第34話 あり得たかもしれないこと

 翌日の土曜日、俺は昼過ぎからバイトに出てきていた。

 基本は水曜日、土曜日で入っている。

 あとはケースバイケースという感じだ。


 夜九時にカフェはクローズになる。

 だけど土曜日はいつもよりも少し伸びることが多い。

 翌日が日曜日ということもあり、ゆっくりしていく人がけっこういる。

 駅近ということもあり、ギリギリに入ってくる人もいたりするのだ。



「真辺君、お疲れ様」


「はい、お疲れ様でした」



 自転車を走らせていると、だいぶ気温が高くなってきたのを実感する。

 夜だというのに、もう全然寒いということがない。

 家に着くと、すでに電気は最低限だけが点いている状態だった。



「優也、おかえり」


「ただいま」


「遅かったね?」


「ちょっとだけ長引いたのと、少し話してた」


「ご飯食べるよね?」


「うん」



 母さんは白ワインを飲みながら、夕食に火を入れる。

 普段は殆どお酒を母さんは飲まないけど、土曜日だけこうして飲んだりする。

 俺も家事は多少手伝って入るけど、母さんは家事と仕事といつもフル回転だ。

 だから土曜日は他と比べてけっこうぐぅーたらなのだ。



「じゃぁ先に寝るねー」


「うん、おやすみ」



 そこそこ出来上がっていたのか、母さんは食事の用意だけ終えると二階に上がっていった。

 食事を終え、リビングにたたまれていた部屋着と下着を持ってお風呂場へと向かう。

 ゆっくりお風呂に浸かって寝る頃には、一二時を回っていた。


 明日は日曜日なので目覚ましをかける必要もない。

 そのままベッドに入ろうと、毛布を取ったところで気がついた。 



「三樹?」



 暗い部屋に目がまだ慣れていないせいで、ハッキリとは視えない。

 そっと近づくと、そこには確かに三樹が眠っていた。

 どういう状況なのか推測してみるけど、三樹が俺のベッドで寝ているという状況は理解できなかった。


 少しの間どうしたらいいのか考えていると、目が暗さに慣れてきた。

 結局どうしたらいいのかなんて俺はわからず、とりあえずリビングから持ってきた物を邪魔にならないように机の上に置いた。



「……あ、おかえりなさい」


「あ、悪い。起こした?」


「うん……大丈夫」


「あのさ、ちょっとよくわからないんだけど、なんで三樹がいるの?」



 とにかくこの状況の情報が俺がほしかった。

 なにしろこの時間に女の子が俺の部屋にいるのだ。

 いなければ問題ないというわけではないけど、母さんだっている。

 誤解なんてされてしまえば、間違いなく俺はオモチャにされるはずだ。


 気持ちが少し焦る。

 だけどそんな俺を他所に、三樹はゆっくりと起き上がって、アヒル座りで俺を見てきた。



「お誕生日おめでとう」



 まったく見当違いな答えに、頭が真っ白になる。



「ん? どうしたの?」


「あ、いや、ありがとう……」



 三樹はベッド脇に置いてあったスマホを取って、少しだけ残念そうな顔をしていた。



「日付、変わっちゃってるね」


「あぁ。ちょっとバイトから帰るの遅くなっちゃって」


「そうだったんだ。ねぇ、一緒にケーキ食べよ?」


「ケーキ? 明日軽くやることになってるから、今日はケーキないと思うよ」


「私がプレゼントに作ってきたの」



 三樹が立ち上がると、俺の部屋着を着ていた。



「真辺君のお母さんが出してくれたから、勝手に借りちゃった」



 俺の部屋着は三樹には少し大きくて、全体的にダボッとした感じになってしまっている。

 デザインという観点からいけば、間違いなく三樹には合わないサイズ。

 なのになぜか、そんな三樹を可愛いと思ってしまった。



「行こ?」



 三樹が俺の手を引いて一階に降りる。

 自分の家で手を引かれるなんて変な感じだ。



「三樹がいるの、母さんも知ってるの?」


「うん。明日のケーキは真辺君のお母さんが作ったケーキだよ」


「母さんも作ったの?」


「うん。私が持ってきたら、一緒に作ってほしいって」



 冷蔵庫から出されたケーキはチョコレートケーキだった。

 俺の手と同じか、少し大きいくらいの小さめのケーキ。

 三樹が俺の目の前で二人分カットする。



「はい。食べてみて」


「うん」



 キッチンに点いているダウンライトで、わずかに照らされる。

 これといって特別飾られていないケーキ。

 イチゴが乗っているけど、一口目がイチゴでは失礼だろう。

 俺はケーキをフォークでカットして、それを口に運ぶ。



「……」



 甘い。

 特別どこか変わったケーキじゃない。

 でも……。



「美味しい」


「そう、よかった」



 三樹は安心したのか、うれしそうにしてケーキを一緒に食べ始めた。



「いつか、お誕生日のケーキ、作ってあげたいなって思ってたんだ」



 三樹がフランスに行って、俺たちができなかったこと。

 俺の状況がこんなでなければ、こういうこともあり得たのだろうか?

 ついそんなことを考えてしまう。


 母さん以外におめでとうを言われる誕生日は、とっても甘く、にがい味がした。

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