第20話 京姉と自分

「ん?なんだって京姉、もう一回言ってくれないかな?」


「聞こえなかったのか、これから一週間ここに済ませてもらう」


「なんで急にそんな話になってるの?」


別に京姉が泊まって行くのは構わないけどなぜ一週間も泊まる必要があるんだ?


「いやー、私マンションに住んでるじゃん?昨日から隣の土地で工事やってるからうるさいんだよね」


「なるほどなるほど。つまり眠れないから工事が終わる一週間後まで退避すると?」


そう問うと京姉は感心したような顔になった。


「よくわかったな、その通りだ」


「いつからの付き合いだと思ってるんだよ京姉」


ほんとに京姉とはかなり長い付き合いだと思ってる。中学に入ってからあまり合わなくなったけど小学生の時はよく京姉の家に行っていた。


「だなー、確かに歩とは長い付き合いだな」


何かを思い返しているような表情で京姉は掛け時計を見ていた。


「初めて歩にあった時ははっきり言ってびびったよ」


「京姉がビビるって何があったんだよ」


隣に座る人が手を真上に上げて俺を叩こうとしてる事を感じて即座に俺は謝った。


「んで何にビビったんだよ?」


普通に京姉がビビる事が全く分からない。それほどこの人超人なんだもんな


「そりゃあ、歩が稽古で大人をバンバン倒していってたとこだよ」


「そんな事もあったっけ?」


京姉は少し不満そうな顔をしてまた口を開いた。


「強すぎたのよ歩。私のやる気がどんどん失ってたんだから」


「そんな強くないし」


「嘘を言うのは悪いことだ、自分を偽るのも悪いことだぞ歩?」


きっと京姉は今の俺の事を言っているのだろう。


「中学の時のあれがきつい事はわかっているが、自分の実力を隠す事はないと思うんだが?」


「確かに高校で実力を隠す必要はないけど、それ以前にもう何もできないよ俺」


俺は得意の偽りで全てを偽った。しかし京姉はそんなに甘くはなかった。


京姉はニヤッと笑っているように見えるが内心ではかなり呆れている表情だ。


「バカを言うな、小学生の時点で大学卒業レベルまで達していただろ」


「それだったら小学生の時から学年一のだっただろうな」


「隠してなければの話だかな」


「なっ……」


少し驚いだがバレても仕方がない。俺が京姉の事を分かるように京姉も俺の事をある程度知っている。白石には悪いが俺は今でも白石よりも学力は上だと断定できる。嘘をついて偽るけどな。


