2人の横浜

4月18日22時、横浜のホテル。

私アリッサ・オードリー上杉と山村聡太郎の2人だけが室内にいる。

血は繋がっていないが、私たちは叔母と甥の関係だ。

聡太郎は自分が通っている学校の女子高生『小早川水希』の報告に来た。

報告と併せて今後の対応を協議したいと直に面談を希望してきたので、この機会を設けた。


----


聡太郎が、小早川水希の話をまとめて報告した。


『1995年8月、水希小5の時、肝試しでプラネテスに遭遇』

遭遇後、2回だけ他人が体験した『クリーチャーとの遭遇記憶』を白昼夢で見たという。

プラネテスとの遭遇体験により能力が覚醒したと水希は信じている。

この2回については、見たクリーチャーはプラネテスとは違う形状をしていたと水希は証言。

この記憶の詳細については後日聞き取りを予定している。


またプラネテスに遭遇した肝試しには聡太郎も参加していて、この時聡太郎がプラネテスに遭遇していたことは協会も把握していた。

聡太郎は、チャールズに魔術を習う過程で、この時見たクリーチャーがプラネテスだと知った。

水希は聡太郎が肝試しに参加していたことは記憶していないようだ、またこの時もう1人男子がプラネテスと遭遇している。

彼についても協会は調査して実状は把握している。


『1997年12月、水希中1の時、父親失踪』


『2000年4月7日、水希は高校に入学』

4月13日、水希が郷土史同好会見学。

水希は部長の秋月梢に、父親が郷土史に興味があり色々な資料をもっていること、それを調べるために入部したいと伝えた。

秋月はいきなり全てを調べるのは難しいが、まずは何点かもってきてかまわないと了承。

鑑定には時間がかかる場合もあると併せて水希は部長から説明された。

4月14日、父の遺品の何点かを持ちこみ部長に鑑定依頼。

その中に刀子のレプリカがあった。

刀子というのは古墳の副葬品の小刀で、木簡の書き間違えを訂正する文房具のこと、そのレプリカの刀子には印が彫刻されていた。

印は、円形の下部が閉じていない印で、円の中心部から3本線が、円の開いている場所を通過して外に突き出している。


秋月の説明によれば、崎原には維良塚古墳群と呼ばれる史跡があり、そこから出土した刀子のレプリカではないかという。

詳しくは『もう少し調べないと何ともいえない』と秋月は水希に伝える。

他の持ちこみ資料の話しも聞いていたため鑑定は長引き、その日の下校は遅くなった。

そこで水希は校舎にいたプラネテスを目撃する。

正門辺りから校舎を見た時、3階の部室にプラネテスはいたが、直ぐに移動してしまい死角に入り見えなくなった。


4月17日、郷土史同好会見学に来た聡太郎と再会。

4月18日、日下美由紀を見ていたら白昼夢に突入。

日下の記憶の中のクリーチャーがプラネテスだったため、同じくプラネテスを肝試しで見ていた水希は同調が強く働き混乱したと推測される。

日下の記憶を見た水希は、記憶の中で日下が持っていた短剣にも、刀子のレプリカと同じ印が刻まれていたという。


----


私は、聡太郎の待つ部屋に行く前に、書面で聡太郎の報告書を読んでいたし、日下美由紀という聡太郎の家で家政婦をさせながら、同じ高校へ一緒に通わせている協会員からもヒアリングを終えていた。


日下は、協会員の立場を慮り水希への聞き取りはしなかった。つまり水希の正体が判らない状態での接触は危険だと考えた訳だ。

そこで聡太郎は水希と2人になって聞き取りをしたいと日下に言い渡し、それに従い日下は部長の入室を阻止していたという。

まあ、日下が臨機応変に行動できないことは予測していたから仕方がない。

見鬼という能力者である日下に、多くの情報を与えることは能力発揮の妨げになるのだから、調査能力を期待しても詮ない話なのだ。

実際、日下には事前に水希の情報は知らせていなかったくらいだ。

彼女には警護に意識を集中してもらい、そこから上がる情報を私やチームで分析していくしかない。


----


私は聡太郎に語りかける。

「水希という子、随分特異な能力者ね」今まで、このような能力者に会ったこともなければ、聞いたこともない。類似した能力はいくつか思い当たるが、それらとは異質な印象を受ける。


「見える時の条件や見える対象が限定されている印象がありますが、白昼夢の体験例が3つしかないので特定できません、検証には別の手段も検討すべきです」聡太郎が言わんとしていることは、水希を協会で飼い、クリーチャーに遭遇させろという意味だ。悪いヤツだ。


「まだ聡太郎は記憶を読まれていないだろうな?」

ショゴスの情報は協会の生命線だ、あの無敵のクリーチャーの召喚支配魔術は協会員の中でも限られた人間にしか伝授されない。

例外的に協会員ではなかったが、聡太郎の父親がショゴスの支配魔術のみ伝授を許可された。

これは当時、協会を二分する論争となった。

聡太郎の父、山村年男は外なる神の一柱であるナイアーラトテップの神子であり、条件付きの許可『ショゴスの召喚か支配のどちらかの魔術を伝授』という形で反対派も妥協せざるを得なかった。

