第3話
おかあさんは帰り道、また、家々の戸を叩いて訊きました。
「何かお手伝いすることはございませんか」
「何かお手の足りないことはございませんか」
すると、ある家の中でおばあさんが針仕事をしていました。
「ああ、お願いしたいねえ…」
おばあさんは声をかけました。
「どうしても針に糸が通らなくてねえ…。
あんた、ちょっと手伝ってくれないかね」
おかあさんは、すぐ針に糸を通してあげました。
「ああ、助かった。
年をとって、すっかり目が悪くなってねえ」
おかあさんはそこでまた、駄目で元々と思って、勇気を出して言いました。
「もしよろしければ、縫い物もさせて頂けませんか?」
「いえ、いいんですよ。
のんびりといたしますから。
年をとると、こうでもしないことには、なかなか日が暮れなくてねえ」
おばあさんはお礼に、そばのかごにあったみかんを三つくれました。
おかあさんは歩きながら考えました。
「こうして用を聞いて回っても、とても暮らしていけるものではないわ。
……そうだわ、村長さんに相談してみたらどうかしら。
村長さんなら、きっと何かよいお知恵を貸してくださるわ」
おかあさんは村長さんの家へ急ぎました。
* * *
「村長さん、奥さま、先日はお忙しい中、主人の葬儀に来てくださって、ありがとうございました」
おかあさんは村長さんの家に着くと、まず、お礼を言いました。
「やあ、きこりの後家さん、もう、落ち着いたかね?」
村長さんは、少し言いにくそうに応えました。
おかあさんは「後家さん」と言われて、改めて、自分が夫を亡くしたのだと認めずにはいられませんでした。
「坊やはお元気にしてらっしゃる?」
もう大きくなった子供のいる奥さんが、優しく尋ねました。
「……ところで、これからどうしていくね?」
村長さん夫妻は、夫を亡くして後家さんになってしまったおかあさんと坊やの行く末をひそかに心配していました。
「はい、実は今日はそのことで参ったのでございます」
おかあさんは二人にこれまでのいきさつを話しました。
自分は家のことはできるが、ほかにはこれといってできるものがないこと、村で働き口を探すのは難しいこと、自分の親も夫の親もすでに亡く、頼れる人もいないこと……。
「どこか雇ってくれるところはないものでしょうか?
町へ出てもよいのです。
子供連れでよければ、住込みでもかまいません。
坊やも来年は学校に上がりますし。
そうすれば、今の家を人に貸すこともできます」
「よし。それでは、両隣の村をあたってみよう。
それから、町へも訊いてみよう。
大きな家で人手を探しているところがあるかもしれない」
しかし、村長さんは、もう少し深いことも考えていました。
……やもめや独り者で、いい者はいないだろうか……。
しかし、この人を大事にしてくれて、坊やを可愛がってくれる人じゃなきゃいかん。
しかし、それは難しいことだ。
亡くなられたきこりのおとうさんは、貧しかったが、優しくて立派な方だったから。
……何とかこの人が独りで坊やを立派に育てながら暮らしていける道はないだろうか……
「あなた、わたしも学校時代のお友だちをあたってみますから、この方に良い働き口をお世話してあげてくださいな」
奥さんも村長さんに頼みました。
「うんうん、わたしも、知っている限りの人に尋ねてみるよ。
……さあ、今日はもう遅いから帰った方がいい。
坊やが待ちくたびれているだろう」
「そうね、もう、こんな時間になってしまって。
……これからごはんを作るの、大変でしょ。
今日はうちで作ったおかずを少しお分けしますよ。
あなたほど上手ではないけれど……」
奥さんはそう言って、お芋の煮たのとお魚の焼いたのを分けてくれました。
そして、これからしばらくは大丈夫なように、お米とお葱と菜っ葉、それからお味噌も少し持たせてくれました。
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