第2話 コックの生い立ち
「鍋一つ磨くのに、どんだけ時間をかけてんだ!」
痩せっぽちの見習いコックは、裏口から叩きだされました。ここは銀座の超有名レストランです。使う材料も店内の内装も最高級で、値段も最高級なお店でした。
調理師の世界では良くある事ですが、競争の激しい職場では、古株の先輩が才能のある後輩をいじめたりすることがあります。何しろこのような高級店には腕の立つ若い人たちが、毎日のように面接に来るのですから、新人が生き残るのも一苦労なのでした。
見習いコックは無言で立ち上がり、職場に戻ります。また汚れた鍋を磨き始めました。
「けっ 口も利けないのかよ!」
先輩は洗い場のドアを蹴飛ばして、出て行きました。
見習いコックは孤児院で育ち、中学を卒業するとすぐ、調理師の世界に入ります。帰る場所のない彼は、大変な努力をして調理技術を身につけました。その結果、18歳にしてこの高級店に入る事ができたのです。これは大変異例な事で、年上の先輩達から睨まれるのに十分な理由でした。
4年後、彼は厨房のセカンドとして働いていました。料理長補佐というか代理というか、そのような立場になります。この店での料理長は40代、セカンドは30代後半というのが相場でしたから、これも大変な大抜擢でした。彼をいじめた先輩は、数年前に職場に来なくなっています。
40代の料理長は仕事に大変厳しい人でしたが、素晴らしい技術を持った人でした。見習いコックはもう見習いではありません。様々な技術や演出を彼から学びました。
「ちょっとこっちに来い」
コックは料理長室に呼ばれました。中には店の経営者もいます。経営者は他の業種の会社も経営しており、調理場には余り顔を出しません。
「君は大変優秀な料理人であると、料理長から聞かされた。彼が部下をそう褒めるのは、よほどの事だ。また彼はいつまでも自分の下で働かせると、若い才能を十分に発揮させる事ができないとも言っている。」
コックはヨーロッパにある日本大使館で、料理長の仕事をするように勧められたのです。コックは、しばらく考えてから答えました。
「私は余所に出る気はありません。ここで働ければ十分です。」
コックは彼らの勧めを断ります。しかし料理長から3年間、フランス留学を命じられました。店に残るのであれば、最新の料理を店に持ち帰るようにと言われたのです。
この店では優秀な料理人を、世界各地に留学させる事を行っています。高い料金には、彼らの留学費用も含まれているのでした。そのおかげでお客さんは、日本にいながら世界の最新料理を味わう事が出来るのです。
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