第6話 母さんの涙

 三樹の案はお母さんでモデル、ALISAの娘が通う学校でいじめがある事実の公表。

 学校名、桜花高等学校をメディアに出すことで、学校側が動かざるを得ない状況を作るというものだった。


 思ったよりも大きく動く案。大勢の人を巻き込む案で、うまくいけば学校側も本腰で動かざるを得ないだろう。

 それだけにどこまで広がることになるか、ちょっと予測しづらい。

 なんとなくのイメージができても、それを超えてくることも十分考えられる内容だ。

 だが小松は学年カースト上位のグループで、クラスだけの話で終わることじゃない。

 実際小松は去年俺とは別のクラスで、面識はなかったが絡まれることはあった。

 これくらいの規模のほうが、確実性があるのは間違いないことだ。



「周りに知られるのが嫌?」


「いや、それはないけど……」



 もうそんなことは今更だ。そう思う人はいると思うけど、俺はそうでもない。

 もうすでに周囲は黙認している状態で、知らないのは他学年くらいだろう。

 ここに大した差なんてない。

 あるとすれば母さんのこと。今までこんな話はしたことがないし、なんと思うか……。



「それだけ大きくするなら、母さんに話しておかないといけないから」


「どうしたい?」


「俺は……それくらいしないと、どうにもならない気はしてる。

 俺が母さんに話す前に、三樹のお母さんと話すことってできるかな?」



 三樹はそのあと、スマホでお母さんをカフェに呼び出した。

 さすがパリコレモデルというだけあり、身長が俺よりも五センチくらい高い。

 春のトレンチコートを、見惚れてしまうほど着こなしている。

 姿勢、歩き方が綺麗で、歩くという動作に品を感じるようだった。

 三樹のお母さんは現役のモデルということもあり、ちょっと雰囲気が違うようにも見えた。

 それは三樹自身も似たような感じがあるのだが。

 そして時間が時間でもあったので、どういうことなのかと説明を求められた。



「話はわかった。確かに難しい問題だし、本人たち以外の介入をさせるのも賛成よ。

 結愛の目論見通り、たぶんメディアを動かすことはできると思う。

 だけど真辺君はいいの? 一応未成年というのもあるし、名前を伏せることはできる。

 それでも周囲は真辺くんに行き着く可能性は高いと思うわ。

 まぁ大半の人は名前を覚えてもそれは記号のようなもので、真辺君という個人への認識にはならないだろうけど。

 時間が経てば名前も忘れられると思う。それでも一時は注目されることになる」


「お願いします。助けてください」


「わかったわ。娘のためにもなるし、助けることになるなら断る理由もないしね」



 そのあと俺は三樹のお母さん、愛理紗アリサさんから段取りを聞いた。

 まずは俺が母さんに話したいので、それを待って愛理沙さんが所属事務所からFAXを各メディアに送るつもりのようだ。

 それを今日中に行い、明日学校側へ抗議しに行く。

 そのあとは世間の注目次第で変わってくるというイメージのようだった。



「お母様と話したら結愛に連絡して。早目に動けば、その分メディアの動きも早くなるだろうから」


「はい、わかりました。本当にありがとうございます」



 二人はもう少しカフェで寛いで帰るということだったので、俺は先に出ることにした。

 カフェを出てすぐ、母さんへ連絡を入れておく。


 あとで話したいことがある、と。


 家に戻り、いつものようにお米を研いでセットしておく。

 パッと冷蔵庫を見ると、野菜と鳥肉が目に入った。

 今日は話をしなければいけないので、その分時間が取られてしまう。

 少しでも時間に余裕を持たせるため、俺はオムライスの準備をしておくことにした。

 先に野菜などを切っておいて、ライスの部分だけでも用意しておく。


 ついでだったのでソースも作ることにした。

 フォン・ド・ヴォーの缶詰があったので、そこからデミグラスのソースを作る。

 ソースにはライスに入れるマッシュルームでも一緒に入れておけば、それなりになるだろう。

 ソースを作り終え、ライスの準備をしていると母さんが帰ってきた。



「優也、ただいま~。 あ! 作ってくれてるのぉ~? ソースまであるしぃ」


「おかえり。ライスだけ準備しておいたから、卵はやって」


「ん、わかった」



 母さんはスーツの上着をハンガーにかけて、シャツの袖を腕まくりしてエプロンをした。

 俺は代わりに、買い物してきたビニール袋に入っている物を冷蔵庫に入れていく。



「優也、話ってなに?」


「ご飯終わったらで」


「えぇ、なぁにぃ~? 気になるんだけど?」



 二人でデミグラスソースのオムライスを食べて、俺は紅茶を淹れた。

 そして話した。高校でいじめを受けていること。それは今も現在進行であること。

 原因となる部分にも触れないわけにはいかなかったので、中学の頃のことも話さないわけにはいかなかった。



「中学生二年生の後半くらいから休みがちになっていたのも、それが原因だったってことだよね?」



 そんな目で見ないでほしい。

 母さんの目は今にも涙が零れそうで、とても苦しそうな目だった。

 あの頃俺は、母さんに嘘をついていた。

 学校に行くのが面倒だからという様相を取った。

 他に学校に行かない適当な理由がなかったから。

 理由がないのなんて当たり前。

 なにもなければ、学校には行くものなんだから。


 母さんを悲しませたくなかったというのもあるし、面倒に感じていたのも本当。

 わざわざいじめられるために学校へ行くなんて、面倒以外のなにものでもない。

 ただ、そうすることしかできなかったのも事実だった。

 その結果、当時母さんと喧嘩してしまったことも何度かあった。

 そのことで母さんが悩んだことも知っている。

 だから俺は、ちょくちょく学校へ行くようにはしていた。

 そうすることが、母さんを安心させる唯一俺ができることだったから。



「優也ぁ、ごめん……ごめんね――」



 今母さんを泣かせているのは俺のせいでもある。

 俺が母さんに相談していたら、きっと母さんは違う対応をしていたはずだ。

 でも俺がその機会を奪ってしまった。だから母さんは泣いているのだ。

 少ししてから俺は、母さんに三樹との話をした。



「優也がそうしたいのなら、私はかまわないわ。それで解決するつもりということよね?」


「うん。内輪だけだと学校も中途半端に終わると思うけど、外からも目が向けばなんとかなるんじゃないかと思う」


「うん、わかった」



 母さんとの話も済み、俺はカフェで番号を教えあったスマホに連絡を入れた。

 三樹のスマホにかけたのだが、電話に出たのはお母さんの愛理沙さんだった。

 母さんと話をして、さっき話した内容で進めることを告げた。

 そのあと母さんが電話を代わり、愛理沙さんと話した。

 挨拶、お礼などいろいろ一気に話すことになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る