第96話幼く勇敢な稀代の魔法使い




 ビムガン族から貸与された飛竜に乗って、クルスたちは学術都市ティータンズへ向かってゆく。

 

 聖王国の“知の宝庫”として存在するティータンズは、アルビオンのような派手さはないものの、普段は落ち着いていて、風光明媚なところである。

 しかし今目下に見える街並みは、至る所に瓦礫が散在し、家屋を燃やす赤い炎が点在していた。

 

 人はほとんど見えず、代わりに先日、凍結状態異常攻撃で倒した土塊鳥や、不気味な岩の巨人が我が物顔で跋扈している。

 更にティータンズの中心には、赤紫の輝きを放つ、禍々しい塔のようなものが立っていた。

 

「みなさん、振り落とされぬよう掴まってください!」


 飛竜の手綱を握るフェアが叫び、クルスたちを乗せた飛竜が急旋回した。

 脇に砲弾のような“岩”が過って行く。

 

 どうやら目下の“岩巨人”が飛竜の存在に気づき、瓦礫の投擲を始めたらしい。

 

 フェアは巧みな手綱使いで飛龍を操り、地上からの瓦礫攻撃を避け続ける。

しかしこのまま飛行を続けていても埒が空かない。


「ギャオッ――!?」


 瓦礫の一つが飛龍の頭を激しく打った。

飛龍は白目を剥いた。翼が風を切るのを止める。巨体が地上へ目掛けて真っ逆さまに落ちてゆく。


「ま、任せてください!」


 ビギナは飛龍の鱗にしっかりと掴まりながら高速詠唱を紡ぐ。

彼女の持つ錫杖が、青白い輝きを帯びた。


「アクアショットランス!」


 水の大槍が“ドンッ!”と、ティータンズの石畳を穿った。その衝撃は、飛龍の落下速度を減じる。

多少の衝撃はあったものの、石畳に打ち付けられ、ミンチになるのは回避されたらしい。

 

「な、なんだぁ!? 空から飛龍が降ってきたぁ!?」


 落下地点にいた“メイスを持った若い男の冒険者”は、墜落した飛龍を目を丸くして見上げている。


「ジール油断するな! 来るぞ!」


 “剣を持ったパートナーの男”が叫んだ。彼らはたった二人で、ティータンズを闊歩する岩巨人へ戦いを挑むつもりらしい。


「セシリー、フェアさん一緒に来て欲しいっす!」

「ええ!」

「承知ッ!」


 ゼラを先頭に、セシリーとフェアが気を失った飛龍から飛び降り、目の前の男達へ駆けて行く。

そして大剣を薙いで目の前の岩巨人を砕いた。


「こっちもやるわよ、フェア!」

「御意!」


 セシリーの棘の鞭が岩巨人を激しく殴打し、怯ませた。

その隙にフェアが高く跳び、無数の斬撃を岩巨人へ浴びせかける。

 サーベルの刃は体表よりも柔らかそうな“継ぎ目”を過り、岩巨人をバラバラに解体する。


 剣とメイスを持った二人の男性冒険者は、唖然とその様子を見ていた。

 ゼラは大剣を肩に担いだまま、二人へ駆け寄って行く。


「救援に来たっす!」

「ビムガンか。助かる」

「この状況、なんなのかわかるっすか?」

「こちらも詳しくは……今朝、ギルドの宿舎で目覚めると、岩巨人がティータンズを闊歩し破壊活動を行なっていた。街の中心に、塔のようなものが現れ、次々人々が倒れはじめたんだ」


 ふと、クルスはビギナの唇から艶が失われ、肩を震わせていることに気がつく。


「どうかしたか?」

「少しまずい状況かもです先輩……たぶん、あの塔みたいなものが魔力を吸い取ってるみたいです」


 ビギナは顔を青くしながら、ティータンズの中心に生えた赤紫の輝きを帯びる塔のような構造物を指す。

 クルスが元々持つ魔力は少ないが、言われてみれば確かに、体に違和感を覚えなくもなかった。

 ロナ達“魔物”や、魔力とは別の概念の力を扱うビムガンのゼラも特に変わった様子はない。

 

「大丈夫か?」

「少し苦しいですけど、魔力を身体の中で生成し続ければ問題ありません。ただこの違和感の正体に気づかず何もしていないと、意識が保てなくなると思います……」


 不幸中の幸いか、クルスの一党の中で強い影響を受けているのはビギナだけらしい。


 その時、新たな地鳴りが発生した。石畳を割って、複数の岩巨人が姿を表す。


「クルス先輩、ここはウチらが食い止めるっす! もし魔力が吸い取られてるなら、サリスっち達が心配っす! セシリーと、フェアさんはウチに付き合って欲しいんっすが、頼めるっすか!?」

