21.薔薇の花、薔薇の花
走る気力も無くなってとぼとぼと歩いていると、広場のような場所に行き着いた。
ゴッホの絵のような不気味な樹木に囲まれたその空間に、薄い波状の階段が並ぶ。
奥には、青いモザイクを重ねて作られたとんがり帽子のような塔がそびえている。それがなんの目的で作られたものなのか、さっぱり分からなかった。
中央にはやはりいびつな噴水が、苦しそうに口から吐き出すように水を吹き上げていた。
相変わらず意味がわからない空間だ。だがそんな中でも歪みが比較的ましなベンチを見つけたため、ひとまずそれに腰掛けることにした。
しばしの沈黙。
数分経った頃に、どこからともなく黒い服の子供達がやってきた。皆一様に、やはり顔にはノイズの塊を貼り付けている。
そして彼らは手を繋ぎ円形になると、
「ばらの花、ばらの花、」
と歌い始めた。そのメロディはどこかで聞いたことがあるような気がしたが、それがどこでだったかは思い出せなかった。
辺りに目をやると、広場は血の様に真っ赤な薔薇の園と化していた。くねくねと曲がりくねった茎に、誰かを刺したような痕跡のある刺たちが張り巡らされている。
正直、このような現象にはもう慣れ始めていた。いつ薔薇が出現したのかなど、どうでもよかった。ただ、不気味な空気と疲労が、この身体を襲っていた。
ふと、もう一度スマートフォンを取り出して日付を確認する。大学を出た時から、もう三ヶ月が経過していた。
ため息をついて、ポケットへと戻す。そして顔を上げると、
「!」
子供達に周りを取り囲まれていた。黒い糸屑を塊を貼り付けた顔で、こちらを見下ろしている。
表情が見えないにも関わらず、ニタァ、と不気味な意味を浮かべていると何故か分かった。薔薇の花びらの様な、真っ赤な口だった。
「みぃんな、ころんだ」
「みぃんな、ころんだ」
「みぃんな、ころんだ」
子供達は嗤いながら、口々にそう呟いた。
そして、全員が言い終わると、バタンと音を立てて、背中から一斉に倒れ込んだ。ハリボテのような厚みのない倒れ方だった。
一体何が起きたんだ?
立ち上がり、辺りを確認する。すると、ベンチの周りには、子供の形をした木の板がいくつも散らばっていた。落書きのように描かれた顔は、溶けるように滲んでいた。
「なんなんだよ、これ…」
頭を抱える。にわかに、頭蓋骨がズキズキと痛み始める。本当に訳が分からない。
とその時、脳がふわふわと揺れるような、いつもの「夢」の前触れが訪れた。
この世界でも「夢」を見るのか、と考えている自分の思考が、どんどん遠くへ離れていく。霧に飲まれていくような感覚だ。
今から見させられる「夢」がもしかしたら、彼女を探す最大の手掛かりになるかもしれない。
そうか。それなら、どうか、彼女を…
夢と現実の狭間の迷路へと導かれていく感覚にそのまま身を委ねて、俺は静かに意識を手放した。
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