第97話五魔刃三の刃――フラン・ケン・ジルヴァーナ



 五魔刃――魔神皇ライン・オツルタイラーゲに従う精鋭五人集の総称。

しかし55年前の記録のため、あまり詳しくは残っていないらしい。


 その一人と名乗るフラン・ケン・ジルヴァーナは構える。鋭い殺気が放たれる。それだけで、目の前の少女が只者ではないのだと、肌が感じ取った。

 

「目標確認。排除開始!」

「きゃっ!」


 瞬時に移動したフランは、ビギナの懐へ潜り込み、足を蹴り上げた。

ビギナは為されるがまま宙を舞い、石畳へ叩きつけられる。

 

「ビギナ先輩!」

「ビギナになにするのだー!」

「待てっ!」


 クルスの静止を聞かず、オーキスとベラが突っ込んだ。

しかしフランは再び姿を消した。フランを捉える筈だったメイスと双剣が盛大に空振る。

 

「遅い!」


 空から降ってきたフランは、着地と同時に鋭い回し蹴りを放った。

オーキスとベラは悲鳴をあげるまもなく、フランの蹴りによってあっさりと吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 

「フラン・ケン・ジルヴァーナ……」


 ロナはなぜかその名前を口にしていた。すると、フランは翡翠色の無機質な瞳にロナを写す。

そしてずっと固まっていた表情へ僅かに歪みが生じた。

 

「お前、もしや……?」

「……」

「しかし"あの女は人間" ありえない! あるはずがない!」

「…………」

「不安要素と断定! 排除開始!」


 フランは地を蹴った。咄嗟にクルスはロナの前に出る。

 ビギナ、ベラ、オーキスが一瞬でやられた相手に、敵うか否か。

しかしやるしかない。


 するとビギナがフランの脇から水属性魔法を放った。

 フランは立ち止まり、回し蹴りで、水属性魔法を夢散させる。

 

「せ、先輩! ロナさんとリンカさんを連れて逃げてください! こいつは危険ですっ!」

「邪魔だ!」

「きゃっ!」


 フランは手から灰色の光弾を放ち、ビギナを吹き飛ばす。

徒手空拳に加えて、高威力の魔法も攻撃に扱う。

 フランは圧倒的に格上の存在だった。さすがは魔神皇の精鋭、五魔刃の一人を名乗るだけはあった。

 

 明らかにクルスには手に余る存在。どう考えても太刀打ちできる相手ではない。

 

 クルスは意を決して、腰の鞘から短剣を抜き、逆手に構えた。

 

「ビギナの言うとおりだ。君はリンカを連れて逃げてくれ」

「えっ? でも!」


 ロナは戸惑いの声を、クルスの背中へ向けてくる。

 彼女の心配を無碍にするのは気が引けた。しかし、その気持ちを素直に受け取る訳には行かなかった。


「このままでは全滅は必至だ」

「だけど!」

「心配するな。少し足止めをするだけだ。君は救援を呼んできてくれるとありがたい!」

「クルスさん!」


 クルスは遮二無二、フランへ突っ込み、短剣を振った。

フランはクルスの斬撃を最低限の動作で避けて見せる。鋭いフランの手刀が、首筋を狙ってくる。

しかしクルスは腕を掲げて、辛くもフランの手刀を受け止めるのだった。

凍結状態異常が続いているので、痛みはそこそこあるが、腕がもげることはない。 


「硬い。表面温度も低い。お前は人間か?」

「人形のようなお前にそう評されるとはな!」


 顎を狙ってアッパーカットを仕掛けるが、フランは飛び退き回避した。

 その瞬間を待っていたクルスは弓を手に取り、矢を放つ。多少狙いが外れていようとも、構わず矢を射続ける。

するとフランは、全ての矢を徒手空拳で打ち落としてみせた。

 

「ぐおっ!?」


 再び接近してきたフランは膝蹴りをクルスの腹へ見舞った。

 胃液と僅かな血液が口から噴き出してくる。


「遅い、脆い、弱い。人間の限界。人間は三の刃のワタシに敵わない。絶対!」


(強い……こいつは強すぎる……!)


 強い絶望感が押し寄せてきた。

 五魔刃の一員と名乗るフランの実力は伊達では無かった。

戦いを挑んだのが、そもそもも間違いであった。勇敢ぶるのは無謀にも程があった。


 現に今のクルスはむせびこむことしかできず、立ち上がることができない。


「これで終焉。覚悟っ!」


 クルスの首を跳ねようと、フランは手刀を振り落とす。

刹那、クルスの上を"激しい熱を持った何か"が素早くよぎった。


「くっ!?」


 フランの声と同時に爆発が巻き起こる。

 

「や、やはり、お前は……!?」


 飛び退いて距離を置いたフランは、"吹き飛んだ"右腕の傷跡を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。

同時に背後から感じる、僅かに感じる植物の焼けこげる匂い。

 

「クルスさん! そのまま動かないでください!」


 赤く、熱い輝きがクルスの背中を照らし出した。

 ある筈がない、あり得ない現象が背後で起こっていた。

 クルスは恐る恐る、背後を盗み見る。

 

 ロナは車いすの上で、燃えるような“赤い輝き”に包まれていた。

明らかに“火属性”を表す魔力の輝きだった。

 

「メガファイヤボルト! たくさん行きますっ!」


 植物魔物で、火が苦手の筈のロナは鍵たる言葉を叫んだ。

 振り落とした手から赤い魔力で形作られた“巨大な火矢”が、彼女の髪を焦がしながら放たれた。

 しかも一発限りでは無く無数。


「こんなも――ああ!!」


 フランが火矢へ拳を突きつけた途端、それは盛大に爆発を起こす。

 それがきっかけとなった。

 すっかり体勢を崩されたフランは、火矢に成すがままなされるがまま、次々と火属性の爆発に呑み込まれてゆく。

 

「やはり、この力! やはりお前はベルナデ――あああっー!」


 炎がフランを包み込み、爆ぜた。

身体のあちこちを焼かれたフランは、全身から細かい稲妻のようなものをあげながら膝から倒れる。

 圧倒的な勝利だった。そして誰もがロナの絶大な“魔法の力”に我が目を疑っている。


「その力、気配。なによりわらわの魔力吸収結界の中でも平然としておるとは、さすが莫大な魔力を持っているだけはあるなベルナデット!」


 頭上から聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。

 クルスをはじめ、誰もが赤紫の雲に覆われた空を仰ぎ見る。

 

 そこには二本に結った銀髪の間から長い耳を伸ばす、赤い瞳を持ったあどけない少女が浮かんでいた。

 彼女は背中に生えた“二枚の黒い翼”を羽ばたかせて、地上へ舞い降りる。

 

「サリスさん……? どうして貴方が!?」


 ビギナは舞い降りてきた魔法学院の学生で、リンカたちのルームメイトである“サリス=サイ”を見て、声を震わせている。

 

 確かに、昨秋、冒険者実習を指導したサリスではある。

しかし以前会った時と比べ、随分と雰囲気が違うようにクルスは感じていた。


「卑劣な……! 憑依しているのは分かっています! その体をサリスさんに返しなさい! 五魔刃、五の刃――東の魔女タウバ・ローテンブルク!」


 ロナはサリスへ向けて、今までに聞いたこともない厳しい声音をぶつける。

するとサリスは、邪悪な笑みを浮かべるのだった。

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