第25話 ストレッチは大事

「ケーキ持ってくるから、少し待っててね」



 相坂さんは俺を部屋に案内してから、またキッチンへと戻った。

 一人残された相坂さんの部屋は柑橘系の爽やかな匂いがするが、少しだけ女子の部屋ってイメージとは違う部分があった。

 液晶TVの両隣には大きめのスピーカーが設置されていて、オーディオ機器が見た感じ高そうなものだった。

 ヘッドホンもしっかりしたもので、いかにも音が良さそう。



「お待たせ」



 相坂さんの持っている木製のトレーには二人分の小さくカットされたケーキ二つと、紅茶のセットが乗っていた。



「ま、真辺君はお砂糖とミルクは入れる?」


「うん。お願い」


「わかった。なんとなくお砂糖は入れない人かと思っていたのだけど、入れるんだね?」


「相坂さんにはそういうイメージなんだね。俺はけっこう甘党だよ?」


「そ、そうなんだ。――じゃ、じゃぁ今度、甘いもの、クレープとか一緒に……どう、かな?」


「そうだね。機会があったら」


「う、うん!」



 そんな機会があるかは、わからないけれど。



「ま、真辺君は、小説のジャンルとか決めた?」


「うん。とりあえずラブコメジャンルにしてみようかと思ってるよ」


「ラブコメって、恋愛系だよね? そういうのも読むの?」


「そうだね。ファンタジー、SF、ラブコメ、この辺りが馴染みがある感じかな。

 バトルファンタジー系も考えたんだけど、ラブコメと違って設定がいろいろありそうだから」


「そうだね。ま、真辺君もそういうの読んで、か、彼女とかほしいって思ったりする?」



 さっきのクレープの話、そして今の質問。

 相坂さんは俺のことが気になっている?

 そんな考えがふと頭を過る。少し自意識過剰かとも思うけど、可能性としてはあり得ないことではない。

 まぁこれは質問の内容からの可能性であって、信憑性はまた別の話だけど。



「う~ん。まぁ考えないこともないけど、ラブコメはあくまでフィクションだから」


「そっか。そういうこと、考えることはあるんだね」


「まぁ、俺も年頃の男子だからね。ところで相坂さん、バランスボールよく使うの?」



 部屋の隅にはシャンパンゴールドのバランスボールがある。

 バランスボールという存在自体は知っていたが、実際に使っている人を見るのは初めてだ。

 まぁ人の家に行くこと自体ないので、当たり前といえば当たり前なのだが。



「ストレッチによく使ってるの。真辺君、腹式呼吸ってわかる?」



 専門的なことはあまりわからないけど、ザックリとならそれくらいは知っている。



「お腹から声を出すってやつだよね?」


「そう。それをするにはリラックスした状態、筋肉が硬くなってるのはよくないの。

 喉を痛めたりすることもあるし。

 だからバランスボールとかも使って、よくストレッチはするの」


「俺バランスボールって使ったことないんだけど、けっこう効果あるの?」


「うん。すっごく気持ちいいんだよ? 例えばね……」



 相坂さんがバランスボールに背中を預け、仰け反るような姿勢になる。



「こうやって使うと、背筋が伸びて気持ちいいんだよ?」



 確かに背筋が伸びているんだけど、ものすごく胸が強調されていてちょっとやばい。

 身体の線が出るようなブラウスを相坂さんは着ているから、ちょっとブラウスが窮屈そうだ。



「せっかくだから、真辺君も使ってみて」


「う、うん」



 俺は相坂さんがさっきやっていたのと同じようにした。

 思っていたよりも、けっこう効果がありそうだ。

 足でズラしてバランスボールの位置を変えれば腰なども伸びる。

 俺は少し苦しい感じはするけど、慣れたら確かに気持ちいいのかもしれない。



「あとはこうやって、バランスを取るのとかにも使えるよ?」



 そういうと相坂さんはバランスボールの上に座って、器用にバランスを取っていた。



「けっこう難しい?」


「最初はそう感じたかな」



 さっきと同じように、俺も挑戦してみる。

 バランスボールの中心に腰を落として……足を離してバランスを取る。


 ――――。


 けっこう難しい。気を抜くと重心がズレて、一気に――。



「うわっ」


「キャッ」



 バランスボールから落ちそうになった俺を、相坂さんが支えようとしてくれたみたいだったけどできなかった。

 俺はそのまま一緒に倒れてしまい、気づいたら相坂さんの上に乗ってしまっていた。



「真辺君、佐藤君のこと、ありがとう。

 ちょっと怖かったから、真辺君と一緒で心強かったの」



 俺の下で赤い顔をして、相坂さんがお礼を言ってきた。



「なにか起きる前に解決できてよかった。

 俺も、三樹さんと相坂さんが机を拭いてくれたのうれしかった」



「う、うん……それでね……む、胸、触られちゃってる」



 俺の下で顔を俯かせ、小さな声で相坂さんが言ってくる。

 言われて確認すると、確かに俺の右手が柔らかい感触を感じた。



「んっ……ま……真辺君?」


「ご、ごめんっ!」



 俺はすぐに相坂さんの横に身体を離した。

 相坂さんは俺の手が胸に触れていることを教えてくれていたのに、どうして俺は指を動かして確認した?

 意識していたわけじゃない。ただ相坂さんの言葉を無意識に確認していた。

 その結果、胸を揉んでしまうなんてことに……。



「ご、ごめん。本当にわざとじゃ、なかったんだ」


「う、うん……初めて、揉まれちゃった」



 相坂さんを見ると、首元まで少し赤くなっている。

 俺が胸を触ってしまったからなのか、両手で自分の身体を抱きしめていて、それが尚更胸を強調してしまっていた。

 つい意識してしまい、俺は視線を外してとにかく謝る。



「ほんと、ごめん」


「……お詫びに今度、一緒にクレープ食べに行ってくれる?」


「ご馳走させてもらいます」



 俺は自分のやってしまったことからクレープを奢らせてもらう約束をして、なんとか無事に帰宅することができた。

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