第3話彼を慕ってくれる魔法使いの後輩の少女
「フォーミュラのパーティーがドラーツェを倒したらしいぞ!」
「すげぇな! また討伐記録の更新じゃねぇか!」
「やーん、フォーミュラ様ぁ! かっこいいぃ!」
酒場には熱気が充満し、誰もが勇敢なる者どもへ賞賛の声を贈っていた。
特に端正な顔立ちで、しかも聖王国で100人しか存在しない魔法剣士の91人目であり、“勇者”に認定されるのも近いとされるフォーミュラ=シールエットはあらゆる称賛の渦中にあった。
「貴方みたいにがっちりした男性、結構好みよ?」
「そ、そうか……」
重戦士ヘビーガも、妖艶な女性に魅入られ、頬を赤く染めていた。
「浮気ダメだからねっ! ジェガは私だけのものなんだからっ!」
「あはは、わかってるって。俺だってイルス以外眼中にはないから」
斥候のジェガは、女闘術士イルスに強く抱きしめられて、まんざらでもない様子だった。
フォーミュラほどではないものの、他のメンバーも勝利の美酒に酔っていた。
そんな頬を緩ませる仲間たちを、クルスは一人カウンター席に座って、遠巻きに眺めていたのだった。
肩書はEランク。装備もみすぼらしく、ほかのメンバーよりも一回り以上歳の離れている彼。
そんなくたびれた冒険者を誰が気に留めようか。
期待を全くしていなかった。そういえれば恰好が良かったが、生憎クルスも人の子。
これまで苦労をして必死にため込んだ魔力を、仲間たちを救うために使った。状態異常耐性を高めるために、全ての魔力をその力へ注いだ。あの時そうしていなければ、フォーミュラもヘビーガも、ジェガもイルスもこうしてここには居なかった筈。
しかし最後の最後でドラーツェを討伐したのは、クルスではなく彼らだった。
クルスの行為はあくまで過程でしかなく、結果では無い。
世の中は結果が全て。
結果さえ良ければ、過程は忘れ去られてしまうのが世の常。鬱屈した気持ちになるのは否めなかった。
「先輩、となり良いですか?」
不意に聞こえた優しげな声が、鬱屈とした気持ちを吹き飛ばした。
美しい銀の髪を持ち、僅かに耳の先がとがっているのは彼女が滅亡した“妖精(エルフ)”の血をほんのわずかに引いている証拠。
Bランク冒険者で魔法使い。このパーティーではまだまだ新米な【ビギナ】は少し高めのカウンター椅子へ、跳ねるような動作で座った。
まだまだ真新しさの残る白いローブは、着ているというよりもローブに“着られている”ように見えて仕方がない。
小柄で、まだあどけなさの残る彼女をみて、クルスから思わず笑みが漏れた。
「また私が小さいこと笑ってますね? これでも結構、小さいの気にしてるんですから……」
「すまない」
どうやら心の内をすっかり見透かされていたようだった。
ビギナは少し怒ったかのように「もう……」と頬を膨らませる。そんな所作も、少し子供じみていて可愛らしいが――それを指摘してしまったら、今度は本気で叱られかねないので、気持を切り替えるのだった。
「で、どうかしたか?」
「あの……」
ビギナは椅子の上で居住まいを正す。そして僅かに赤みがかった綺麗な丸い瞳でクルスを見上げた。
「もう一度言わせてください。先輩、今日は本当にありがとうございました! 先輩が魔力と命をかけて下さらなかったら、私は、私たちはきっと死んでいました! 先輩は命の恩人です!」
真心を感じられるビギナの言葉に、クルスは胸を高鳴らせる。
思い返してみれば彼女だけは、ずっと彼の味方でいてくれていた。
Eランクである彼を頼りにしてくれていた。
魔法学院を卒業して冒険者の職を選び、ようやく二年目に突入した彼女はまだ新米と言っても過言ではなかった。
更に実家は山奥で、魔法学院は5年の全寮制でありカリキュラムも過密で厳しく、世間を知るタイミングは同年代に比べると、かなり少なかったらしい。加えて、性格に元々少し子供っぽいところがある彼女。
そんなビギナを心配して、クルスはなにかにつけて面倒を見ていた。
ビギナも、彼を“先輩”と慕い、ことあるごとに教えを請いていた。
年も一回り以上離れているし、クルスは貧しいEランクの弓使いで、ビギナはBランクの将来有望な魔法使いである。
本来ならばこうして並んで言葉を交わすこともないだろう二人が、"先輩と後輩"という縁で結ばれている。
勘違いをしたことはない――とは決して言えず、ビギナと話すときのクルスはまるで少年の頃に帰ったように、胸へ強い高鳴りを覚えていた。しかしその度に彼は心を落ち着け、ビギナを娘か妹のような感覚でみるよう心へ言って聞かせていた。一定の距離を保つよう心がけていた。ビギナの魔法使いとしての夢を、大人の邪な思いで邪魔をしないように。汚してはならないようにと。
「先輩?」
「ああ、いや……そう改めて礼を言われると恥ずかしいなと思ったり、思わなかったり……」
「先輩、時々そういう少年みたいなところありますよね?」
「歳の割に子供っぽいということか?」
「あっ! 別にバカにしたりとか、そういうのじゃないですからっ! なんていうか、心に綺麗なところがあるっていうか、意外性があって結構いいかなぁって思ったりとか! ですからっ!」
ビギナは慌てた様子を見せる。こういう真面目なところにクルスは強い好感を覚えていた。
「冗談だ。わかってる」
「もう、先輩はいじわるなんですからぁ」
こうしたやりとりをするのは楽しいと思えた。自分の立場は分かっている。分不相応だという自覚もある。だからといって、彼女との関係を無碍にはしたくない。そしてこれからも、叶うことならビギナとの時間だけは、大切にしてゆきたいと強く思う。
「でも先輩、これで本当に良かったんですか? 先輩は等級を上げるために魔力を溜めてたんですよね……?」
「ああするしかなかったんだ。だからこうして今、またビギナと話が出来ている」
「先輩……」
「また溜めれば良いさ。また……」
そう強がりは言いつつも、ここまで溜めるのに十数年かかっていた。容易ではないのは彼自身が良くわかっている。しかしこうして強がりが言えるのも、彼を慕ってくれるビギナが傍に居てくれるからだった。希望を捨ててでも、守りたかったのは彼女のことだったのだ。だからこそ後悔は無かった。無くなったらならまた溜めれば良いだけ。単純明快なこれからの生き方。この状況が続いてくれるならば、どんなに辛くても大丈夫な筈。
――これからもこんな時間が続いてほしい。
そう思って止まなかった。
そんな熱に浮かされてクルスは気づいていなかった。仲睦まじく、会話を交わしていた彼とビギナを睨んでいたフォーミュラの視線に。
「クルスさん、悪いけど今日限りで貴方との契約は打ち切らせてもらいます」
リーダーのフォーミュラがいわゆる“パーティーからの解雇通告”をしてきたのは、翌日のことだった。
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