第21話 稽古の時間

ん……なんか暑いな。


昨日京姉が一週間ここのアパートに退避するということで、白石には朝と夜は一週間大丈夫とメールを送ったから今日は久しぶりに自分で起きた。


にしても暑苦しい。いつもこんなにあつかったか?腕になんか柔らかいものが当たってるし体も何かに絡みつかれている……。


まさか……俺は恐る恐る隣を見た。


「なっ……!」


そのまさかだった。昨日は京姉がベットで寝ることになって俺は床に布団を敷いて寝たはずだ。なのに今隣で俺を抱き枕として使っているのはベットで寝ていたはずの京姉だった。


「……なっ、何やってるんだよ」


いつもよりも一段と距離が近くて腕に当たっている柔らかいものがいつもより強調されていて理性が限界すれすれだ。


身体全身を抱き枕のように抱いているから、引き離そうとしても離せない。


「京姉起きてー、起きてくれー」


あまりにも刺激が強すぎるのか、強く言えない。このままだと学校に遅れるのではないかと思い時計の時間を見る。


「まだ五時だったのかよ……」


いつもより暑苦しかったせいで早く目が覚めてしまったらしい。おのれ京姉よ……。


俺は抱きついている本人の顔を見ると昨日の事を思い出してすぐにそらした。


「昨日の京姉に抱きついながら泣くのは一生の不覚だ。すぐにはいじられないと思うけど後々絶対に使ってくるよな」


昔から京姉はそういう人だ。俺が少し弱みを見せるとすぐにいじり倒してくる。まあ、今回のは事情が事情だからすぐにらいじり倒さないと思うけど……大丈夫だよね?!!


でも、ほんとに感謝しないとな。


「ほんとに感謝の言葉しか出ないや」


思わず声に出してしまった。でもそれぐらい俺は京姉に感謝している。実際一番俺の事を思ってくれていた人なんて両親とかの血の繋がりのある人達よりも京姉だったし、面倒も見てくれていた。