京姉は無表情のまま俺が偽って来た事を全て洗いざらいはかすように言う。


「勉強もそうだがスポーツ、武術あと書道もかある程度の最低限の実力しか周りに見せて来なかったな。大会の時もわざと分けたりしてたりやる事が行かれていたぞ」


「目立ちたくないだけ」


京姉はじーっと俺の目を見つめてからため息をついた。


「なんでそれは本当なんだよ」


それで分かるのか、すごいな。俺にはそんなんじゃ全く分からないと思うんだけどな……。


「まあそれはいいわ、それじゃあ一番大事な事を聞く。なんで輝に負けたんだ、しかも歩の一番得意な日本拳法で」


何となくそれを聞かれることはわかっていた。隠そうかとも思ったが京姉に嘘を着いたところで意味がないからな。


「……右足と左手首を怪我してた。これだけだよ、ただの言い訳に過ぎないけどね」


さすがの京姉もそれは知らなかったようで、かなり驚いていた。


「……ならなぜ輝に勝負を挑んだ?」


やはりこれも言わなきゃいけないか。


「京姉、神崎家の勝負のルールは覚えてるよね?」


「勝負事には必ず勝つ、売られた勝負は必ずう……まさか」


京姉もそれを自分で言って気がついたようだった。


「そう、そのまさかだよ。輝に勝負を売られたんだ」


京姉は目を見開いて驚いていた。いつぶりに見る顔かな。


「それじゃあ輝は嘘をあの父についたの?」


「まあね。俺より輝の方が実績も上だったし、あの人が信じるのも無理はない」


唯一この時、自分が実力を偽って来た事を間違ったと思った。って結局負けたのには変わりはないが。


「ほんっとにバカなのか歩は!私を呼べば少しは変わったかもしれないのに!」


いつもより声を大きくして怒鳴る京姉を見るのも中学以来だな。


「俺もその時間があればすぐに呼んでたよ。でも俺にはそんなに有余がなかった」


「まああの父親は有余なんて与えるわけもないわね」


元々俺はあの人に嫌われていたからな、それも家を追い出された一つだろう。


「でも、良かったよ。京姉がいなければ今頃ホームレスになってただろうね」


少しふざけた口調でそんな事を言ってみた。


すると、重いような軽いようなふわりとした感じの感触が俺の全身に伝わってきた。しかもめっちゃいい匂いするんだけど。


俺は京姉が抱き着いてきていることに気づいた。


「きょ、京姉何してるんだよ?!」


今は京姉の表情が見えないため京姉の考えている事が分からない。


「そんな強んがらなくいいんだよ歩」


「何を言って」


「その嘘も早く無くしなさい。たまには弱音を吐いてもいいよ」


いつもとは違う優しい口調で耳元に囁いてくる。これはかなり反則だろ。


「大丈夫だから、中学の時の事はかなり前に頭の隅に追いやったよ」


俺は声が震えていることを実感した。


「ほら、誰も見てないから。今日ぐらいは甘えなさい」


その言葉で俺の心にある気持ちが全部出てきそうになる。もう我慢の限界をとっくに超えている。


「全く我慢は良くないよ歩」


その言葉でも、心のダムが崩れそうだったのに京姉はもう一言俺に囁いた。


「─今日までよく頑張ったね─」


「ぐっ……!」


その言葉で俺は耐えきれなくなった。堪えていた涙も、堪えていた気持ちも全部吐き出してしまった。



そこからの事はもう覚えていない。男子高校生とは思えないほどに京姉に抱き着いて泣いてしまった。


やばい……!これから一週間ここに京姉も一緒に住むのにあんなのはただの黒歴史じゃねぇかよ!!!!!!!!!!!


「……どうしよう」


「何がどうしようなんだ?」


反射的に俺は後ろを振り向いた。振り向いた先にはあんのてい京姉が不思議そうな面持ちで立っていた。


「いやなんでも」


俺は何も疑われないように噛まずに言葉を出した。


「気にするな、誰にも言わないから」


「気づいてるなら言うなよ?!!」


京姉はニコリと笑った後にまた真剣な表情に戻した。


「また耐えれなくなったらいつでも弱音を吐いてもいいんだからな」


「あ、ああ」


優しい口調でまた京姉は微笑んだ。その微笑みに俺は思わず目を奪われた。元々綺麗な顔立ちで美人だけどあまり笑わない人だからな、ギャップってやつなのかもな。


京姉はさっきとは違うある事を思いついた!みたいな感じの表情に変わっていた。


「よし、ならこれから一週間は稽古するぞ」


「なんで今の流れからそこに辿りついた?」


いきなりなんでそんな事を思いついたんだよ……。


「そんなの歩の家にはゲームがないからな。暇だから稽古」


相変わらずの武道バカだな京姉は。


それでもなんか嬉しかった。京姉がそんな事を言ってくれる事は久しぶりだったから。きっと励ましって意味も入ってるんだろうけどね。


俺は気を取り直して京姉の提案に乗ることにした。


「わかった、今からやろう京姉!」


「いや、今はゲームやろ」


そう言ってでっかい袋の中からPS4を取り出していた。


「結局ゲーム持ってきてんのかよ!しかも新品だし!」


最初は断ろうとした俺だけどやり始めたら止まらなくなっていた。


この気持ちは墓まで持っていくつもりだったけど、京姉にあっさり持っていかれたな。誰に聞かれたりしても弱音を吐かなかったのに、京姉には抱きつきながら泣いてしまうという失態。


やっぱり京姉には叶わないな……。

















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