ある後家さんのお話

紫堂文緒(旧・中村文音)

第1話

 後家さんというのは、ご主人を亡くされた女の人のことです。

 このお話は、あるとき突然、後家さんになってしまったひとりの女の人のお話です。


     *     *     *


 昔、ある村に、とても仲の良い夫婦がありました。

 きこりとその奥さんでした。

 ふたりの間には六つになる男の子もありました。

 三人はいつも、きのう幸せに過ごしたように、今日も楽しく日を送り、あしたもそのあくる日も変わらない毎日が続くと思って、安心して暮らしていました。


 毎日奥さんはお昼近くになると、木を伐っている夫のために、おひつのごはんをお弁当箱に移して、卵焼きだの焼いたお魚だの、お煮しめだのおひたしだのを詰めて、おいしいお弁当をこしらえました。

 

 それを届けるのは男の子の役目でした。

 大好きなおとうさんに早く会いたくて、男の子はいつもお弁当をしっかり抱えると、森の中の小道を走って急ぐのです。

 

 


 ところがある日、男の子が、おとうさんがその日木を伐るところに着いたとき目に入ったのは、大きな木の下敷きになって呻いているおとうさんの姿でした。


 「おとうさん!」


 男の子は驚いて、おとうさんの上に倒れている大きい太い木をどかそうとしました。

ところが木はあまりに重くて、男の子の力ではびくともしません。

 大きくて強いおとうさんが動かせないものを、まだ小さくて力も弱い男の子にどうにかできるはずはありませんでした。

 男の子は泣きそうになりました。

 でも、泣いている場合ではありません。

 何より大好きなおとうさんがひとり苦しんでいるのです。

 男の子は心を決めると、来た道を駆け戻りました。

 早く早くあの木をどかさなければ、おとうさんは死んでしまうかもしれません。

 早くおかあさんに知らせなくてはなりません。

 あの重い木をどかせるように、たくさんの人を呼んでこなくてはなりません。


 ここから一番近い家は、森を抜けた、畑を作るお百姓さんの家、

 二番目に近い家は、そこから野を超えたお肉屋さんの家、

 それからまた川を渡って、やっと僕の家……。


 男の子はどの順でどの家を廻るか目まぐるしく考えながら、でこぼこの山道を走って走って走り続けました。 


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