第2話
おとうさんの上に倒れた大きな木は、村の男の人六人がかりでやっとどかすことができました。
「しっかりしろよぉ」
「気を強く持てよぉ」
「おれたちみんな、ついてるぞぉ」
男の人たちは口々におとうさんを励ましながら、ようよう重い木をどけました。
それからおとうさんを担架に乗せて運びました。
誰かが町まで行って、お医者さんを呼んできてくれました。
ですが、お医者さんはおとうさんを一目診ると、黙って首を横に振りました。
「坊や、おとうさんをしっかり看病させてもらいましょうね」
お母さんが、泣きじゃくる男の子を抱きしめて言うと、男の子はしゃくりあげながらうなずきました。
その言葉通り、ふたりは一生懸命おとうさんの看病をしましたけれど、おとうさんは三日目の夕方にとうとう亡くなってしまったのでした。
お父さんが亡くなってお葬式を済ませた晩、男の子とふたりきりになってから、おかあさんは初めて声を上げて泣きました。
けれど、泣いてばかりはいられません。
おかあさんはまだ小さい男の子を抱えて、これからひとりで誰の助けも借りずに暮らしていかなくてはならないのです。
一家の蓄えはわずかなものでした。
「今すぐにでも働き口を探さなくては……」
おかあさんは料理が上手でした。
きれい好きで、裁縫も得意でした。
でもそれは、奥さんやおかあさんとしてならよいのですが、働くにはとても難しいことでした。
なぜなら、村のたいていのうちには奥さんやおかあさんがいて、それどころかおばあさんまでいて、家のことをするには事足りていたからです。
「なにかお手伝いできることはございませんか」
「なにかお手の足りないことはございませんか」
断られるのを承知で、おかあさんは村の家を一軒一軒廻りました。
すると何軒目かの家のおばさんが親切に教えてくれました。
「川向こうの家の奥さんが、たちの悪い風邪をひいて困っているそうだよ。
子供たちが小さいのに、うつすといけないから世話ができないって。
ご主人は町へ出稼ぎに行っているしねぇ。
行ってみるといいかもしれないよ」
おかあさんがお礼を言ってその家を訪ねると、奥さんは熱で赤い顔をして寝ていました。
「きのうから寝込んでいたの。
子供たちの面倒を見てくださらない?
それから家の中も片付けてくださると助かるわ」
奥さんが寝込んでいたのはたった一日なのに家の中は大変な散らかりようで、子供たちはすっかりおなかをすかせていました。
おかあさんは手早く氷嚢(ひょうのう)の氷を替えると、お湯を沸かして子供たちをお風呂に入れてやりました。
奥さんの体を拭いて着替えをさせ、洗濯もしました。
それからごはんを炊き、卵を焼き、おいしいお味噌汁を作り、おかゆも炊いて、
子供たちと病人に食べさせました。
そのあと、大きな鍋いっぱいのぶた汁を作ると、もう一度おかゆを炊き、ごはんも炊いて、おにぎりをたくさん握りました。
ひと仕事終えると、おかあさんは奥さんに言いました。
「お鍋に栄養たっぷりのぶた汁を作っておきましたから、
おなかがすいたらおかゆといっしょにおあがりなさい。
子供たちにはおにぎりを握っておきましたよ。
わたしはいったん家へ帰って、息子のごはんを作ってきますからね。
そうしたらまた戻ってきて、今晩からよくなるまで看病させていただきますよ」
その日からおかあさんは、奥さんの家へ泊り込んで、心を込めて奥さんの看病と子供たちの世話をしました。
その甲斐あって、奥さんの熱は二日目の朝、やっと下がりました。
奥さんは言いました。
「ああ、おかげでもうすっかり楽になったわ。本当にありがとう」
奥さんは喜んで、おかあさんにお金を幾らかくれました。
おかあさんは、奥さんがよくなったことはとてもうれしかったのですが、さて、これからどうしよう、と、また考えなくてはなりませんでした。
「さあ、困ったわ。
しばらくの間は、これでどうにか暮らせるけれど、
そうそう病人が出るわけではないし。
これからどうしたらいいかしら」
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