第35話 関係
三樹のケーキを俺が半分食べ、三樹は一/四、残りは母さんに取っておくことになった。
「明日は真辺君のお母さんのケーキもあるから、大変だね?」
「この大きさのケーキなら、美味しく食べられるかな。
さすがに一人だと厳しいかもしれないけど」
「そういえば真辺君、甘いのけっこう好きだったよね」
「本当に……美味しかった。ありがとう」
「……うん。もう一回歯磨きしないとね?」
「だね」
てっきり母さんが新しい歯ブラシを出したと思っていたのは、三樹のために用意した物だったらしい。
普段より一本多い歯ブラシが、洗面台に置いてある。
二人で鏡の前で歯を磨いていると、三樹は横を向いて歯を磨き出した。
先に歯磨きを終えた俺が思案していると、三樹も終わったらしい。
「お部屋に戻ろ?」
「…………」
さっきは元々三樹が部屋にいたからあれだけど、このまま俺の部屋に戻っていいのか?
家には客間だってある。ベッドではないけど、布団だって用意はできる。
三樹が来ていることを母さんが知っているのなら、客間を用意したほうがいいような気がした。
「三樹」
「ん? なぁに?」
「客間もあるから、そっちに布団用意するよ」
「大丈夫。真辺君のお母さんに、真辺君のベッド使っていいって言われたし」
三樹の言葉は、俺を驚かせるには十分な言葉だった。
年頃の男女を同じ部屋に寝かせるなんて、一般的にはしないと思う。
布団を用意しているならまだあれだけど……。
「なら、布団だけでも用意しようか?」
「別に同じベッドでいいよ。今から用意するのとか面倒でしょ?
ほら……もう私たち……変なことしたりしないでしょ……」
「まぁ、それはそうかもしれないけど……」
「なら問題ないわ」
部屋に入り、なんでもないように三樹はベッドに入った。
「……そんなところに立ってないで、早く寝ましょ」
これから同じベッドで一緒に寝る。
今更こんなことになるなんて、考えてもいなかった。
胸の鼓動がうるさい。
これじゃ襲いかかる前の狼ではないかと思ってしまう。
「…………私に夜更しさせるつもり?」
「そんなんじゃないけど……」
「じゃぁ早く」
確かにこのまま立っているわけにもいかないので、ベッドに入ることにした。
三樹はこっちを向いて横になっているけど、向かい合って横になる程余裕なんかない。
いくら終わった関係とはいえ、気持ちがなくなって終わったわけじゃない。
こんな風に近くに三樹がいると、勘違いして以前の感情が起きてきそうだった。
「ねぇ? わざわざ背中を向けて、私のこと避けてる?」
「そんなんじゃない……」
向かい合うのはあれなので、俺は仰向けになることにした。
三樹とは肩がちょっと触れるくらいの距離。
「三樹、どうして泊まることになんてなったんだ?」
「だよね、私もちょっと驚いてる」
俺がバイトでいないことを知らなかった三樹は、俺にケーキをプレゼントするために来てくれたらしい。
だけど俺はバイトで夜まで帰らないことを、母さんと話して知ることになった。
三樹はまた出直そうとしたらしいのだが、母さんが三樹を引き止めたらしい。
ケーキの作り方を教えてほしいと。
結局そのあと一緒にケーキを作り、ついでに翌日の料理の仕込みも一緒にやったようだ。
ケーキの材料も買い出しに出たので、それだけやれば時間もそれなりに経ってしまう。
そこで母さんが泊まっていくことを提案したらしい。
三樹は提案自体には驚いたみたいだが、むしろ驚いたのはそのあとだという。
どうせならケーキの感想を聞きたいというのが三樹にはあったが、問題は愛理沙さん。
同年代の男子の家に泊まるなんて、許可が下りるわけがなかった。
だから三樹は断ったらしいのだが、母さんが愛理沙さんに電話をしたら許可が下りたという。
「母さん、どうやって話したんだ?」
「さぁ? そういえば明日、お母さんもここに来るみたいよ?」
「え? 愛理沙さんが?」
「お誕生日会に現役モデルが来てくれるなんてうれしい?」
すごく微妙な感じだ。確かにパリコレモデルのALISAが家に来るなんて大事だ。
でもそのALISAは、三樹のお母さんだということを考えるとなんか微妙な気持ちになる。
「正直、喜んでいいのかよくわからない」
「だよね? 私もなんか微妙な感じする」
なんか懐かしい。今俺の目の前で、三樹がクスクスと笑っている。
三樹のこんな顔を見るのは、あの頃以来だ。
だけど、三樹は少しだけ悲しそうな顔で、俺に訊いてきた。
「フランスに行ってなかったら、違ったのかな?」
きっとこの違ったのかというのは、俺たちの関係を言っているのだろう。
三樹がフランスに行っていなかったとして、俺のイジメが回避されていただろうか?
イジメられたとして、三樹との関係性に影響はなかったか?
そんなこと、わかるわけがなかった。
「わからない」
「そう、だよね…………ねぇ? 浅野さんとは、最近どうなの?」
「ん? 言っている意味がよくわからないんだけど?」
「ほら、お昼休みとか一緒にいるみたいだし、気になったりしないのかなって。
浅野さん可愛いし。相坂さんもあの声で、胸も大きいし」
浅野にはそれらしいことをこの前言われた。
そういう意味では、気にはなる。
そもそも、俺と関係を持とうとする人など今までいなかった。
むしろ極力関わらないようにしていたくらいだろう。
それが浅野は最初から違った。
まぁ人間関係自体がまったく異なるというのもあるけど。
相坂さんは姿勢を気にするようになってから、雰囲気が随分と変わった。
胸が大きいのも確かだ。それは触ってしまった俺には確信がある。
それにあの内気な相坂さんが、教師に俺のことを相談していたなんて意外だった。
確かに三樹が訊いてくるくらいには、俺にとって二人は他の人とは違うのかもしれない。
「よくわからないけど、二人は部活も一緒だしね。
俺が話をできる、数少ない人たちなのは間違いないと思うよ」
「そう。オンライン小説部の女子は、みんな可愛くてよかったわね」
若干棘のある印象を受けたけど、別に機嫌が悪いようではなかった。
時間もだいぶ経っていたのか、そのあと俺はすぐに寝てしまった。
バイトをしてきていたのもあったし。
翌日は夕方から愛理沙さんも来て、一緒に夕食を取った。
母さんのケーキはチョコのパウンドケーキで、生クリームを添えた物だった。
この席でわかったことなのだが、実は母さんと愛理沙さんは仕事を一緒にしたらしい。
母さんが担当している化粧品ブランドのCMで、ALISAと広告契約をしていた。
顔見知りということもあって、思い切って母さんがALISAを推して打診という流れ。
それもあり、母さんたちはけっこう仲がよくなっているようだった。
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