ドМです。

ROSHE

第0話 プロローグ 

 いきなりではあるが俺がドМに目覚めたきっかけについて話そうと思う。


 あれは確か、母さんから街コンという婚活をしている者たちが集うパーティに嫌々放り込まれた時のことだった。

 県が主催した企画なだけあって規模がそれなりに大きく、街コンの会場には多くの参加者で賑わっていた。


 これだけ参加者がいるんだから1人や2人くらい俺みたいなピザデブが好みな奇特な人もいるんじゃないか。

 うん、きっといるだろう、ワンチャンあるはずだ。

 もしかしたら彼女いない歴イコール年齢という不名誉に終止符をうてるかもしれない。


 そんな都合の良いことを思い描きながら参加した街コンだが……。


 開始三時間経過したにもかかわらず成果はゼロ。

 いや、成果どころか俺に話しかけて来る人すらいないという厳しい状況が続いていた。

 流石にこのまま誰かに話しかけられるのを待つだけではまずいと思い、俺には珍しく積極的に動くことにした。


 しかしそれがよくなかったらしい。

 俺がなけなしの勇気を振り絞って話しかけた結果がこれだ。


「あ、あの、すいません。今お一人のようでしたら少しあちらのベンチでお話しませんか?」

「…………」

「……え、えっと、あの……お、お話をしてみたいなあ……なんて思ったりしたのですが……」

「……フンッ」


 ⏤⏤堂々と無視されたんだけど


 真正面から話しかけているのに俺を上から下まで値踏みをするような視線で見た後、何事もなかったかのようにその場から去っていった。


 確かに俺はピザデブだ。

 容姿も誇れるものは持ち合わせてはいない。

 それは認めよう!

 でもさ、その反応はあんまりだろう‼

 せめて「タイプじゃないので……」的な一言くらいあってもいいだろうに……。


 流石に心がポッキリと折れかけたが、切り替えよう。

 あんなドライな対応はたまたまだ。

 次に期待だ。


 それからもめげずに何人かに話しかけたが、どうやら芳しくない。

 いや、芳しくないどころの騒ぎではなかった。

 皆、最初に話しかけた女性と同じ、とまではいかなかったが、ほぼ全て無視に近い反応だったんだ。


 当然、俺の心はさらに曇っていく。

 同じように目も死んでいった。


「……もう無理。帰ろう。色々未熟な俺にはここ《街コン》はまだ早かったんだ……」


 一人つぶやき帰ろうとしたが、こんな俺にもようやく目を向けてくれた女性が……‼


「おいそこのキモブタ君さ⏤⏤」


 と思ったけど気のせいだったわ。

 うん、凄まじいほど気のせいだ。


 すっごい悪口言ってきた。

 キモオタとか根暗デブとか、生理的に無理とか腐った豚とか、みんなに嫌われるタイプのくそ童貞とか⏤⏤


 まだ無視される程度なら心の中で泣くだけで済むから別にいい。

 でも初対面の俺に対して罵詈雑言を浴びせるのは酷すぎだ。

 しかもそんな悪口を周囲にいる人たちにも聞こえるボリュームで言いやがった。

 こいつは悪魔か。


 なんでこんな公開処刑を受けなけれならないんだと心の中で嘆く。

 そんな無様な俺の耳にクスクスと嘲笑った声が聞こえてきた。

 そのダメージは計り知れないものがあった。

 それはもう30歳を超えたいい大人が人目もはばからずに大泣きしてやろうかと思ったほどに……。


 俺を公開処刑にした女性は散々な罵倒を食らわせて満足したのか、もう用はないとばかりに俺の元を去り、何事もなかったかのように他の男を探しに行った。


 ⏤⏤あのクソ阿婆擦あばずれ女、マジで死ね、100回死ね‼


 その時は素直にそう思った。


 この時点で相当なつまずきを見せている俺だ。

 これ以上ここにいても、良い出会いを期待できないことは半ば確信していた。


 だが、このまま引き下がったんじゃ悔しすぎて、惨めすぎて気が狂いそうだったので諦めずに出会いを求めることにした。


 で、その結果だが驚くべきことに 同じような出来事無視or罵倒がさらに続いていった。


 街コンとはなんだったんだろうか?

 運営者と小1時間ほど詰めて話したい。

 こんな罵倒を生きがいにしているようなクズやそれを見て嘲笑うゴミしかいないの?

 もう街コンが始まって5時間以上経つけど、まだまともに婚活できてないんだけど。

 ほぼほぼ罵倒か無視の二択なんだけど。

 ここ、ほんとに婚活を目的としたパーティなのか?

