第2話

 男達がゾロゾロと退散していくのを感じ心の底から安心する。そこで初めて自分の手の温もりを感じて慌てて手を離す。


「ごめんなさい! つい」

「いえ、こちらこそ助けていただき有り難う御座いました」


 改めて見る顔は、学校で見る時より大人びていて美しい。微かに香る香水の匂いが太郎の心臓を刺激する。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


 その言葉に太郎はショックを隠しきれない。だが話した事も無いクラスメイトなどそんなものかと必死に思い直す。斎藤彩音はその容姿をもって、誰もが名前を知っているが、それが無い太郎の名前など仲の良い友達しか知らないのだろう。


「山田太郎です。これでも斎藤さんと同じクラスメイトなんですよ」

「まぁ! それはごめんなさいね。私の事は彩て呼んで下さい」


 太郎は少しやさぐれた心を笑いながら誤魔化すと、彼女は申し訳なさそうに謝りながら凄い提案をしてくる。


 太郎には名前呼びなどハードルが高すぎる。彩香さん、ならまだしも彩はまるで仲のいい友達と言わんばかりだ。

 そんな事をクラスで聞かれれば質問責めに合うに違いない。


 恐ろしい未来を考えていると彩音はニコニコしながら視線を合わせてくる。その言い寄れぬ色気が太郎を更に追い討ちする。


「太郎君、時間ありますか? 良ければお礼がしたいです」

「い、いえ。アヤさん、き、気にしないで下さい」

「そうはいきません。この後用事があるんですか?」

「いえ、用事は無いですが……」

「なら決まりですね! さぁ行きましょう!」


 彩音は太郎の手を握るとグイグイと引っ張って歩き始める。


 教室で見る彼女との違いに動揺する。確かに彼女は社交的で明るい女性だったが、こんなにベタベタと男に触るような人では無い。もしそうなら、今頃勘違いした男達が大量生産されていた事は間違いない。


 ドギマギする心を落ち着かせて、自分の心に勘違いするなと呪文のように言い聞かせ彼女についていく。


「ここで少しお食事でもどうですか?」


 彼女はついたレストランの前で可愛らしく小首を傾げる。その姿は直視するに眩しすぎた。心を落ち着ける事に精一杯な太郎はただ頷くと、彼女は嬉しそうに店に入る。


 そこでようやく手が離され、太郎の片手が解放される。手の平に残った温もりを確認するように、何度も自分の手を見つめている。

 太郎はふと我に帰り、急いで彼女を追い席につくとメニューを広げながらあれやこれやと聞いてくる。


「嫌いな物はあるの?」

「男の子はこう言うのが好きなのかしら?」

「どんな料理が好きなの?」

「学校は楽しい?」


 未だに落ち着かない太郎は一言、二言でなんとか返答する。普通ならそこで会話が終わりそうなものだが、彼女は次々に質問を出して来て、会話が途切れる事が無い。


 彼女は料理を注文するとおもむろに立ち上がり、片手で携帯を振りながら口をひらく。


「ごめんなさい太郎君、少し連絡してくるね」


 太郎は彼女の後ろ姿を眺めながら思いをはせる。学校の男達が騒ぐのも納得できる話だ。容姿は抜群で社交的、高校生なのに大人の色香まで感じてしまう雰囲気。完璧と言っても過言では無いだろう。


 不良達から助けようと動き出した時は既に後悔した気分だったが、今となっては後悔など微塵も無い。最高の行動をしたと自分を褒めたい気分だ。


 料理が運ばれて来ると同時に彼女が小走りで戻ってくる。


「ごめんなさい太郎君! 少し長引いちゃった」

「大丈夫ですよ彩さん、いいタイミングです」

「じゃあ、頂きましょうか」

「はい」

「「頂きます」」


 彼女は小さい口で幸せそうに食べ始める。軽く頬を抑え歯に噛む仕草が彼女を引き立て一層可愛く見え始める。


「かわいい……」

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