中学の時の一件も京姉だけがあの人に反抗をしていたか……。


そんな事を思い返しているうちに京姉が目を開き始めた。


「京姉おはよう」


さっき思い返していたことを頭の中から吹っ飛ばし、いつも通りの無表情で京姉に朝の挨拶をした。やや口元が緩んでいたかもしれないが……


「ん……あゆむー?」


いつもの表情とは裏腹に完全に緩んでいる。少し頬は赤く子供みたいな表情をしながら、まだ俺を抱き枕として使っている。


「京姉、まだ五時だけど起きる?」


「いや、もう起きる」


京姉は完全に目を覚ましたようで俺という抱き枕を離してソファの上に座った


さっきの子供みたいな表情なんて面影もなくいつもの美人に戻っていた。さっきは美少女だったかな。


「そっか、じゃあ俺はもう少し寝るねおやすみ」


京姉が離れていくとまた眠気が襲いかかって来てねむたくなってきたのだ。遠慮なく寝させてもらおう。


しかし、俺の考えは甘かった。いや、京姉の事をすっかり忘れていた。


「何を言っているんだ歩?今から朝練に行くぞ」


京姉は神崎武道場にいた時はいつものように朝練を行ったていた。しかし20歳になっても朝練をしているなんて想定もしていなかった。


「昨日も言ったように稽古をする。朝と夜にするから覚悟をしておけよ」


妙に気合いの入っている京姉は表情こそ「無」だが、内心は全く違うだろう。


「って、夜もやるの?!」


朝か夜どっちかだと思っていたら両方と来た。まさかいつも朝と夜やっているのか……


「一応聞くけど毎日朝と夜にやってるの?」


「何を当たり前のことを聞いてるんだ」


聞く前から何となく予想はついていた。道場にいた時から京姉は稽古を一日たりとも欠かさなかったからだ。


しかし、予想はしていたものの教員の仕事をしながらとはさすがとしか言いようがない。


「身体壊さないようにね京姉」


万が一にも京姉が身体を壊すことなんてありえないけど……。


「私を誰だと思っているんだ歩」


俺は苦笑しながら頷いた。


「それじゃあ公園まで走ってくぞー」


「はいよー」


よく一緒に稽古をしていた時のことを思い出して心の中で俺は笑っていた。


家を出てたから20分くらい経過しただろうか、近くの公園で稽古すると思っていたが全然違うのであった。


「京姉、あとどんくらいでつくのさ」


「残り5キロちょい走ればつく」


体力の方は全く問題ないのだが学校に遅れないか心配だ。稽古の相手が京姉じゃなければそんな心配はしなくてよかった。


しかし現実、稽古の相手は京姉なのだ。京姉との稽古は早くて二時間ぐらいはかかるもので、それから帰りの時間を考えるとなかなかギリギリになる気がする。


そんな事を考えている俺とは裏腹に、京姉は顔には出さないがかなりウキウキの状態だ。時間なんて全く気にもしていない。


そしてようやくついた場所は公園ではなかった。


俺は前に立つ建物をじっと見た。


「ふむふむ、京姉ここ道場じゃん」


そう、俺と京姉の目の前にあるのは少し大きめな道場だ。ただ、もう使われていないのか外観がかなり汚い。


「そうだ、ここは私が借りている道場だ」


少し胸を張ってどやっている京姉には悪いんだけど胸に目が釘付けになってまうよ。


「まあ、道場があるからここまで走ったのは納得がいくね」


京姉は軽く頷いててくてくと中に入っていった。


それに続いて俺も中に入ると外観の印象とは比べ物にならないほど綺麗に使われている道場が目の前にあった。


「ほえ〜、これはすっごいね」


「私が綺麗好きなのは知っているだろう?」


不思議そうな顔でこちらを見てくる京姉はきっと「そんなことぐらいわかってたでしょ?」とでも言いたいんだろう。でもあの外観を見せられるとそれも忘れてしまう。


「なんで外はあんなに汚いのさ」


そう言うと京姉はその事かと思っているかのようにいいリアクションをした。


いつもとはまるきり変わるんだよな稽古の時は。


「外はめんどくさい」


「それだけかよ!」


思わずツッコミをしてしまうほどの理由だ。


「それじゃあ話はここまでで早くやるわよ」


京姉は道場の真ん中に立って早くといっている。相変わらずの日拳バカだ。(日拳とは日本拳法)俺も防具をつけて京姉の方へ向かう。


「久しぶりなんだから期待はなしね」


「手は抜かんからな」


「抜いては欲しくないなあ」


そんな感じの事を喋りながら俺と京姉は構えに入る。


「よし、行くぞ歩!!!!!!!!!!!」


クールな表情がくるっと変わり、いきなり左の縦拳を俺の顔面目掛けて放ち、それに続いて右の縦拳も放った。


「うおっ、、」


間一髪で避けて俺は体勢を整える。久しぶりの組み手だと言うのに容赦が全くないな。


京姉は打撃よりも投げ技が得意で、特に刈り上げが大の得意だ。むやみに間合いに入るとすぐに倒されるだろう。


逆にいうと俺は打撃の方が得意の方だ。


間合いに踏み込むのは危ないが、打撃が得意な俺にしては自分の打撃が届く範囲までに入らないと話にならない。


だから俺は間合いを少し詰めながら一気に勝負を仕掛けることにした。動きに緩急をつけながら詰めてさっきの京姉と同じ、左の縦拳から右の縦拳を繰り出した。


緩急をつけての打撃はなかなか避けにくいもので、俺は京姉の顔と腹に一撃ずつ与えると京姉はそのまま床に倒れた。


少しやりすぎたかと思い急いで京姉のもとえ近づく。


「大丈夫京姉?」


「ああ、大丈夫だ」


本人はそう言うが倒れているぐらいだから大丈夫と言う訳では無いだろう。俺がやったんだけどね。


京姉は天井を見たまま口を開く。


「やっぱり歩の直突きは大したもんだよ。一瞬でやられちまったなぁ」


感心しながらも心の中ではめっちゃ悔しがっているのは俺じゃなくてもわかるだろう。


「それで今組み手をしてわかったことは……稽古は欠かさずにやってただろ」


「なっ、、、」


呆気なくバレてしまった。俺は日拳だけいつも簡単な稽古をしていた、と言うよりも日拳の稽古は完全に習慣になっていたから仕方がないのだ。


「あの緩急の付け方とか直突きとか稽古してなかったらへなちょこになってるぞ」


「よくお分かりで……」


当たり前だと言いながらまた京姉は立って始めようとしている。


「わかったよ」


完全にやる気スイッチが入った京姉からの申し出を断ることなんて出来やしない。


それからはどんどんと京姉も本領発揮してきて、俺もつい夢中になっていた。夢中になっていたから時間の気づかなかった。


道場に着いている時計を見るととっくに7時を回っていた。


「京姉やばいよ!ほぼ遅刻確定演習だよこれ!」


焦っている俺に対して京姉は余裕の表情でトイレから戻ってきた。いつものスーツ姿で。


「ここに着替え持ってきてたの?」


「ああ、それより時間やばいんだろ早く行くぞ」


そう言って京姉は道場に入ってきたドアとは逆方向に向かい、でかい倉庫みたいな扉を開けた。


「うぉぉおおおおなんじゃそりゃ?!」


俺は思いっきり驚いた声を出して京姉の方をガン見した。


そんな俺の驚いた声なんて聞いてもないかのように、扉の中にあるでかいものに乗り込んだ。


「ほれ早く乗れ、遅れるぞ」


そういいでかい車に乗った京姉は隣のシートを叩いて俺を招いた。


俺は驚きつつも小走りで車の方へ向かった。


「シートベルトはちゃんと閉めろよー」


京姉はそう言ってエンジンをかけて、また別の出口から車を発進させた。


「ちょっ、運転荒すぎませんか京姉?!!」


かなり速いスピードで坂を下って一般道路にでた。一般道路に出たら少しは緩めるかと思ったが、京姉はそんなに甘くはなかった。


「とばすぞー」


車のスピードとは裏腹に京姉の口調は力がこもってなく、それだけ見ると遅く感じる。


それから家まで飛ばして数分で着くと、京姉は俺を下ろしてまた車を飛ばそうとする。


「もう学校いくの?」


「ああ、昨日の小テストの丸つけしないと行けないからな。それじゃあ遅刻はするなよ」


そう言って車を飛ばした。


俺は車で帰ってきたことから余裕を出していた。


部屋に入って時計を見た時だった、自分が遅刻しそうな事に気づいたのわ。


「やばいやばいやばい、遅刻する!!!!!!!!!!!」


急いで身支度を整えて鞄を持ち家を飛び出した。


学校まであとちょっとのところである事に気づく。


「鍵……かけ忘れた……」


これで俺の遅刻は確定したのだ。家に着いた頃京姉からのメッセージが届いていた。


『遅刻するとはいい度胸してんなー』


「京姉のせいだよぉぉおお!!!!!!!!!!!」

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