19.ノイズ
一歩足を踏み出すと、その地面は水飴のようにどろりと溶け出した。バランスを失ってよろけそうになる。が、なんとか踏み留まり倒れずに前へ進むことができた。
腐りかけた肉の上を走っているような、おぼつかなく不吉な感覚だった。
街は、お菓子でできた建築物のような、直線であるはずの箇所がくねくねと曲がったものが密集していた。それらは、表面には現れてはいない部分にも、何か底知れない極彩色を秘めているように思われてならなかった。
これではどれが何なのか分からない。見知っているはずの街の変化に、苛立ちと不安を覚えた。
と、数メートル先に人の姿を発見した。二人で何やら立ち話をしているようだ。訳の分からない世界の中で人を見つけて、少しほっとした。
とにかく話しかけて道を聞こう。声をかけようとしたその時、
くるり。
その人物が振り返った。俺は思わず息を飲んだ。
彼は、顔に黒いノイズのようなグロテスクな塊を貼り付けていたのだ。
「…!」
もう一人の人物も俺の方を向く。その男もまた、顔に同じ黒い物体を貼りつけていた。
「ひっ…!」
恐怖に駆られて、俺は衝動的に走り出した。自分の息が上がっているのがわかる。とにかくここから逃げなくては、という本能のままに、足を進めて行った。
極彩色に狂った街並が、走っても走ってもループし続ける。歪んだ地面に足をとられて、世界が反転したかのように思われた。だが、その直後俺はまた元のようにただ走っているだけだった。
やはり自分は、頭がおかしくなったのかも知れない。
建物と共に、人波も通り過ぎる。やはり皆一様に、顔にいびつなノイズを貼りつけていた。信用できそうな人間はいなかった。
りず、りず。何処にいるんだ?
こんな世界に君はいるのか?こんな、歪んだ気味の悪い世界に。
一人で。たった一人で。
俺のりず。怖くて泣いてはいないか?淋しくて震えてはいないか?小さく丸まって、膝を抱えて。
一目だけでもいい。会わなければ。会って、伝えなければ。
りず、りず、りず、りず、りず、りず。
彼女の笑顔だけが、脳の正常な部分にこだましていた。
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