第2話Eランク冒険者クルス、一世一代の決断


 【Eランク冒険者で弓使アーチャーいのクルス】の所属する“魔法剣士フォーミュラ”の一党パーティーはほぼ壊滅状態だった。


 【盾役タンクの重戦士:ヘビーガ】は体のほとんどが石化し動けず、【小男の斥候:ジェガ】は麻痺のため突っ伏したままだった。

 【大女の闘術士バトルキャスター:イルス】は視界を奪われ腹に深手を負い、【魔法使いの少女:ビギナ】は涙をこぼしながら、イルスへ必死に回復魔法を唱え続けている。


「GAAA!!」


 そんな一党をあざ笑うかのように討伐対象で危険度Sの地龍:濃紺の鱗を持つ”ドラーツェ”は雄たけびを上げていた。

 その咆哮を聞き、リーダーの【魔法剣士:フォーミュラ】は端正な顔を、悔しさで歪ませた。

 彼もまた”様々な状態異常が複合して発生してしまうドラーツェの"ガスブレス"を浴びて、聖剣を杖にして立っているのがやっとの状態だった。

 

「ク、クルス頼む! 助けてくれっ……!!」


 切迫したフォーミュラの声を聴き、後方にいたクルスは息を飲む。

 クルスは後方にいたので、幸いにも状態異常を発症していなかったのである。


 何もフォーミュラ一党はドラーツェの“ガスブレス”を軽視していたわけではない。

 各員へは状態異常を抑制する魔石をはめたペンダントを配布し、対策はしていた。

 当初はドラーツェのガスブレスを受けても、魔石の力によって辛うじて防げていた。しかし戦いが進むにつれ、ドラーツェは怒り、力を高め、より強力なガスブレスを吐き出し始めた。

 すでに状態異常を抑制するペンダントは、”そのまま”では無用の長物と化していた。


 ならばどうするべきか――ペンダントへ自力を注ぎ込んで仕込まれている”状態異常耐性”の力を強化する他はない。


(このままだったら一党パーティーは全滅。俺はどうしたら……!)


 今、まともに動けるのはクルスのみ。魔力が枯渇していないのも彼だけである。もしも英断の末、魔力をペンダントへ注げば恐らく時間は稼げる。

時間さえ稼げれば、窮地はおそらく脱することが出来るはず。


 しかしここでクルスが時間を稼がねば、ボロボロの仲間たちはあっさりと殺されてしまうだろう。


 クルスに切れる手札は少ない。むしろ手札を切るか、切らないかの選択しかなかった。

 この状況で決断すべきことはただ一つ。

 

 冒険者等級昇段試験における、課題魔法を獲得するために、十数年間ため込んだ魔力を使うか否か。


 彼は生まれつき魔力の総量が少ない。だからこそためる必要があった。

 魔法をろくに使えない戦士は人でなしーーそうした考え方が蔓延する"聖王国"で生きて行くには、課題魔法を習得する他、立場を向上させる術はない。底辺のクルスが今より、少しでも幸せになるためにはこれしか方法がない。

 

 だから逃げたって構わない、とも思った。


 苦労して自分の幸せのために溜めた魔力を他人のために使う必要もない。

もしも自分以外のメンバーが死んでしまったとしても、この状況では仕方がない。

事情を話せばきっと、多くの人は仕方なかったことだと許してくれるはず。


 その方が良い。それが最善。正しい判断。


「ビギナ、皆を頼んだぞ!!」

「先輩ッ!!」


 悲痛なビギナの声を振り切って、クルスはつま先を蹴りだした。

 彼は自分の幸せよりも、"仲間の命"を選んだのである。


「うおぉぉぉっ!!」

「GAAA!!」


 弓を射りつつ接近するクルスをドラーツェは睨んだ。

 鋭く吐きだされたブレスは一瞬でクルスを包みこむ。

全身のあらゆる穴からガスが身体へ入り込み、一瞬で弓を握る手が痺れた。指先が石化を始めた。毒が目に沁み、視界がぼやけはじめた。

 肺や喉がまるでガラス片が突き刺さったかのように苦しく、激しい咳と倦怠感に見舞われた。


「さ、させるか……この程度ぉぉぉ!!」


 クルスはガスの中で、自らを鼓舞する声を上げ、青い魔石が封じられたペンダントを握り締める。そして十数年かけて、体中にため込んだ魔力を、宝石へ注ぎ込んだ。

 彼に由来するやや鈍い銀の輝きが、体中から迸り、魔石へ流れ込んでゆく。

 蒼の輝石は鈍い魔力を勢いよく吸収し、その輝きを増してゆく。


 しかし指先の痺れは未だ無くならず、視界もぼやけたまま。咳も倦怠感も止まらない。まだ足りない。


(もっとだ! もっと魔力を! 俺の全てをっ!!)


