第2話 アドリア大陸史

 アドリア大陸には、大小様々な国家が存在する。


 そのうち、公に「国」として認められているものは6国のみであり、それ以外の集落は6国に属している形になっている。なかには「中立地帯」などと呼ばれ、どの国にも属さない独立を認められた部族もあり、自らを国、国王と称する存在もあるのだが、公には「村」「部族」、それを収める「長」と呼ばれ、6国と対等な「国」として認められては居なかった。



 宗主国フェレイスを中心に、アドリア大陸はそれなりにまとまっていた。


 特に、フェレイス、セルディアの双璧の力は大きい。



 フェレイス国は、大陸全土に広がるフェーラ教の神殿本部があること、そしてなにより、王族はフェーラ神の末裔だとも言われ神聖視されてきた事から、その地は神領地とされ、古より宗主国として崇められてきた。



 そして、セルディア国。

 アドリア一の大国であるセルディアは、商業が活発で、他国との貿易を盛んに行ってきた国である。故に、人や情報、物資などの行き交いが激しく、アドリアの中でもなくてはならない主要国となっているのである。もしセルディアに睨まれてしまえば、物資の不足や情報の停滞により国が孤立し、国力が衰えてしまうことから、比較的新しい国でありながら、宗主国と同様の発言権を手にしたアドリア一の大国とまで呼ばれるまでに至った。



 当然、国と国の間で戦もあった。けれど、この2国の仲介があれば、国を焦土とするような大きな戦にはならなかった。

 宗主国から牽制があれば逆らうわけにもいかず、セルディアを邪険にしてしまえば、その国は孤立してしまうからである。



 しかし厄介なのは、レーヴェル・スーラ連合国である。

 アドリア一の多民族国家で、6国中、唯一「国王」が存在せず、各部族の長による話し合いで支配されていた。 

 しかし、崇める神も習慣も違う民族の集まりであるから意見の相違は仕方がない。各部族間での戦という名の小競り合いは最早日常茶飯事となっている。

 そして困ったことに、喩えある部族間で戦が起こったとしても、他の部族は全く口を挿まない。各部族には各部族の主張があることを知っているからだ。

 己の信念の為に戦うことを称賛しこそすれ、止める権利などないと考えている。


 また、この国の民はフェーラ教徒ではないため、フェレイスの顔色を窺うこともなく牽制も仲裁も一切受け入れず、フェレイスも頭を悩ませていた。


 レーヴェル・スーラは、アドリア一の多民族国家であり、それであるが故に、最も戦の多い国でもあった。



 その他3国は、多少の差はありこそすれ、同等の勢力を誇っていた。

 故に、国同士の戦のそのほとんどがこの3国間で行われていた。フェレイス・セルディアの手前、表だっていがみ合うことはなかったが、水面下では随分ときな臭い動きもあった。

 そして、とある国同士での開戦の噂がまことしやかに流れるようになったころ、アドリアに悪夢が訪れた。



 神聖グライス帝国が突如侵攻してきたのだ。



 神聖グライス帝国。


 その国は謎に包まれていた。


 今迄は、噂さえも聞かないような国だった。様々な情報が集まるセルディアでさえも、まともな情報はなかった。

 海の向こうの他大陸にある、国ともいえないような小さな集落だったとも。

 この数十年で、異様なまでに力をつけてきたと耳にする頃には、既にアドリアの半分は帝国の色に染まっていた。


 それでも簡単には諦めなかった。


 開戦の兆しなどなかったかのように、アドリア中の国が手を取り合って、必死に抵抗してきた。



 しかし真っ先に屈したのは、意外にも宗主国であるフェレイスである。


 民の人権と宗教の自由を条件に、自ら膝を折った。

 フェレイスは宗教国家である。無駄な殺生を好まぬお国柄もあり、敗戦の色が濃いと悟ったフェレイスは、交渉という手段に出た。

 負けて人を人とも思わぬ扱いを受けるよりは、喩え恥辱に塗れようとも、人として生きる道を選んだのだ。

 何より、植民地となっては改宗されてしまう。神領国が神を裏切るわけにはいかないということも一因であった。



 そして、例外的に自治を認められたのは、レーヴェル・スーラ連合国である。

 言いかえれば、「帝国の手に余る」であった。なぜならば、彼の国は多民族国家。戦も日常茶飯事である。

 故に、武力には屈せず、己の神や信仰を妨げる外敵を「共通の敵」とみなし、連合国全ての部族が手を結び、共闘したのである。

 普段から生活の一部のように常に戦をしてきた者達である。その戦闘力は凄まじかった。

 帝国の侵略を許さず、自分たちの領地から追い出してしまった。


 結果、帝国は連合国から手を引いた。

 普段から「内乱」ばかりを起こしている国である。喩え支配下に置いたとしても、厄介なだけだ。強固に侵略を続けても、兵力と物資と時間の無駄である。


 つまり、彼の国は捨て置かれたのだ。



 そして、最後まで抵抗したのが、残る3国のうちの一つクレイス国である。


 クレイスは緑豊かな地。そして、歴史と伝統の国でもある。その系譜は古く、宗主国フェレイスにも劣らぬ歴史を誇っていた。

 彼の国は、古い歴史を持つ誇り高き自国の地を、野蛮な帝国の連中に踏まれてなるものかと最後まで抵抗を続けた。

 もともと開戦の兆候があり、軍備を整えていたところである。食料も豊富である為、籠城戦ともなれば勝てぬ筈がなかった。


 しかし、その見識は甘かったとしか言いようがない。

 帝国は強く、籠城などという悠長なことはさせてはくれなかった。

 厳重に引いた戦線を易々と突破し、仕掛けを焼き払い、城の堀を飛び越え、瞬く間に城を陥落させてしまった。

 帝国軍は、雨のように降り注ぐ矢を討ち払い、数多の剣を跳ね返し、まるで雑草のように陣営を踏みつぶしてゆく。帝国軍が進軍するその姿は、まるで悪魔の行進ようだと人々に恐れられた。


