閑話 ある姉妹との出会い

 妹と一緒に、公園に遊びに行く。


「ごめんね、瑠璃。愛梨を連れて少しだけ遊んで来てくれないかな?お客さんがくるから、お願いね?」


 そう言って、二千円を渡された。

 当時、小学五年生だった私には大金だった。


 三つ年下の愛梨を連れて、電車に乗り、一駅離れた公園に行く。


「姉ちゃ!お金一杯だねぇ!」


「うん、公園に着いたらジュース買おうか!」


「やったぁ!」


 何度かこうやって外出するように言われた事があり、そんな時何時も行くのがその公園。


 小さい公園だったけど、今のアパートに引っ越す前、この近くに住んでいた頃、とは言え、学区は違ったからお友達と遊ぶ公園とは違って、お父さんと遊ぶために、良くお父さんが連れて来てくれた公園。


 お父さんが事故で死んでしまってから、私達母娘三人は、引越して今の場所に住むようになった。

 引越しはしたくなかったし、お友達とも離れたくなかったけど、同じ所に住み続けることは、お父さんがいなくなってしまった現在では、無理だとお母さんに説明された。


 引越しをすると、当然転校する事になった。

 初めは転校生という珍しさからか、皆話しかけてくれた。


 ある時、新しくお友達になった子達から、私の家に遊びに来たいと言われ、正直戸惑った。


 お友達の家には何度か招待されたけど、普通の家庭で、私達が住んでいるアパートは、お世辞にも綺麗だと言えるような物ではなかったから、少しだけ恥ずかしかったのだ。


 それでも、お母さんは優しいし、家の中は何時も綺麗にしていたし、覚悟を決めてお友達を呼ぶ事にした。


 翌日から、私はクラスの皆から無視をされるようになり、机には『貧乏人』とか、『お化け屋敷に住んでる』とか、落書きをされるようになった。


 妹の愛梨も同様で、何時も一人ぼっちの姿を見る事があった。


 家から歩いて行ける公園に行っても、同級生達から嫌がらせや、ここはお前見たいな余所者の貧乏人が来る所じゃないと言われ、砂や石を投げられた。


 愛梨は何時も泣いていたし、家から出る事も余り無くなっていた。


 こうやってお金を渡されて遊びに行ける事がとても嬉しくて、お客さんには感謝したいくらいだった。


 目当ての公園に着く手前にある駄菓子屋で、お菓子やジュースを選ぶのが楽しい。

 愛梨もニコニコとしながら小さな手一杯に駄菓子を握りしめ、そんな愛梨を見る事が出来て私も嬉しかった。


 最近では駄菓子屋と言うのは少ないみたいで、この駄菓子屋は結構有名だ。

 小さい子が沢山いるし、現在通っている学校でも、ここの話をしている所を小耳に挟んだこともあった。


「はい、御会計は558円で御座います。」


「あ、じゃあ1000円からお願いします。」


「畏まりました、442円のお返しで御座います。」


 駄菓子屋のおばあちゃんはとても丁寧な対応で、何時も顔に優しそうな笑みを浮かべながら、接してくれる。


「ばあちゃ!ありがとう!」


 愛梨もおばあちゃんに懐いていて、ニコニコしながら手を繋いだりしている。


 おばあちゃんは優しく愛梨の頭を撫でながら、笑いかける。


「フフっ、私にもあなた達くらいの孫が居てね?子供達とお話をするのが大好きなんですよ?」


 気をつけてね、と私達を送り出してくれて、愛梨と一緒に公園に向う。


「ばあちゃ、元気でよかったね?」


「そうだね。愛梨はおばあちゃん大好きだね?」


「んふふ〜。優しいもん。姉ちゃも優しいから大好き!」


「あはは、私も愛梨が大好きだよ?」


 楽しいことの無い毎日から逃げるように、妹と一緒に、大好きな公園に笑いながら歩く。


 公園のベンチで駄菓子を食べていると、見たくもない現実がやって来た。


「あれ〜?菊池さんじゃん?なんでこんな所にいるの〜?」


 私達の苗字を呼ぶその人物は、私の家に遊びに来たいと言っていた女子、水野さん。そしてその後ろには、一緒に家に来た女子が二人。

 それと、クラスの男子が三人。


 この六人は幼馴染だと、転校初期に聞いていた。

 男子はやんちゃで、クラスの人気者。

 水野さんはリーダー的な存在で、誰も逆らえない。


 厄介な人達に目をつけられたものだ。


「え?何?お前駄菓子屋行ったの?」


 男子の一人がズイと私達の前に出て来て話しかけてきた。


「あ、うん。引越してくる前から行ってた所だから…」


 愛梨は俯いて私の腕をギュッと握っている。

 その手は震えていて、今にも泣きそうな様子だ。


「はぁ?そんな事知らないし。なんでお前なんかが勝手にあの店使ってんだよ。」


「え?でも…」


 余りにも理不尽なその言葉に、反論しようとするけど、六人が六人ともニヤニヤとした笑みを浮かべているのを見て、怖くて押し黙った。


