第18話 ずっと…
「「「カンパーイ!!」」」
一連の出来事が収束し、セイ君が帰って来てから少し落ち着いた頃、身内での祝勝会をする事になった。
これは勿論、セイ君の世界制覇を祝う会なんだけど、同時に今回事件に関わった皆の会である事も兼ねているのは、暗黙の了解だ。
俺の両親と美月、セイ君と弟とその両親、光凪とその両親、当然、この場を提供してくれている雪乃ねーちゃんと弟とその両親、変装したヒナちゃんと妹とその両親、血が繋がっているから本当はお祝いしたかったという龍華ちゃんの父親は流石に来なくて、変装した龍華ちゃんと兄、優子ちん夫妻とその子達等、結構な人数になった祝勝会。
今回の件に関わっていない身内もいて、その中の一家族、普段絶対に時間を守る俺の従兄妹家族が見当たらない。
身内だけの祝勝会だから、堅苦しい段取りなどなく、初めに乾杯をした後は各々歓談となっている。
皆揃ったらセイ君の挨拶があると聞いているけど、それ以外は自由だった。
「ご、ごめんなさ〜い!!」
始まって30分程してから、従兄妹達、立花家が到着する。
叔父である大樹兄ちゃんは、父さんに対してしきりに頭を下げ、父さんはにこやかにその肩を叩いている。
何であんなに腰が低いのだろうか。
やっぱり1サラリーマンの大樹兄ちゃんは、会社経営の父さんに引け目でもあるのだろうか?
父さんの事を尊敬していると何時も言っているし。
そんな中、俺の隣には凛が居る。
凛にとっては知り合いではない人も多いし、こちらが誘っておいて、折角の楽しい場にポツンとさせておくのは可哀想だ。
俺は身内に凛を紹介してやる。
引っ越してきてからまだそれ程時間も経っていなが、この街での思い出があんなもので終わっては、余りにも忍びない。
せめて、良い人達に出会えた事を喜んでもらいたいのだ。
そう、凛は父親と暮らすため、この街を離れる事が決まっている。
凛の住む場所の関係もあり、直ぐにでも転居する方が良かったのだろうけど、凛はもう少しだけこの街に残りたいと言い今日を迎えた。
母親と住んでいたマンションに、今は父親が来ていて、一時的に住んでいる。
父親の仕事がそれ程休めないので、出発は明日の予定だ。
「本日は、自分の為にお集まり頂き、ありがとうございます!」
「よぉっ!竜星!世界一!!」
招待した皆が揃った事を確認して、セイ君の挨拶が始まった。
ヒナちゃんとこの家族が、度々合いの手を入れるから、苦笑いしながらの挨拶だ。
皆がセイ君に注目している中、凛が小さな声で俺に話しかけてくる。
「結月君、終わったら少しだけ時間貰えませんか?」
「ん?いいけど?」
セイ君の挨拶が終わり、皆が拍手を贈る。
「凛、行くか?」
「え?でも、まだ終わってないんじゃ?」
「セイ君の話も聞いたし、後は皆でワイワイするだけだ。余り遅い時間になっても不味いだろ?」
「はぃ。ありがとうございますぅ。」
セイ君を中心に、気のおけない仲である皆は大いに盛り上がっていて、俺達二人は誰にも気付かれないように外に出ようとした。
「二人とも…」
「…美月?」
扉を出ようとした所に、美月から声がかかる。
「遅くならないようにしなさい。親を心配させるものではないわ。」
「分かってるよ。」
「はぃ。美月さん、本当にありがとうございます。」
美月は少しだけ微笑むと、父さんの方へ歩いて行った。
夕方に始まった祝勝会だったが、俺達が店を出た時には薄闇が拡がりつつあった。
店を出てからはお互いに口を開く事もなく、それでも気まずい空気でもない、心地良い沈黙が流れていると思っているのは、俺だけでは無かったようだ。
凛の手が俺の手に触れ、その手を握ると直ぐに握り返してくる。
凛を見詰めると、少し恥ずかしそうな顔をして口元を緩めていた。
辺りがすっかりと優しい闇に包まれると、空に浮かんでいる月が美しく輝いている姿が良く見えた。
「もっと…もっとあの月の傍に行きたいです。」
ポツリと呟く凛の手を引き、少し先に見えた歩道橋まで歩き、その上に登った。
まぁ、分かっている。
物理的に近づきたいと言っている訳では無い事なんか。
それでも、何にも邪魔されない場所で、凛と月を眺めたいと思った。
「結月君…私は…」
真っ直ぐに月を見詰めながら、こちらに視線を向ける事もなく、凛は呟いた。
俺は凛と出会ってからの事を思い出す。
