萌芽

聡太郎様に申し訳ない、自分の無能が嫌になる。

死んで詫びたい気持ちでいっぱいだけど、本当に死ぬとチームは見鬼を失い、みんなに迷惑をかけてしまうから死ねない。


昨日、部室で小早川水希に対して冷静に対処できずに、結果聡太郎様の御手を煩わせてしまった。


本当に聡太郎様は素敵だった、沈着冷静な対応で瞬く間に水希の混乱を収束させた。

しかも素早く状況を把握され、水希への口止め、アリッサへの報告、その後の対策までアリッサに提案したという。


わたしと同じ年とは思えない利発さだ。

何というか、やはり総裁の御孫というのは凡人では計り知れない境地に、若い頃から到達されているのだろう。


思い返せば、あの時わたしは聡太郎様に馴れ馴れしい胸が大きなだけの水希に嫉妬して、あんなにも心乱されてしまう情けない女だ。

何のために日々鍛錬を繰り返してきたのか、厳しい訓練を無為にする、この醜態。


アリッサに失望されたことだろう、チームに迷惑をかけてしまった。

昨日の一件は聡太郎様がいなかったら協会にとって致命的な失態になっていたはずだ。


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先程まで、アリッサ、北条チーフ、中島サブリーダー、聡太郎様は、わたしが家政婦を任されているこの家にいた。

4人で何か話されていたようで、残りのチームメンバーとわたしは、その話し合いが終わるまで近所のコンビニの駐車場で待機していた。


小暮さんからは何点か水希のことを質問された。

榎本さんはいつも通り、気さくに声をかけてくれたが、気を使わせているようで余計惨めな気持ちになってしまう。

舎人さんはみんなにアイスを買ってきてくれた。

比留間さんは何時も通り何も話さなかったけど、何時も通りなので妙に安心した。


1時間もかからず舎人さんの携帯に連絡があり、わたしたちは山村宅に集まる。


これから会議があり、わたしは家で待機して聡太郎様の警護をするように、北条チーフから命じられた。

そして聡太郎様とわたしを自宅に残して、他のメンバーは車で去っていった。


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わたしがリビングで待機していると、聡太郎様がいらっしゃる。

立ち上がり会釈して「聡太郎様、気になさらず御休みください」

聡太郎様は「珈琲が飲みたいんだ、一緒に飲まないか」と誘って頂いた。

きっとわたしがこれから夜遅くなるのを気づかってくださったのだ。


2人で珈琲を啜る、ただそれだけで先程までの暗い気持ちが嘘のように、浮ついた明るい気持ちに変わっていく。

ああ、また自分勝手な思いに耽ってしまう。

節度を保たなくては、また同じ失態を繰り返してはならない。

それより昨日のお礼をしなくては「昨日は御助力頂き、ありがとうございます」そういうのが精一杯で言葉が詰まって俯いてしまった。


聡太郎様は「自分がやれることに集中して、無理に何でもやろうとしなくていい」今まで聡太郎様から聞いたことがない、優しい声で慰めてくださった。


聡太郎様は何時もは無関心な態度で冷めた口調なのに、今夜は柔らかで穏やかな口調に変わっていた。

思わず涙が出そうになったが、これは自制できた。


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聡太郎様が寝室に戻られた。

わたしは再びリビングで1人、会議終了の報告を待つ。


『自分がやれることに集中して、無理に何でもやろうとしなくていい』聡太郎様の言葉が心の中で蘇る。

『自分がやれることに集中』

わたしに何ができるのか?

ただ見えるだけの能力、なら見えるだけでいいのだろうか?

いや、それではいけない、何時迄もチームに迷惑をかけてしまう。アリッサにも。

だから無理をしてでも...

『無理に何でもやろうとしなくていい』

わたしは無理をしている?

わたしは迷惑をかけまいと無理をしているのか。


そもそも、わたしは迷惑をかけるほど重要な役割をチームの中で担っているのだろうか?

考えてみれば、わたしはアリッサやチームのメンバーに叱られたことがない。

それはわたしがミスをしないからではなくて、わたしのミスがチームにとって折込済みのことだからではないか?

わたしの能力を発揮するため、チームのみんなはわたしに多くは教えてくれない。会議にすら参加できない。

それはわたしの能力を活かすためだと思っていた。

しかし、それだけではないのかも。

つまりわたしの仕事は範囲が限定されていて、その中での成果などアリッサやチームは期待していない。

だから、わたしは叱られないのだ。


わたしがアリッサやチームの評価を気にする姿は、彼女たちには滑稽に見えたことだろう。

わたしはアリッサやチームに自分が期待されていないことを、本当は知っていた気がする。


そんなわたしは、聡太郎様から見れば無理しているように見えたに違いない。

だから『無理に何でもやらなくていい』と仰ってくださったのだ。


そう考えると『自分がやれることに集中』という意味だって、自分に何ができるかや、役に立てるか、何て些末なことではないはずだ。

そんな小手先の話しではないのだろう。


きっと集中するという意味は、足りないわたしに全身全霊でやり切れというエールなのだ。


ああ、もう余計なことは考えない、ただわたしは聡太郎様に全てを捧げて生きていく。

他の人のことを気にかけるから心乱されるのだ。

アリッサやチームを気にする必要はない、見える能力に執着する必要もない。


聡太郎様ただ1人に集中して尽くし切ればいいの、何も思い悩むこと何てない。

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