第27話 ザワつく街

 週の中で唯一未来の自由な日だと言う水曜日、一緒に帰る事になった。


 とは言え、別に帰る方角が同じと言う訳でも無いし、駅まで送ると言うのが正しい。

 駅に着いても電車に乗る訳でもなくて、そこまでお迎えの車が来るのだそうだ。


 なら学校まで迎えに来てもらえばいいのにと思ったが、要は自由な日くらい遊びたいのだろうと敢えてそんな事は言わない。


 入学して一週間が過ぎた。

 たった一週間だと言うのに中々濃密な日々だった。


 そうそう、入学直後に停学になった男、辻本光斬が、戻って来て早速俺にいちゃもんをつけてきた。


『てめぇ、何逃げてんだよ?』


『逃げる?なんの事だ?』


『すっとぼけんじゃねぇよ!果たし状間違いなくお前の下駄箱に入れただろうが!』


『ん?あぁ、あれ宛名が書いてなかったから間違えたのかと思ってな?』


『おい!くそっ…お前のせいで停学にはなるわ、親父に怒鳴られるわ、散々だ!俺を誰だと思ってんだ?あ?』


『辻斬り君?』


『誰が辻斬りだ!ウチの会社はな、あの橘とも繋がりのある企業なんだぞ?その意味、この街で暮らしている奴なら分かるだろうが。なのに…なんで俺が親父に怒られないといけないんだ?お前何者なんだ?』


『……はぁ?』


『お前…結月。今度こそ放課後付き合え。』


『…わかった。』


 そんな会話を今日した覚えがあるが、俺は放課後未来に誘われたのでそれを優先した。

 何もおかしい事はないよな?


「結月君、結月君!あそこ、行ってみたい!」


 凄く楽しそうに俺の袖を引っ張りながら、未来が指さしたのはゲーセン。


「よく行くのか?」


「うぅん。行ったことないんだよ。一緒に行ってくれるお友達もいなくて、その、上品な人しか周りにいないから…」


「ほほぅ。それは俺が上品ではなく、ガサツで貧乏人だと遠回しに言っているのか?」


「えぇ!?ち、違うよ!結月君と行ったら楽しそうだと思っただけ。遊び方を教えてください。」


「ははっ。冗談だって。遊び方なんて、適当だろ?やりたいのがあればやってみればいいじゃん?」


 余程行ってみたかったのか、俺の手を握り、グイグイと店まで突き進んで行く。

 ゲーセンに入ると、未来は満面の笑みを浮かべ、クレーンゲームを次々と眺めてまわっている。


「ねぇ結月君!アレが欲しいな?」


 腕を組まれ、クレーンゲームの前まで連れて行かれたが、景品は猫なのか熊なのかよく分からない微妙なデカいぬいぐるみ。


 こんなの欲しいのか?女は分からんな。


「結月君?その微妙な表情はなに?」


 ジトッとした目で見つめられ、誤魔化すようにコインを入れた。


 これ、取れるか?

 一発では無理だよなぁ。


 色々な角度からぬいぐるみの場所を確認していると、未来は目を爛々とさせて、俺を見つめてくる。

 期待…してんのか?


 クレーンを動かそうとした時、ゲーセンのスタッフに声をかけられた。


「あ、ちょっと待って貰えますか〜?故障気味なんですよね〜?」


 そう言ったスタッフの顔を、俺は知っていた。


「は?あれ…?めそ…」


「お客様!少々お待ち下さい!」


「あ、はい。」


 俺は未来に気付かれないように、周囲に目配せをする。


 やっぱりいたね。ニヤニヤしている知り合いが。


 クレーンの部分をなにやらゴソゴソしているスタッフに注目している未来に気付かれないように、俺は知り合いに合図を送った。後でなと。


「はい!お待たせ致しました!」


「結月君!頑張って!」


 俺を応援するためか、未来は両手を曲げ、顔の前で中指を人差し指に絡めている。

 なんだそれ?バリアってやつじゃん?

 普通腕を曲げて両手を握るんじゃないのか?

 変な奴だ。


「やってみる。」


 取り敢えずは目の前のクレーンゲームだ。

 クレーンを動かし、ぬいぐるみの真上に持ってきた。


 ゆっくりと下がり、ぬいぐるみをキャッチしたが…

 俺は苦笑いをする。


「すごい!すごい!結月君!持ち上がったよ!」


 んなバカな。

 クレーンってさ、掴む力本当に脆弱なんだよ。本来ならね?今はどうだ?