「ふふ……ちょっとストレスが溜まっていたのよ。暴れられるならそれで良いわ!」


 セシリーは嬉々とした笑みを浮かべながら鞭で地面を打った。

 フェアも静かにサーベルを構え、うなずく。


「ならば俺たちも加勢させて貰うぞ!」

「おうよ! どうせ逃げることなんてできそうもないからな!」


 剣と槌の男性冒険者コンビも名乗り出てくれた。


「助かるっす! ウチはゼラ! 良かったら、お二人の名前を教えてほしいっす!」

「俺がロイドで、あっちがジールだ。よろしく頼む」


 ロイドは長剣を構え、ジールはメイスの柄を握り直す。

ゼラもまた背中に担いだ大剣を抜いた。


「気を付けろ、ゼラ、セシリー、フェア!」

「先輩、魔法学院はこっちです!」


 クルスはビギナの先導に従って、ロナの車椅子を押し、ベラと共に走りはじめた。

すると道の向こうから、行手を遮るように岩の巨人が現れる。


「一気に行きます! 先輩はタイミングで“凍結状態異常を”!」

「わかった!」

「メガアクアランス!」


 既に高速詠唱を終えていたビギナは、水の大槍を発生させる。

 クルスはそれへ向けて“凍結状態異常”を込めた矢を放った。

水の大槍は、凍結委状態異常によって"鋭い氷の大槍"となって、石畳の上を滑り出す。


 氷の槍は闊歩する岩巨人を砕きながら道を切り開く。


 クルスとビギナの阿吽の呼吸によるみごとな連携だった。


 やがて道の彼方に、立派な時計台が目印である“魔法学院”の校舎が見えはじめた。

そこの正門前には無数の岩巨人が群がっている。

 しかし門扉は硬く閉ざされているばかりか、"炎のように赤い障壁"が貼られていて、岩巨人の侵入を防いでいる。


「オ、オーキス! 右!」

「わかった!」


 正門前で障壁を展開していたリンカの指示を受け、メイスを持ったオーキスが飛び出した。

 翡翠色の魔力で強化したメイスは岩巨人の足を次々と砕いて、その場へ転がしている。


 しかし相手は有象無象。幼い二人で対処するには明かに人手不足だった。


「ベラ、頼む!」

「おう! どっせぇぇぇ――い!!」


 クルスの依頼を受けて、ベラがバインドボイスを発した。強烈な音圧は近くの岩巨人を粉々に砕く。

そして狙い通り、岩巨人の注意がリンカとオーキスから、クルス達へ逸れた。


「アクアショットランス!」


 すかさずビギナは魔法を放って岩巨人へ風穴をあけ、


「ベラ、いまだよ!」

「どっせぇぇぇぇーい!」


 ロナの蔓に拘束された岩巨人へ、ベラは至近距離でバインドボイスを放って粉々に破砕する。


 クルスもまた弓へ“凍結状態異常”を込めて、空から襲いかかる土塊鳥を、先日の要領で打ち落としている。

 

「ギガサンダー!」


 リンカの声が響き、鋭い稲妻が、岩巨人の脳天を直撃した。そればかりか、伝播した雷撃は複数の岩巨人をまとめて、打ち砕く。

正門の前に屯っていた岩巨人は全滅する。

 力を使い果たしたリンカは倒れそうになるが、オーキスの腕の中へ収まった。


「無事が二人とも!?」

「クルスさん……? それにみなさんもどうして!?」


 突然現れたクルスに、オーキスは驚きを隠せない様子だった。


「君たちを助けに来た。サリスは一緒じゃないのか?」

「サリスちゃんは他の生徒と一緒に居ます。無事です。ですけど……」


 クルスはリンカの表情から僅かな陰りを感じ取る。刹那、頭上に瞬いた“灰色の光”を気取った。


清流壁アクアウォール!」


 間一髪、ビギナが錫杖を掲げて障壁を張った。頭上から降り注ぐ“灰色の光弾”は次々と石畳へ落ちてはレンガを砕き、爆散させる。


 そしてクルス達の前へ、黄金の髪を二本に言った、人形のように表情が凍りついている少女が舞い降りてくる。

クルスは少女に見覚えがあった。

 

「たがかが盗賊風情がなぜこのようなことをする?」

「今のワタシは盗賊ではない!」

「何?」


「ワタシは偉大なる魔神皇様の刃の一つ! 第四世代ニーヤ型ホムンクルスNO:0028を改め、五魔刃三のやいば――魔導人形拳士ホムンクルスファイターフラン・ケン・ジルヴァーナ!」

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