第11話 待ち伏せ

 その日の夜、俺はいつもと同じようにベッドに入った。

 だけどいつもと違う。二年半という期間、俺に付きまとっていたことがなくなった。

 明日からは絡まれることを気にしなくてもいいんだ。


 憂鬱であったベッドに入る時間が、今はまったく違うものになっていた。

 話し合いをしてきたこともあるけど、今は休息するための時間になっている。

 気持ちが落ち着いていた。



 時計が鳴って目を覚ますと、朝の日差しが爽やかだった。

 身体もいつもより調子がいい。

 頭もハッキリしていて、自分でもいい睡眠が取れたのだと気づく程だった。

 一階へ降りて、顔を洗ってリビングへ行く。



「優也、おはよう」


「おはよう」



 リビングに入ると味噌汁の匂いが届き、空腹感を刺激してきた。

 今日は朝から、いつもよりも料理をしているようだ。

 前日の残りということはよくあることだけど、昨日は外食をしてきた。

 わざわざ今日は作ったということだ。

 関係があるのかはわからないけど、母さんも今日の朝はなにかが違うのかもしれない。



「ALISAさんがSNSで報告をしました」



 朝のトピックで、愛理沙さんのことがTVで取り上げられている。



「先日、ALISAさんのSNSで公表された桜花高等学校であったイジメが、無事に解決されたようです」



 学校側も記者会見をすることもあり、愛理沙さんは簡単な結果だけをSNSで発信した。

 世間的には今回の切っ掛けはALISAであるため、ちゃんと報告をしたのだ。



「優也、朝ごはんできたよ」



 母さんに呼ばれて行くと、ダイニングテーブルにはご飯、味噌汁、鮭の焼き魚に豆腐が用意されていた。

 母さんの方にはそれに納豆もある。



「優也、私今日は少し遅くなるからね」


「わかってる」



 今日母さんは、弁護士事務所に行くと言っていた。

 それで少し遅くなるのだろう。

 TVでも取りあげられてはいたけど、わざわざ俺たちはそんな話はしなかった。

 特別話題にあげたいような話ではなかったからというのもある。

 でも空気が重いわけでもない。

 母さんの顔も和やかで、俺たちにとってはスッキリした何気ない朝というだけだ。


 制服に着替えて歯を磨いていると、母さんが洗面所に顔を出してきた。



「じゃぁ、行ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


「いってきまぁ~す」



 少しして俺も家を出る。自転車の籠にカバンを入れて、少しスポーティーな感じの自転車に跨った。

 いつもと同じ道を走って駅へと向かう。

 風が気持ちいい。

 朝から感覚が広がっている感じ。

 たぶん絡まれることばかりに意識が向いていて、他のことに意識が向いていなかったからなのだろう。

 わかっていたことだけど、今更俺は春を感じていた。


 学校へ着き、教室へと行くとみんなの視線が俺に集中した。

 今日は少し時間に余裕がある登校。

 俺は席について荷物を整理し、タブレットに目を落とした。

 隣では三樹と、一緒にいる女子たちがこっちに視線をチラチラと向けてきていたけど気づかない振りをする。

 他にもチラチラと視線を感じる。

 きっと小松たちのことが終わった直後だからだと思う。


 だけど俺から話すことはない。話すような友達もいない。

 ここ数年の人間関係は絡まれることだけで、他はまったくなかった。

 そしてその間に無視するスキルは、他を圧倒してレベルアップしている。

 ちょっと視線を向けられるくらいのこと、気にしないことは簡単なことだった。


 先生が来てホームルームが始まると、小松たちのことが報告された。

 話し合いも無事に終わり、停学という処分で終えたことも伝えられた。

 停学という処分があることで、今メディアで騒がれている加害者が小松たちだということは分かりきっている上での報告だろう。

 正直その相手が僕だというのもみんなわかっているのだが、石丸先生は一応俺の名前は伏せていた。


 午前の授業が終わり、いつも通りに昼食を取って教室を出る。

 別に教室にいても問題はなかったのだが、なんとなく朝のように季節を感じたくて外に出た。

 自動販売機でミルクティーを買い、スマホで小説投稿サイトをチェックする。

 電子書籍や投稿サイトを見るようになったのは、間違いなく小松たちが原因だ。

 だけどそれはすでに生活の一部になっていて、今更止める理由も特になかった。


 午後の授業が終わり、俺はいつも通りサッサと学校をあとにする。

 ここ数日話し合いの準備をしていたので、バイトは調整してもらっていた。

 話し合いが一度で終わるかがわからなかったので、少し長めに休みにしてもらっていたのだ。


 シフトの話を店長として駅に戻ると、俺は立ち姿に目が惹かれた。

 春ということもあり、風が髪をなびかせる。


 三樹は少し目を細めて、片手で乱れた髪をおさえた。

 俺が見ていたのは一~二秒だと思うけど、その視線に三樹が気がつく。



「……」


「少しいい?」

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