「ダメじゃない菊池さん。貧乏なんだから無駄遣いしちゃあ〜。罰として、それは貰ってあげるわね?」


 水野さんが私の駄菓子が入っている袋をひったくった。


 私は何も言えなかった。


「やっ!ダメ〜!」


 隣にいる愛梨が大きな声を上げ、男の子達に取り上げられそうになっている駄菓子を必死に胸に抱いた。


「おいチビ!よこせよ!」


 男の子が愛梨の髪の毛を引っ張り、駄菓子を奪おうとする。他の子達は、それを面白そうに見ているだけ。


「痛い〜!やめて!姉ちゃに買って貰ったのに!」


 愛梨は泣きながら抵抗を続けるけど、男の子の力には適わない。


「や、やめてよ…妹に乱暴しないで!」


 妹を守る為、無我夢中で男の子の腕にしがみついて、止めさせようとしたけど、今度は私の髪を女の子が引っ張った。


「菊池さん、罰だって言ったよね?邪魔しちゃダメじゃない?」


「痛い…やめて…」


 なんでこんな事になるの?

 私達が何をしたって言うの?


 お父さんが死んじゃって悲しくて、それでもお母さんと愛梨と約束したんだ。

 お父さんの分まで幸せになろうって。


 あの日三人で泣きながら約束したのに、こんな事なら私もお父さんの所に行きたい…


 駄菓子を奪われて地面に這いつくばってい泣いている愛梨の目の前で、男の子は袋から出した駄菓子を食べようとしたその時、男の子の腕を掴んだ人がいた。


「ダセェ事してんじゃねーよ。」


 同じ歳くらいの男の子だろうか。

 それとこちらも同じ歳くらいの綺麗な女の子が、泣いている愛梨を立たせて、砂を払ってやっていた。

 もう一人は、愛梨くらいの女の子が、ニヤニヤとしながらスマホを構えている。


「え?あ、あの?」


 見たことも無い三人に戸惑い、かける声を失った私は、愛梨の事を思い出し、慌てて愛梨に駆け寄り抱きしめた。


「うぅ〜、ねぇちゃ〜。」


 泣きながら私の胸にグリグリと頭を擦り付けている愛梨。

 愛梨を助けてくれた女の子を見ると、一瞬だけ私に目配せをした後、女の子達に向かって歩いて行く。


「何、あんた達?この子は私達のクラスメートなんだから、関係ない人は邪魔しないでよ。」


 水野さんが笑いながら愛梨を助けてくれた女の子に言う。


「あら、そう?」


 女の子はそう言うと、水野さんの髪の毛を掴みなぎ倒した。

 ブチブチという嫌な音をさせて、水野さんは地面に倒れる。


「ぎゃー!い、痛い!」


「でしょうね?」


 女の子はなんでもないようにそう言うと、水野さんの後ろで震えていた女の子二人にも同じようにした。


 やりすぎなのではと思い、一緒に居た男の子を振り返ると、クラスメートの男の子達が地面に四つん這いになり、泣きながら吐き戻している所だった。


 男の子はそんなクラスメートのお尻を蹴飛ばしながら、言う。


「おら、帰れ。10秒やる。い〜ち、に〜い、さ〜」


 クラスメートは何度もえずきながら、慌てて公園を出て行った。


 呆然としていると、水野さんの事を思い出し、そちらを振り返る。


 水野さんは髪の毛を捕まれ、女の子に引き摺られ公園の外に投げ捨てられた。

 他の二人は、逃げたみたい。


 一段落して、私達の前に三人が集まってきた。


「あの、ありがとうございました!」


 助けてくれたお礼を言うと、男の子から睨まれた。


「お前姉ちゃんなんだろ?ちゃんと妹を守れよ!」


 いきなり怒られてしまった。

 返す言葉もないよ…

 私は無力だった。


 私の事を大好きだと言ってくれた妹を、悪意に晒してしまい、泣かせたのは私の責任でもある。


 項垂れ、地面に視線を投げると、愛梨は私の手をギュッと握ってくれた。


「ねぇちゃは悪くないよ!いじめないで!」


 私の隣で愛梨は男の子に言い放った。今私は妹に守られていると思うと、情けなくなった。


「……ちっ!」


 舌打ちの音が聞こえたそのすぐ後、バチィ!っと大きな音が聞こえた。


「あっ!…い、ってぇ!!何すんだ美月!」


「結月にはデリカシーというものがないわ。」


「ふひひひ!結月怒られた、ざまぁ!」


 フト顔を上げると、頭を抑えながら女の子に抗議する男の子と、それを面倒臭そうな顔で無視する女の子。それと囃し立てる小さな女の子。


 急に賑やかになった三人に目を丸くしていると、愛梨も同じように三人を見つめていた。

 先程迄流れていた涙は、すでにそこにはなく、私が見つめている事に気づいて、私を見上げた愛梨は、ニッコリと笑った。


「おっかしいね〜!」


「フフっ、そうだね。」


 それが、私達姉妹とゆーちゃん、みーちゃん、みなちゃんとの出会いだった。


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