第5話
時間になり館内に入ると、後方の端っこの二人だけの席に座り開演を待つ。
辺りは暗くなり映画が始まると、周りのざわつきは薄れ映画の音声のみが耳に入る。
太郎の頭には映画の内容はこれぽっちも入って来ない。ただただ隣に座る彩音が気になり落ち着かず、チラッと彩音の横顔を盗み見ては、その美貌に魅入られ、ドツボにハマっている。
太郎は良くないと思いながらも、初めての感情を制御する事も出来ず自分自身に翻弄される。ついに我慢出来なくなり彩音の手を握りしめる。
彼女はビクッと驚いたものの太郎の手を握り返してくる。
太郎はこれ以上ない幸福感に満たされ、映画の内容などどうでも良くなっている。ただこの時間が後1時間続くと思うと天にも登る気分だった。
しかし幸せを数分噛み締めた時、それを壊そうとする敵が現れる。
尿意だ。
太郎は尿意の凄まじい強さを身をもってしる。あれだけ満ちていた幸福感は幻のように消え失せ、今はただただトイレに駆け込みたいと言う欲求が身体を支配している。
手に伝わる温もりを名残惜しみながらも手を離し席を立つ。
恥ずかしさから彩音には何も言わずに階段を小走りで降りてトイレに駆け込む。
太郎の気分は最悪だ。それはトイレから戻り彩音の隣に座るても戻る事はなかった。
普段使わないエネルギーを大量消費したからか、ここから再起動するエネルギーは底を尽きていた。
映画も佳境に入り、切なくも感動的なシーンに入る。
興味の無かった太郎もすっかりのめり込み、固唾を飲んで観入っている。
そんな時だ。
太郎の手に温かく柔らかな感触に包まれる。
彩音の手だ。
太郎はおっかなびっくり握り返す。
自分よがりでは無かった事への安心感が太郎の心を平穏にさせる。
太郎はこれからの幸せな高校生活に思いをはせ、夢見心地で時が過ぎて行った。
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