 この期に及んで躊躇う必要などなかった。決めたからには出し惜しみは無しだった。クルスは体中から魔力を絞り出し、魔石へ注ぎ込んでゆく。


 やがて手の痺れは取れた。石化していた指先は弦を摘まめば、肉がしっかりと食い込んだ。煙のようなガスの中であっても、視界はまるでゴーグルをかけているように明瞭になった。咳は治り、身体は羽根が生えたかのように軽くなった。

 ドラーツェの赤黒い口腔さえはっきりと見えた。


 ”状態異常耐性”を獲得したクルスは、すでに弓を湾曲させていた。

 鋭い鏃(やじり)しっかりとドラーツェの口腔へ狙いを定めていた。


「GAA!!」


 ガスの中を矢が飛び、喉の奥を射抜かれたドラーツェは怯んだ。

ブレスの放出がぴたりと止まった。良攻撃ベストヒット


 しかし次の瞬間には怒り狂った竜の首が、クルスを噛み殺そうと牙を剥く。が、長年の経験から予想をしていたクルスは、横へ身体を転がして回避する。そして起き上がり様に再度、素早く弓を射った。


 今度はドラーツェの顔を覆う、金属よりも硬い甲殻に弾かれてしまった。

それでも十分。竜の気はまだ引けている。


 再び、あらゆる状態異常を引き起こすガスブレスが放たれた。だが既に、全ての魔力を“状態異常耐性”に注ぎ込んだクルスにとって、煙以下の効果しかない。

 彼は矢を番え、素早く弦を引き、もう一度赤黒い口腔へ向けて矢を放つ。


 危険度S地竜も、さすがに肉質の柔らかい箇所を二度も射抜かれ、大きく怯んだ。


(俺だけでもできるのか――!!)


 底辺に近いEランクの自分が、強敵を圧倒している。ちゃんと活躍ができている。状況は気分を高揚させていた。今まで感じたことのない強い興奮が彼を支配し、身体のあらゆるところが熱かった。

 

「GAAA!!」


 刹那、竜の轟が聞こえ、同時に強い衝撃がクルスを殴打した。

悲鳴を上げる間もなく彼は乾いた地面の上を、球のように転がってゆく。

先ほどまでの高揚感は、波が引く様に消え失せる。


 代わりに沸き起こったもの――それは死への恐怖。


 巨大な尾で彼を弾き飛ばした地竜は、強靭な足を蹴り出しにじり寄る。

黄金の瞳は彼を忌々しそうに睥睨している。


 やはりこれがEランク冒険者クルスの限界。しょせん、彼はこの程度であった。

 状態異常耐性はあらゆる異常現象を魔力によって防護する術。

肉体的なダメージは防ぎようもない。状態異常ではない痺れは体の自由を奪う。

彼は地面の上をのた打ち回るだけ。


「くそぉっ……!」

「ア、アクアショットランスっ!!」


 突然、少し怯えてはいるがそれでも勇ましい“鍵たる声”が響き渡った。ドラーツェの頭を、鋭い槍のような水が打って怯ませる。

 銀の髪が美しい、僅かに妖精エルフの血を引く、Bランク魔法使いのビギナが得意とする水属性魔法だった。


「ジェガ、行くよ!」

「がってん!」


 次いで飛び出してきたのはメイスを魔法の杖とする闘術士の大女イルスと、ミスリル製の短剣を武器とする小柄な斥候ジェガ。二人は息を合わせて、鎚と短剣でよろけたドラーツェを迫撃し、更に怯ませる。


「どぉぉぉりやぁぁー!」


 野太い声を張り上げ、大剣を構えて突っ込んだのは、石化が解けた盾役タンクの戦士:ヘビーガ。手にした鈍重な大剣を大きく薙ぎ、よろけたドラーツェの腹を盛大に切り裂いた。


 連撃を受け、竜は荒れた大地へ砂けむを上げながら盛大に倒れ込む。


 そして金色の輝きが曇天の荒野を明るく照らし出した。


 ビギナの回復魔法によって傷を癒した魔法剣士のフォーミュラは、金色に輝く聖剣を振りかざす。


「これでとどめだ! ゴールデンスラァァァッシュッ!」


 金色が地を割り、空気を焼く。フォーミュラの放った必殺の剣技魔法は黄金の巨大な刃となって、起き上がったばかりのドラーツェを真っ二つに切り裂いた。

凶悪な地竜は二枚に卸され、もう二度と起き上がることはなった。


「先輩! しっかりしてくださいっ!! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ……ありがとう」


 クルスは心配そうに駆け寄ってきたビギナへそう答える。無事かと言えば、かなり危うい状況だった。しかし正直に答えてしまうと、少し泣き虫なビギナへ余計な心配をかけさせてしまうと思い、敢えて堪えた。

 しかし彼女以外はクルスを気にも留めず、互いの活躍を称賛しあい、夢中で地竜の希少な部位素材を夢剥ぎ取っている。


 こうして地竜ドラーツェは魔法剣士フォーミュラ一党の活躍で討伐され、聖王国郊外の平和は守られた。


――しかし賞賛されるのはパーティーやフォーミュラばかりで、クルスの苦渋の決断は、この場だけの話に留まったのである。




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こちらは執筆を終えている100%完結保障の作品です。

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