 そして、クレイスは追い詰められた。

 国王と世継ぎたる第一王子が戦死し、国が堕ちると思われた瞬間――



 神が、降臨した。


 天より2人の神が降り立ったのだ。


 今でも語り継がれる二神伝説。



 1人目は、太陽神。

 輝かんばかりの美しい金色の髪と、麗しい容姿のクレイス国第二王子。


 そして2人目は、神は神でも死の神。

 鮮やかな、血のような緋色の髪と魂を奪われる様な美しい容姿の、緋き死神。



 この2人の快進撃は凄まじかった。

 クレイス国第二王子であるイクスレイム率いる解放軍は、我が物顔で城を闊歩していた帝国軍を追い払い、国を取り戻し、大陸中に希望をもたらした。


 イクス王子は、まさに希望の光だった。

 帝国により暗黒に染められつつあったアドリアの、希望の光。

 その眩いばかりに光り輝く金色の髪と相俟って、アドリアに希望という名の光をもたらす太陽神と崇められてきた。


 太陽神・光の王子と輝かしい異名で称えられてきた王子に対し、もう1人は死の神と、少し不吉な異名で呼ばれていた。

 彼は、何処からともなく現れ、その圧倒的な力を以て帝国軍を退け、王子に勝利をもたらしてきた。


 クレイス軍一番隊隊長、クーレオン・カレル。


 彼の名は、アドリアだけでなく、帝国中に知れ渡った。

 その比類なき強さに及ぶものなく、次々と帝国の将を打ち取り、帝国に確実に「死」をもたらした。


 しかし彼は一軍を率いる将ではあったが、王侯貴族ではない。

 では何者かと聞かれると、答えようがないのだが。

 彼のことを知っている者は何処にもいない。氏素性の知れぬ者が突如現れ、その圧倒的強さを以て帝国軍に死を与え、光の王子に勝利をもたらした。

 人々は彼を、「光の王子を助けるために天より遣わされた死神」と称した。

 素性の知れぬ者を怪しみ排斥するより、帝国の脅威から救ってくれる、その奇跡を信じたかったのかもしれない。


 彼らは破竹の勢いで帝国軍を蹴散らし、とうとう帝国を壊滅寸前にまで追い詰めた。


 そして、戦争は呆気なく終結した。



 光の王子の死を以て……。



 王子の死後、帝国軍は息を吹き返した。


 対して解放軍は、光を失い、戦意を喪失させた。


 その影響は、同盟を組んでいた国々にも及んだ。


 見切りをつけ、帝国に付いた国もあった。


 最後まで抵抗した国もあった。



 しかし光を失ったアドリアに希望はなく、瞬く間に帝国の色に染め上げられた。



 一筋の光もない、暗黒に……




 敗戦後、アドリアの人々が受けた仕打ちは散々なものだった。


 人々の人権を条件に、早くから帝国に屈したフェレイス国は、自治を認められていた。勿論、帝国の監視つきではあるが。

 宗教の自由は認められたものの、王族はほぼ軟禁状態となり、フェーレ教の責任者である大司教もまた然り。

 人権は認められてはいるものの、最低限のものでしかなく、重い税や労役など帝国に都合のよい法を定められ、町は、帝国人が我が物顔で闊歩していた。

 喩え犯罪を犯そうともフェレイス側に裁く権利はなく、人々は只耐えるしかなかった。


 レーヴェル・スーラ連合国は自治を認められたものの、決して友好的とは言い難い関係にあり、帝国と連合国の間では睨み合いが続き、常に緊張状況にあった。


 早々に帝国側についたガルダ国は、帝国の属領として自国を治めることを許され、表向きは今までと変わらぬようであったが、やはり市政はそうもいかぬ。

 首都から離れた都市では、帝国の圧政を受けていた。

 そして国王も、それを黙認していたのである。



 最後まで抵抗を続けた3国は特に非道な扱いを受けていたが、セルディアだけは別だった。

 セルディアは商業と情報と人の国。帝国に利用価値を見出されたものの、支配を撥ねつけ頑として受け入れず、支配階級にある者たちは次々と処刑されていった。

 しかし彼らは決して屈せず、やがて、重税や通行料といった幾つかの条件をのむことで、ある程度の自治を認められたのである。


 そして、矢張り最も圧政を受けたのはクレイス国だった。

 帝国側は、クレイスに拠点を置き、帝国人を住まわせた。

 クレイスの民は家畜以下の扱いを受け、女は玩具に、男は重労働で酷使され、老人子供までもが労働力として使われ、その殆どが奴隷身分に堕とされた。



 こうしてアドリア大陸は帝国に完全に支配され、帝国はアドリアを、神聖グライス帝国グレスディア領と改めた。



 暗黒時代の幕開けである。



 しかし、アドリアには、僅かな光が残っていた。


 光の王子は公開処刑され、クレイス軍は壊滅。大規模な残党狩りが行われ、多くの勇士たちが散って行った。


 しかし、主だった英雄たちの生死は確認されていない。


 何より、彼の死が確認されていなかった。


 帝国に多くの死をもたらした、「緋き死神」


 光の王子と並び立つ、今はもう亡き国の英雄。


 人々は信じている。


 いつか彼が再び現れ、帝国に死をもたらすことを。



 この暗黒に染まった世界で、それだけが生きる希望だった……。


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