屋上で出会い、パンツを眺めて怒られた。
ちっとも怖くない怒り方に、小動物のような可愛さを感じた。
大変な事になっていると泣き出した。
今にも壊れそうな弱々しい姿は、俺の中の女の子感を一変させる。
相談を受けた。
俺ならば何とか出来ると思った。相談されたのが嬉しくて、俺が何とかしてやろうと思った。
決断を迫ると泣き出した。
何を悩むことがあるのかと不思議だった。俺の思う通りにしていれば良いのにと、イライラした。
美月に諭され、決断を先延ばしにしてみた。
美月に言われてから初めて気付いた。何とかしてやろうと言うのは、助けようとしているのだと。
そして俺は明確に凛に助けを求められた訳では無かった。
凛が俺に助けを求めた。
その時の表情、絶望に暮れた顔が俺を見た瞬間に光を見つけたかのようになった。
褒められたことでは無いが、心が踊った。
俺は本当に必要にされていると。
この時からかもしれないな。
「なぁ、凛。」
俺は凛の本当の笑顔が見たくなった。
何かを言いかけていた凛は、急に名前を呼ばれ、俺に向き直った。
「結月君?」
凛にこれ以上あんな顔はさせたくないと思ったんだ。
うん、俺は凛が好きなんだ。
「凛、月が…今日は月が綺麗だな。」
厨二っぽいかもしれない。
と言うか、凛にこの暗喩は伝わるのか?
そう思いながら見詰めていると、凛は口をポカンと開けて、目を大きく見開いている。
あれ?伝わってないかもしれない…
ちょっとだけ焦り、恥ずかしくなってしまった俺は、微妙な顔をして視線を逸らそうとした。
その時、開いていた口を歪ませ、大きく開かれた瞳から、月光に照らされた涙が一筋流れた。
「はぃ。ずっと月を見ていましょう。」
そう言って、凛は笑った。
その心は?
ずっと愛していたい。
明日からは別々の場所で暮らす。
でも、会えない訳ではないし、連絡方法なんて幾らでもある。
気持ちさえあれば、繋がっていられるんだ。
泣き笑いをしている凛を見ていると、心が締め付けられて、衝動的に抱き締めた。
「あっ…結月君…」
いきなりで驚いた様子の凛だったけど、その手は俺の背中に回る。
涙に濡れている凛の頬をそっと指で拭うと、そっと瞳を閉じた。
いつまでも目を閉じている凛の、そんな様子を伺い、顔を少し傾ける。
慎重に、ズレないようにとギリギリまで目を開けたまま、柔らかな感触を得て目を閉じた。
ビクリと凛の身体が震え、背中に回している手に力が入っている。
約5秒。ゆっくり唇を離すと、凛は真面に顔を見れないようで、俺の胸に顔を埋めた。
「結月君。」
「…ん?」
「結月君って魔王って言われてるんですよね?」
「はあぁ?!誰にだよ!」
「フフッ。私は魔王の女ですね?」
「……なんだよそれ。俺の女だよ。」
「魔王からは逃げられませんね?」
「クッ…ククッ。そうだな。逃がさねえよ。」
「フフッ。良かったです。」
凛が顔を上げて、俺を見詰める。
「離れても、ずっと好きです。」
ド直球でこられると、少し恥ずかしい。
「俺もだよ。ずっと好きだ。」
凛は笑う。
俺が見たかった笑顔を、俺の胸の中で、俺にだけ向けてくれる。
二度目は一度目よりも上手く出来る。
凛の身長、唇の位置、もう覚えた。
月明かりに照らされて、俺達の影はもう一度重なった。
歩道橋を降りようとした時、ふと思い立って、階段の中腹から、後ろにいる凛を振り返ってみた。
「な、なんですか?」
「う〜ん、暗いと見えないな…」
「な、なななななっ!何がですか!」
「何がってそりゃ…あん?」
不意に、月明かりが遮られる。
「り、凛!!」
まるで、夢の中で走っているような、自分の足が自分のものではないような、回りの景色がゆっくりと流れる。
早く凛の傍に行きたいのに、辿り着けない。
「結月君?どうしまし…」
凛が何かを言い終わるより前に、俺が凛に辿り着くより前に、それは凛の背後に迫っていた。
良く憶えていない。
あの時、目の前が赤く染まり、あんなに美しかった月も紅く見えた。
地面に横になって、抱いている凛も赤く染まり、震える唇で言った言葉。
「ゆ、結月…くん?あ、愛して…る。」
その言葉を聞いて、意識が遠くなる。
凛を守りたくて、強く抱き締めた筈だけど…
その日、葛城凛は死んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます