第95話学術都市ティータンズの危機
「ベルナデット……それは一体誰ことのことですか?」
ロナが聞き返すと、聖王は歩みを止めた。
「違うのか……?」
「えっと、はい。すみません。私は、その……ロナと申します。ベルナデットという名前では……」
「しかし……!」
「すみません。きっと人違いです」
ロナは聖王から視線を外す。すると聖王は暫く食い入るようにロナを見つめたが、やがてため息を付き、表情を王のものへと戻した。
「そうか……申し訳なかった。昔の知人にあまりに似ていたもので……非礼をお詫びします、お嬢さん」
「いえ……」
聖王は踵を返し、ロナから離れてゆく。そして改めて、傅くフルバへ向き直った。
「緊急事態が発生した。早急に調査を依頼したく、自ら参った次第だ」
「調査ですかい? 一体どこの?」
「昨日未明より、学術都市ティータンズとの連絡が途絶えた。同時にソロモンより、東の魔女の塔から異常な魔力の反応が発生したと報告が上がっている」
「東の魔女の塔!? てぇ、こたぁ!?」
「ありえるかもしれぬ。五魔刃、その筆頭で五ノ刃――東の魔女タウバ・ローテンブルクの復活が」
聖王の言葉を聞き、クルスをはじめ、聖王国の常識を知るものは一斉に息を飲んだ。
東の魔女タウバ・ローテンブルク。
リアガード島を支配していたオルツタイラーゲ家の若き当主:ラインを魔神皇として目覚めさせ、魔神皇大戦を引き起こした罪深きハイエルフ。一時期、ヴァンガード島の東方を支配したことから"東の魔女"と呼ばれている。
「現在、東の魔女の塔へは我が国の兵団を派遣し調査をさせている。ビムガンは早急に連絡の途絶えたティータンズへ急行し、調査に当たってもらいたい」
「承知しやした!」
その時新たな飛龍が上を過って着陸し、騎兵が慌てた様子でかけてきた。
「報告します! 東の塔へ向かった調査隊が全滅! 影のような魔物にやられたそうです!」
「ザンゲツか……おのれ、タウバめ! 至急城へ戻る! 三戦騎を集結さておけ! 各方面軍へも連絡を!」
キングジムは再び、フルバへ向き直った。
「ティータンズの件、くれぐれも頼んだぞ」
「お任せくだせぇ! 親父!」
聖王は踵を返す瞬間、ロナへ視線を送ったような気した。
そして聖王を乗せた飛龍は舞い上がり、空の彼方へ消えてゆく。
「おい、今すぐ動けるうんと強いやつを集めておけぇ! すぐにティータンズへ出発じゃ!」
「おっす!」
フルバの指示を受け、ビムガンの男は駆け出してゆく。
学術都市ティータンズ。
聖王国の巨大都市の一つであり、最高学府である"魔法学院"が所在する場所でもある。
「先輩、ティータンズには……!」
ビギナは不安げに唇を震わせた。
魔法学院には、秋頃交流をしたリンカ、オーキス、サリス。そして冬に共闘したモーラが在籍している。
きっとビギナは彼女達の心配をしているのだと思った。
「クルスさん!」
ロナは強い眼差しで、青い瞳にクルスを映す。
そうされずとも、鼻からクルスの意思は決まっていた。
「フルバ、一足し先にティータンズへ向かいたい。飛龍の用意はできるか?」
「なんじゃ兄弟? 急にどうしたんじゃ?」
「ティータンズには世話になった人達がいる。彼女達の安否を確かめたい。そしてもしも危機に陥っているのなら助けになりたいと考えている。頼めるか?」
「任せるけ! 兄弟のお願いじゃ、最優先で用意させちゃる!」
「ありがとう、フルバ。助かる」
クルスは改めて、仲間達の方を向いた。
「この通りだ。ロナとビギナと俺はティータンズへ向かう。皆はどうか?」
「もちろん、ウチも行くっす! ちびっ子達が心配っす!」
ゼラは迷わず同行を願い出てくれた。
「お嬢様、我々は?」
「うーん、そうねぇ……ベラはどうするの?」
「僕は行くぞい! ねえ様とクルスが行くならどこへでも!」
「それもそうね。良いわクルス、私とフェアも同行するわ!」
セシリー、フェア、ベラも同意してくれた。
やはりクルスを囲む今の仲間たちは頼もしい面々ばかりだと、改めて思った。
「行っちゃうにゃ……?」
そんな中ゼフィが不安げな視線でクルスを見上げていた。
寂しげな表情に、胸へ痛みを感じる。しかし今は一刻を争う場面であった。
「はい。申し訳ございません。自分たちはこれで旅立ちます」
「そうかにゃ……」
寂しさなのか、不安なのか、ゼフィは耳を萎れさせ、尻尾をブラブラと揺らしている。
そんなゼフィの頭をクルスは撫でた。
「また来ます。必ず」
「クルス……」
「それまでお待ちいただけますか、ゼフィ姫様」
「わかったにゃ! 僕、またクルスに会える日を楽しみに待ってるにゃ!」
ゼフィは丸い目に浮かんだ涙を拭って元気よく、そう答えてくれたのだった。
かくしてクルス一行はフルバの邸宅へ向かってゆく。
仕事の早いフルバは既に灰色の鱗を持つ、たくましい飛竜を用意してくれていた。
背中には豪奢な籠のようなものが設えられていて、ただまたがるよりも格段に乗り心地が良さそうだった。
「こいつはワシらの専用じゃ。足の悪いロナさんでもこれならしゃーなかろ?」
「しゃー……?」
「おう、すまん! “大丈夫”って意味じゃけん」
「そうか。なにからなにまでありがとうフルバ。感謝する」
「ええさ! 兄弟の頼みじゃけぇな! くれぐれも気ぃつけてな! ワシらも1000人の一族と一緒に後で合流する!」
クルスとフルバ固い握手を交わし、暫しの別れを伝え合う。
クルスたちは続々と、飛竜の背中に設えられた籠へ乗り込んでゆく。
「またにゃークルス! 待ってるにゃー!!」
「兄弟、気をつけるけん! あとでまた会おう!!」
飛び立つ飛竜へゼフィとフルバは手を振り見送ってくれた。
クルスたちを乗せた飛龍は雄々しく翼を開き、ビムガン自治区を飛び立ってゆく。
「ねぇ、クルス」
飛行途中、脇に座っていたセシリーが声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「あんたちゃんとゼフィとの約束守ってやんなさいよ。あんたは前科があるんだから」
「前科……?」
「待つのって案外辛いんだからね……」
幼い日のセシリーはたった一度だけ逢ったクルスを待ち続けていた。
きっとその時のことを思い出しているのだろうと思い、
「わかった。今度こそ気を付ける」
「うん。お願いね」
そんなやり取りをするクルスとセシリーを、ロナは優し気な笑顔を浮かべながら見ていたのだった。
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