第26話 ゴールデンウィーク

 俺は相坂さんの家に行った次の日、二泊三日で母さんと別府へ旅行に行った。

 俺が計画した旅行だ。俺が嘘をついたがために、余計母さんを傷つけてしまったことへの罪滅ぼしみたいなものだ。

 まぁどちらかというと、実質ありがとうの旅行だ。

 慰謝料が入ったら早速旅行に浪費なんてという気持ちがないわけでもないけど、俺は母さんに楽しんでもらいたかった。

 ちょっと時期が時期で、動き始めたのも遅かったので高くついてしまったというのはある。

 どこも部屋は埋まってしまっていて、高いところしか空いていなかったのだ。

 それでも母さんには喜んでもらえたと思うので、俺はあれでよかったと思っている。




「店長これ、みんなにお土産です」


「ありがとう。別府に行っていたんだっけ? 楽しかったかな?」


「はい」


「そういえば、あの女の子なんだけど。彼女、真辺君の友達じゃなかったっけ?」



 店長が送った視線の先には、髪をポニーテールにしてパソコンを打っている三樹がいた。



「彼女、ここ三日の間毎日来てたよ?」


「そうなんですか?」


「ああ」



 三樹はけっこうこのカフェを気に入っていたようだし、近場であるというのもあってちょうどいいのかもしれない。

 俺はタイミングを見て、新しい飲み物を三樹に差し入れした。



「私に?」


「うん。何回か来てくれていたみたいだから、俺の奢り」


「このカフェ落ち着いて執筆できるし、近場でいいのよ」


「そっか。だけどなんでこの席なんだ? もっと明るい席だって空いてるのに」


「真辺君いつもここだって言っていたから。

 この席なら長居しても迷惑にならなそうだし」


「確かにそれはあるかもね。そういえば俺、五〇〇〇字くらい書いたよ」



 少し目を大きくして、三樹が反応しているのが見て取れた。



「テストがあるからすぐとはいかないと思うけど、たぶんテスト明けくらいには書き終わるんじゃないかな」


「そうなんだ。思ったより早いね?」


「書き方とかよくわからないから、とりあえず一度なんでもいいから書いて見てもらおうかと思って」


「それがいいと思うわ。設定とか展開とか、そればかり考えて一文字も進まないのは初心者にとっては時間の無駄。

 まずは書いてみて、どんな感じなのか知るほうが何倍も効率的だと思う」


「書き終わったらアドバイスしてくれな」


「もちろんよ」


「じゃぁ、サボってるわけにもいかないから戻るな」


「ええ、頑張ってね」



 俺がカウンターに戻ると、笠原さんがニヤニヤして寄ってきた。



「ねぇ、真辺くん? あの可愛い子誰? 知り合いなの?

 お姉さんにどういう関係なのか教えて?」



 まるで面白いものを見つけたような顔で言ってくる。

 とりあえず恋愛に結びつけて、からかう気満々という感じだ。



「学校のクラスメイトですよ」


「えぇ~、本当にそれだけ?」


「部活も一緒です」


「それから?」


「もうないですよ?」


「え~、ここのところずっとあの子見かけたよ?」


「地元ですから、そういうこともありますよ」



 そのあと俺は、手が空く度に笠原さんに部活のことなどで弄られた。

 今まで俺のことで話題にするようなことがなかったからか、ここぞとばかりに突かれてしまった。




「せーんぱいっ!」


「浅野も来たのか」



 翌日も三樹は午前中からバイト先に来ていたが、この日は浅野まで顔を出した。



「も?」


「あっちに三樹さんも来てる」



 視線で示すと、三樹もこっちに気づいたようで小さく手を振ってきた。

 付き合っていた当時、こうやってちょっとしたときに三樹は小さく手を振ってきた。

 懐かしい感じ。

 まぁ、今三樹が手を振っているのは浅野だけど。

 俺が注文された飲み物を用意していると、うしろから浅野が声をかけてくる。



「先輩? せっかく昨日チャットで連絡したのに、すぐお喋り終わりにされちゃって寂しかったですぅ」


「だから来たのか?」


「それもありますけど、ゴールデンウィーク前はなんだか忙しかったみたいであんまり会えなかったですし、ゴールデンウィークも旅行とバイトだって言ってましたから。

 こんなに先輩と会えないんじゃ、もう来るしかないなって」



 言葉尻に浅野はウィンクをしてきた。

 ウィンクなんてあまりする機会などないだろうに、浅野はまるで言葉のようにしてくる。



「真辺くん? また真辺くんの知り合いなの? 実はこの子が彼女?」


「先輩! この可愛いくて鋭い女性は何者ですか?」


「え? 本当に真辺くんの彼女なの?」


「違います。部活の後輩ですよ」


「先輩! デートで腕を絡めて、私の胸の感触まで知った仲なのに酷い」


「部活で使うパソコンを買いに行っただけだろ?」


「腕を組んだのは否定しないの?」


「……勝手に腕を取ってきただけです」



 浅野は小説を書こうと思っていたのか、三樹がいる席へ行くとパソコンを出していた。

 なんとなく流れ的な感じで部活に入った感じだと思っていたが、浅野も執筆活動を意外にもしていたようだった。

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