ショゴスに関する情報は、このように慎重に管理される協会の重要機密だ。

そして、聡太郎はナイアーラトテップの神託によって『適合者としてショゴスを呼び出す触媒となる』者として産まれてきた少年なのだ。

それは彼の両親の不幸を招く形で証明された。


だから協会としては水希という能力者がショゴスの記憶を垣間見ることに、神経質にならざる得ない。

記憶を見たことで何かしらクリーチャーとの特殊な関係性が発生しているとも限らない。


「今は未だ、しかし何れ見てしまう可能性は高いでしょ?」だから、協会で水希を飼え、コントロールしろと、暗に聡太郎は匂わす。

殺しは最後の手段だが、情報流出が起きてしまう前に実施しなければ意味はない。


話題を変える「しかし刀子?という呪具は強力過ぎないか?」

水希は、日下の記憶の中の短剣に同じ印が刻まれていたのを見て、刀子のレプリカと短剣は同じものだと考えているようだが、それは誤りで刀子はかなり特殊な呪具だ。


何故なら、日下が持っていた短剣はプラネテスを召喚や支配するのに必要な触媒ではあるが、それだけでは召喚支配は成就されない。

準備や条件を整え、詠唱に時間をかけなくてはならない。手順や作法を誤れば魔術は成功しないどころか、詠唱者はプラネテスの餌食になってしまう場合だってある。


その点、刀子によるプラネテスの召喚支配の簡易さは異常だ。

『何かを切って傷をつけるだけでいい、魔術的な知識や作法は知らなくてもいい』

準備や詠唱も必要ないというのだ、そんな呪具は協会の情報網でも照会できなかった。

しかもプラネテスは刀子で傷つけたものを外宇宙に連れ去るという。

特定の目的に絞られるとはいえ、支配の魔術を知らなくてもプラネテスの使役が可能だという。


しかし、刀子のこの魔力は現段階では、状況から聡太郎が推測したに過ぎない仮説だ。

私は正直あり得ないと考えている、何か別の要因が重なっているなら話しは別だが...


「肝試しをした墓場の直ぐ裏は滝弁天です」

突然滝弁天の名が聡太郎の口から漏れたことで、不意を突かれた私は彼を凝視してしまった。


そんな私に微笑み聡太郎は「校舎から直線距離で200メートルですよね、滝弁天」


私は冷静を装い、勤めて声を落ち着かせる「刀子は触媒に過ぎず、滝弁天の霊威が召喚や支配を容易にさせているとでも?」


「ショゴスの時も、誰も詠唱しなかったからね」

私の頭の中は、もうプラネテスのことはどうでもよくなっていた。

もしこの仮説が正しいなら『聡太郎は滝弁天に直接行かなくてもショゴスを召喚支配できる』のではないか?

今、聡太郎はショゴスの召喚支配の魔法を知らない、しかしチャールズはあのショゴスは魔法以外の方法で召喚支配された可能性があると話していた。


確かに直線距離なら学校はおろか聡太郎の自宅とも近い、しかし学校裏の崖は整備されコンクリートの打ちっ放しになっている、直線経路で滝弁天には行けない。

滝弁天へ行くには高台から平地に下って回り道をする必要がある。


人間には遠くても、霊的影響は崖やら壁やら関係なく浸透していったケースは確認されている。


何故チャールズはそれを考慮しなかったのか?否、チャールズはそれを込みで聡太郎を自宅に戻したのでは?

ミッションは表向き『聡太郎の監視や警護』だが、真の目的は聡太郎の力の正体を探ることなのではないか?

やはり総裁も目的はそこか?ならば水希は利用価値がある。

事を急くな冷静になれ、先ずは目の前の事案に集中しろ、アリッサ。


----


聡太郎の提案は、自宅に水希を招き協会に勧誘する。

そこで彼女の知りたいことはある程度開示し、刀子の魔力を試すことを促す。

刀子によるプラネテスの召喚が成功すれば、彼女は執着している父親の失踪の解明に協会の力が必要だと考えるはずと聡太郎は主張する。

また彼は、勧誘実施は土曜日を想定して準備したいと希望している。


「僕は、水希は外側の力と適応しようと身体を作り替えて能力を開発したと考えます、もちろん彼女の意思が求めたものではない、ゆえに入会を拒むことはできない」


つまり「頭で拒んでも、身体が受け入れるという訳か?」私は自問を口にする。

それは聡太郎の印象でしかない、しかし適合者とナイアーラトテップに称された子の肌感に乗っかってみても面白い、それは聡太郎の観察にもなるのだから。


----


「勧誘の前に、試しておきたいことがあります、協力お願いできますか?」また聡太郎が微笑む。

何を試すかは直ぐに判った、まずその仮説が証明されなければ勧誘の準備は進まないのだから。

私と聡太郎は仮説をもとに勧誘の段取を話し合い、実験を明日の夜に行うことで同意した。


日付が後、数分で変わる時刻になっていた。

聡太郎はこのままホテルに泊まり、明日の早朝自宅まで送ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る