 くい込んでるよ!強すぎだろう!


 絶対に離さない!絶対にだ!

 そんな意思が感じられるクレーンゲームなんて、俺初めてやったわ。


「おめでとうございます!」


「結月君!ありがとう!」


「まぁ、なんだ…取れてよかったよ。」


 未来はとてもはしゃいでいるが、俺はとても微妙な気持ちになったのは言うまでもない。


 適当にゲーセンを楽しんでいると、未来はトイレに行くと言うので、空いているゲームの椅子に座ってしばし待っていると、如何にもな奴らが俺の前に立った。


「おい、山口結月。ツラ貸せ?」


 またか…

 この所毎日だ。


「んじゃ、トイレに行こうか?」


 俺がトイレに誘うと、三人の男達は着いてくる。

 男子トイレに俺が先に入り、後から三人が入って来た。幸い、トイレには誰もいなかった。


「いい度胸してんな?やられる覚悟はあるって事か?」


 三人のリーダー格の男が話しかけてきたが、トイレに人が入ってくる。


「結月ぃ〜。何してんのよ。彼女待たせたら不味いでしょ?」


「龍華ちゃんこそ何してんの?」


 突如現れたゴシックドレスの美女と、厳つい男が五人。

 俺に絡んできていた男達は取り囲まれ、先程までの勢いは全くなくなり、泣きそうになっている。


「お、お前!汚いぞ!」


 いやいや、初めに多人数で囲もうとしてたのはお前らじゃん?と思ったが、それはどうでもいいか。


「龍華ちゃん、助けてくれるの?」


「あっはっは!別に助けなんていらないだろ?ちゃんと彼女をエスコートしてあげなよ?。ここは適当にやっとくから。」


 適当にやっとく…なにすんの!


 まぁいいか。知ったことではないな。

 いや、待てよ。


「龍華ちゃん、俺そいつらに聞きたい事があるから、捕まえといて貰える?」


「んん?いいけど?」


 男達の事は龍華ちゃんに任せて、未来を駅まで送る事にした。


「結月君、楽しかった!ありがとう!」


 未来はそう言って、俺が取ったぬいぐるみを抱き締めながら、笑顔で車に乗り込んで帰った。



 ◇◇◇◇◇


 ゲーセンに戻ると、大人しくなった三人の男達とお話をして、帰って頂いた。


「んで?龍華ちゃんこんな健全な所で何してんの?」


「結月、私をなんだと思ってんの?」


「女組長?」


「…間違いではないね。そうだ、ちょっと付き合えよ結月。」


 龍華ちゃんの案内で連れてこられたのは、ダーツバーだった。


「最近潰した店なんだけどさ、改装するから殺風景で悪いけど、結月は制服だから変な所連れて来れないから勘弁してね?」


 バーと言うだけで、制服で入るのは不味いと思うけど、潰れているならいいか。


 店内にはあちらこちらに黒ずんだ血の跡があり、何かが起こったのは明白だが、突っ込まないことにした。


 テーブルが置かれていて、椅子に座ると、龍華ちゃんの仲間が缶コーヒーを出してくれた。


「どうしたの?なんか用?」


「いや、用って程でもないんだけどさ、最近街に変なのが入り込んでるから、気をつけろよって言っときたくてね?」


「変なの?」


「あぁ、何人かいるけど、まだ全部把握できてないんだよね。」


「危ないの?」


「危ないね。分かってる範囲でだけど、【獣医】と【皇子】って言われてる奴らがコソコソ動き回ってるね。」


 どんな奴らなのかを聞いて、胸糞悪くなった。


「あぁ、後あれだ。若い男である結月が一番気をつけないといけないのがいたわ。」


「なにそれ?」


「ある意味一番ヤバいのはこいつかもしれないね。【キャリアウーマン】ってのがいてさ、見た目出来る女見たいな格好をした奴らしいんだけど、こいつのキャリアは意味が違ってさ、色んな性病を持ってるらしい。」


「うへぇ〜。ヤバいなそれ。」


「いくらいい女でも、あんまり簡単について行くなよ?」


「気をつけるわ。龍華ちゃんも気をつけてな?」


「おう、結月またね?」


 なんだか街がザワザワしてるな。

 何奴も此奴も関わりたくない。

 関わるのが事故みたいなもんだ。


 取り敢えずは、身近な厄介事を片付けるか。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る