第3話
「かわいい……」
太郎は心に留めきれなくなり、ついうっかり口に出してしまう。
自分の迂闊さに即座に気づきパニックになる。発した言葉は取り消せない以上、太郎は既に謝る事しかできない。
せめて気持ち悪いと思われて無い事を祈りながら。
「ごめんなさい……つい」
太郎は彼女の言葉を待つも、一向に返事が無い事にドギマギする。いきなり視線を合わせる事は躊躇われたので下からゆっくり彼女を伺う。
先ほどまで勢いよく進んでいた箸はピタリと止まっている。更に視線を上げ表情をゆっくりと視界に留めると彼女は大きな目を見開き顔をほのかに赤らめ固まっている。
「彩さん……大丈夫ですか?」
「は、はい。余りにストレートなものでつい照れてしまいました……」
「ごめんなさい、女性と食事などした事が無くて、慣れてないもので」
「いえ、謝らないで下さい。嬉しかったです。言われる事もありませんから……」
学校で散々可愛いと言われ続けている彼女が言うセリフでは無い。どうやら男達の心の叫びは彼女に届いて無いようだ。
だが今はその事に感謝せずには居られない。そのおかげで彼女の可愛い一面を見る事も出来たし、喜んでもらえた。
もう太郎の心は彩音に鷲掴みにされていた。こうなってしまえばいくら奥手な太郎でも進まずには居られない。
「それで、その……彩さん、この後も時間空いてますか? 映画を見にいきませんか? ちょうど今話題の映画がやってるんです」
太郎の一世一代の大勝負だ。普段女っ気も少なく、彼女などいた事も無い、経験値ゼロの男は勢いと勢いと勢いに任せて本能に従う。
彼女は今までと打って変わって、もじもじしながら口をひらく。
「は、はい! よろしくお願いします!」
太郎はその返事に舞い踊りたい気分になる。実際、誰も見ていない場所なら間違いなく狂喜乱舞していた事だろう。
だが彼女の前でそんな恥ずかしい事は出来ない。
あたかも落ち着いてますと言わんばかりの雰囲気でパスタを口に運ぶ。
そこからは先ほどまでが嘘のように会話が無い。今までリードしてくれていた彼女は下を俯きながら、少しずつご飯を口に運んでいて会話を持ち出す気配は無い。
それに焦った太郎だが、いったいどんな事を話していいのか分からず黙りこくる。
気づけば飲み物は底をつき、それでもついついコップを口まで運んで僅かな水滴を口に含む。
結局会話が再開されたのはお互い食事が終わった時だった。
「……行きましょうか彩さん」
「はい太郎君、よろしくお願いします」
伝票を取り会計に向かうと彼女が慌てたように追いかけてくる。
「太郎君、私が払います。お礼のためにご一緒したのに申し訳ないですから」
「いえ、ここは払わせてください」
「でも……」
太郎は問答無用で伝票をレジに出し、お金を払う。
高校生になったばかりでバイトをしている訳でも無い太郎にとって手痛い出費ではある。
それでも太郎の気持ちは晴れやかな者だった。女性に奢る行為自体初めてだったし、母親意外の異性と二人きりで食事する事も初めてで、なんだが大人の男性になった気分だ。それもこんなに可愛くて美しい彼女が隣に居ればなおのことだ。
高校の入学祝いにお金をくれた家族には感謝せずにはいられない。
「じゃあせめて映画は出させて下さい」
「大丈夫ですよ彩さん、気にしないでください」
「そうはいきません!」
彼女は先程までの照れは消え、頬をぷっくりさせて少し怒っているようだ。太郎はそんな彼女を可愛いと思いながら相手にしない。
男としての意地なのか見得なのかはわからないが、激しい衝動が太郎を頑なにさせる。
「さぁ彩さん行きましょう」
「もう太郎君たら……わかりました!」
彼女は少し開き直ったのか、先を歩き始める。太郎もそれを小走りで追うと、手が触れそうで触れないもどかしい距離で並んで歩き始める。
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