第12話 好きだった
俺は自転車を取ってきて、押しながら三樹と歩いた。
三樹はなにも言わずに歩く。
一〇分程歩き、懐かしい公園の中に入っていった。
この公園は、俺たちがよく学校の帰りに寄っていた公園。
付き合っていた頃が思い出される場所だった。
三っつ並んだ一番左のベンチに、綺麗に脚を揃えて三樹が座る。
俺も自転車を停めて、同じベンチの少し離れたところに腰を下ろした。
「問題が解決してよかったね」
「三樹のおかげだよ。あのとき三樹が俺を連れ出して話してなかったら、きっと今も抜け出せていなかった」
「そうかもね」
表情や声色からは読み取れないけど、三樹はなにか話があるみたいだ。
なにか落ち着かないようで、手が制服のスカートをギュッとしている。
「
「……」
どれくらい変わったのかなんて自分ではわからない。
でも変わった部分はどこかしらあるとは思う。
二年半という期間は、俺にとっていつ終わるともわからない長い期間だった。
「私と付き合ってた頃は、学校でもよく喋ってた」
「……」
「何気ない言葉のキャッチボール。感じたものを感じたままに言葉にしてる感じだった」
「……」
「でも、二年半振りにあった優也は違った。ものすごく相手のことを見てる」
変わるのなんて当たり前だった。
イジメがあるのが二年半日常になっていたんだ。
その日常に対応するしかなかった。
「すごいよね。お母さんのために、イジメを認めなかった人たちに認めさせて。
証拠とか用意して、準備したんでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「相手の考えてることとかも、シミュレーションしたりした?」
「あぁ、いくつかの流れは考えてた」
「話を聞く限りだと、退学まですることもできたんじゃない? どうしてしなかったの?」
「身動き取れなくなるところまでは、追い詰めないほうがいいかな。
そこまでやっちゃうと、どういう行動を取るかわからない奴もいるかもしれない。
でも停学なら学校にはいられる。次に俺に絡んだら間違いなく一発で退学になる。
だから余程の馬鹿でない限り、絡んでくることはないよね。
学校にいることが俺の保険にもなる」
「ふ~ん。――ねぇ? 私が今、なに考えてるかわかる?」
さっきと違って、今は落ち着いているように見える。
手に力も入っていないし、三樹の目はまっすぐに俺を見てきていた。
表情からはなにかを読み取れることはなかった。
「いや、わからないよ。三樹と駅で会うことだって予想外だったし」
「そっか……残念」
「別に他人の考えがわかるわけじゃないよ」
「それもそっか」
「三樹……あのとき、連絡しなかったのは悪いと思ってた。
俺なりに事情はあったけど、それとは別だから……ごめん」
「……最初の半年はきつかったよ。行きたくてフランスに行ったわけでもないし、旅行と違って向こうで生活するんだもん。
みんなと離れ離れになっちゃって、一人で違う世界に行ったような気分だった」
どんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。
三樹がベンチから立ち上がり、スラッとした後ろ姿が沈み始めている太陽の逆光でシルエットだけが見えた。
「ねぇ? 一つだけ訊かせてくれる?」
「なにを?」
風でなびく髪をおさえて、振り返って俺を見てくる。
逆光で視界が狭まった三樹の顔は、今日始めて感情が出ているように見えた。
不安そうな瞳で、俺に問いかけてきた。
「
さっきもそうだが、名前で呼ばれて気持ちがざわついた。
あの頃の三樹への気持ち。それは好き以外のなにものでもなかった。
ただ、俺が精神的にきつ過ぎて、寂しい思いをしている三樹に吐露してしまいそうなのが怖かった。
話せるような話題も全然思いつかなくて、浮かんでくることは絡まれることばかり。
そんなことを三樹に話すわけにはいかなかった……。
ただ、それだけ。俺は確かに三樹のことが好きだった。
「――好きだった」
「……そう。なら許してあげる」
そう言った三樹の表情は、付き合っていた頃に見せてくれた笑顔だった。
あの頃とは違うけど、今だけ俺たちは、ちょっとだけあの頃の関係になっているような気がした。
こうして二年半、宙ぶらりんだった俺たちの関係が終わりを告げた。
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