 嫌々ではあったけど婚活しにきたんだよ、俺は。

 それなのにこの惨状……こんなん、ただただ高いお金を払ってボコボコされに来ただけじゃないかよ‼


 街コンの闇をその身に受けた俺は容赦のない女性たちにより、散々サンドバッグにされたおかげで精神がズタボロになっていた。

 そう、これ以上ないほどにズタボロだった。

 衝動で自殺してもおかしくないほど酷い目に遭ったのに……。


 ……何故だろうか?

 


 ⏤⏤俺の心は不思議なほど満ち足りていた



 確かに精神的にズタボロではある。

 確実に疲弊している。

 しかしそれ以上に俺の身体から溢れてくる感覚はなんなのだろうか?

 本当に不思議な感覚だ。

 普通ここまでコケにされたら怒りに身を任せて手を出してもおかしくはないだろう。

 しかしそんな物騒なことを起こす気には全くならなかった。


 むしろあれだ、そう……。



 ⏤⏤なんだか気持ち良くさえなってきた



 そんな人間としての尊厳やらなんやらを失い、新たに芽吹きを上げた感情。

 しいたげられるごとに溢れ出てくるこの快感。

 そう、未知の感覚を抱いてしまっていたんだ。

 おそらく……いや間違いなく開けてはならないパンドラの箱を無理やりこじ開けた結果……否、末路まつろとでも言うべきか。


 その後、敢えて性格に問題を抱えてそうな女性にアタックしていった。

 そして想定内というべきか、罵倒や無視、気持ち悪い奴を見たかのような視線を当然のように受け続けた。

 そんなキチガイ染みたことを繰り返しているうちに気がつけば、一切の悲しみもなければ、憎しみ、悔しさ、情けなさといった負の感情は綺麗さっぱり消えていた。

 むしろこれは負の感情とは真逆。

 あの不思議な感覚を覚えてからというもの、女性からのコケにされるごとに気持ちよさが増大されているくらいだ。

 そして街コンが終わる頃には……。



 ⏤⏤ドMという不治の病を発症していた



 とまあそんなきっかけがあって俺の中のもう一人のドMが完全に目覚めたわけだ。

 それからというもの仕事がない休日には貯めたお金をこまめに消費しながら、闇深そうな婚活イベントやSМ倶楽部(M側)に足しげく通うようになってしまった。

 ちなみに最近は手足をキツキツに縛られながら言葉責め。

 さらにはムチでお尻をバシバシ叩かれるのがお気に入りだ。

 あれ、めちゃくちゃクセになるんだよな〜。


 あと心底どうでもいいような余談かもしれないが、ドMを開花させてからは仕事が苦じゃなくなった。

 これは大きなメリットだと思う。

 元々、俺を嫌って何かあればすぐに目の敵にする女上司がいて鬱になりかけるほど苦痛を感じていたが、今はドMになったおかげで、今までの苦痛が快感に生まれ変わった。

 だって、めちゃくちゃ見下されるような視線だけでも我々の界隈ではご褒美だってのに、これに加えて言葉責めのオプションもある。

 さらに運が良ければ尻を蹴飛ばしてくれる。


 な?

 控えめに言って最高だろ?


 たまに蹴り位置がミスって俺の魂キ◯タマを潰された衝撃があまりに気持ち良すぎて昇天しそうになってしまったのは良い思い出だ。

 あの時は思わず「ぎんも"ぢい"い"い"い"い"い"い"い"い"〜~‼」と雄叫びを上げてしまった。

ㅤちなみにそれからと言うもの彼女は俺に近づきさえしなくなっていた。


ㅤ悲しい、もっと俺をいたぶってほしかったのに……。


 そんなご褒美をくれた女上司だったが、つい先日、残念ながら会社を去った。

 非常に残念なことだ。

 詳しい理由はわからないけどノイローゼになったのだとか。

 なぜだろうか?


 まあそんなことは置いておいて。

 そんな経緯で生活を送り始めてから早5年。


 今日は仕事が休みなので、行きつけのお店に向かっていた。

 今は横断歩道で信号待ちをしている。

 すぐに信号が変わり。


「今日も俺をハードに痛めつけてくれよ〜」


 今日もいつも通り最高に満ち足りた気持ちで過ごせると思っていた。


 しかし、そうはならなかった。


 俺の日頃の行いが悪かったのか、はたまた俺の周りにそういう不運を運んでくる奴がいたかはわからないが、それは唐突だった。

 気が付いた時には全てが終わっていたんだ。


 今日受けるプレイについて軽い妄想をしていると、急に周りがうるさくなったなと思って不意に視線を上げた。

 すると、まさかのトラックが至近距離まで迫っていたんだ。

 距離はもう10メートルもないところか。

 残念ながら俺に猛スピードのトラックから避けることが出来るスペックはないと驚くほど冷静に判断していた。


「……あっ、死んだ」


 これがこの世に残した最後の言葉だった。

 こうして、俺⏤⏤板井野喜望いたいの きもちの今世は終わりを告げたのだった⏤⏤

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