを集めたと仲介人にも言われている。少数精鋭。その少数に選ばれた、という彼らの矜持を刺激したのだ。ガディルだけではない。怒りは周りに伝播し、辺りは一瞬にして殺気立つ。


(あ~あ。そんな言い方したら、敵作るだけだろう?)

 馬鹿だねぇ、と心の中で呟く。ルファが聞いたらきっと、己の言動を棚上げしてよくもまあ、と呆れるに違いない。


「てめぇ!!」

 ガディルはアルの胸座を掴み、力任せに引き寄せる。息がかかるほど近くに恐ろしい顔が近付いても、彼は矢張り表情を変えることはない。


「俺は傭兵協会から正式な依頼を受けて来た。それはこの場にいることで既に証明されている。――この依頼の条件は何だ?」

 彼は怜悧な瞳で淡々と続ける。

「この場に集った人間は皆、条件は同じだ。協会側で、この依頼を受けるに相応しい能力を有していると判じたからこそこの場にいる筈だ。ならば上も下もない。同等の発言権はある筈だが?」


 その物怖じしない態度に、寧ろガディルの方が気圧されていた。しかし、彼は数十年に亘り人の上に立ち、誰よりも強く在った。こんな年端もいかぬ小僧に――しかも、女みたいな貧弱な子供に気圧されるなど、あってはならないことだった。


 彼は己の優位を示さんと、更に声を荒げる。

「条件が同じ?同等の発言権?……はっ!!ふざけんな!!」

 更に顔を近づけ、凄みを効かせる。

「てめぇみてぇな餓鬼と一緒にすんじゃねぇ。確かに条件は一緒だなぁ?ルガイでさえあればいいんだ。けどなぁ、ルガイっつっても経験や位が違ぇんだよ!!てめぇみてぇなケツの青いひよっこと俺様が同等な発言権を持つ訳ねぇだろ!!」


 一気に捲し立てると、突き飛ばすようにしてアルを離す。

「いいか!!餓鬼に発言権なんてねぇ!!てめぇは大人しく俺らに従ってればいいんだよ!!」

 びりびりと空気を震わせるほどの一喝。その迫力に、失笑していた男たちですら気圧され、いつしか部屋には沈黙が降りていた。男たちは、怯えを含んだ瞳でただ成り行きを見守っていた。


 そんな緊迫した雰囲気が流れる中、ぷっと吹き出す声が聞こえてきた。自然と視線がそちらへ集まる。その視線の先、肩を震わせ笑っていたのは、蜂蜜色の髪をした軽薄そうな男。リュートだった。

 隣の少年、ルファが慌てて袖を引くも、彼は嗤いを収めることもなく、ただ肩を震わせていた。


「んだぁ~?てめぇ……」

 ガディルが低い声で凄んでも、彼は怯えることもなく、軽薄な笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。

「一緒にするな……ねぇ?」

 へらへらと笑いながら、まるで挑発するように続ける。

「まぁ、確かに一緒にはされたくないなぁ?こぉんなムサイ連中と一緒じゃあ女の子にモテないしねぇ?」

「んだとぉ!?おるぁあ!!」


 アルよりは年上とはいえ、恐らくは20代前半。リュートもかなりの「若造」だった。格下の子供に馬鹿にされ、ガディルの怒りは頂点に達していた。しかし当のリュートは怒りの矛先を向けられても、軽薄そうな笑いを収めることはない。

「お~。怖い怖い。そんなに怖い顔で睨まれたら俺、ビビっちゃうじゃん」

 あ~夢に見そう、と呟きながら腕をさする。射殺しそうな視線を受けながらも、彼は怯えた様子を見せない。


「経験……位……ねぇ?まぁ、ルガイの中でも上中下はあるし、当然ルガイ以上も混じってるけどさ?彼もその若さでルガイになったんだよ?相当な実力があると踏んでもいいんじゃないかい?きっと、戦力になるよ?」

 あまり決めつけるのもねぇ。そう言って肩を竦めるリュートを睨みつけ、ガディルは怒鳴りつける。


「ざけんな!!餓鬼を恃むほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!!このくそがきゃあ!!」

 空気を揺らすほどの大声に、眉を顰め、耳を塞ぐ仕草をする。

「年齢は関係ないってば。そんなに歳を気にするなら、件の死神卿はどうなるんだい?」

 その言葉に、ガディルの言葉が詰まる。



 それはとても有名な噂で、ほぼ真実に近いとされていた。


 帝国に最も恐れられた男。今は亡き救国の英雄。


 その鬼神の如き強さから死神の異名で呼ばれていた彼が、未だ幼い子供であったことを――

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