第17話 母親への罰
目の前で母さんではない女に抱きつかれている父さんを見て、内心穏やかではない私。
状況が状況だし、父親に甘えたいという思いが、父性の帝王とでも言える父さんに向いたのは仕方の無い事だとは思うけれど、どうにも良い気分ではない。
ある程度泣き終わった葛城凛を確認して、ひっぺがしてやったわ。
一方の母さんと言えば、正妻の余裕なのか、全く表情を変えてはいないけれど、私が葛城凛をひっぺがして抱き着いた時に、父さんの腕に絡みついたのを見るに、私と余り変わらない感情なのでは無いかと思う。
まったく…いい大人が中学生に嫉妬するなんて、母さんもまだまだよね。
私?私は同じ中学生だからいいのよ。
そんな思いを込めて、父さんにギュッと抱き着いたまま、母さんに視線を向けると、ニコリと笑って返された。
「花蓮、美月、少しだけ離してくれないか?これじゃあ落ち着いて話も出来ない。」
父さんがそう言いながら、母さんの頬を撫でて軽く頬にキスをする。
母さんはうっとりとしながら、父さんの腕を離し、今度は私を両手で包み込むように抱き締めてくれた後、同じように頬にキスをしてくれた。
私も幸せな気持ちのまま、父さんから離れる。
そんな私達を、呆気に取られたような顔で眺めている葛城凛とその母親。
父さんはそれ迄の優しい笑みから、真面目な顔になり、一歩前に出た。
「私は、同じ年頃の子供を持つ親として、貴女の事を軽蔑します。」
葛城凛は俯き、その母親は、今にも泣きそうな顔をして父さんの言葉に耐えているように見えた。
どんな事があろうとも、子供を犠牲にしようとした事実は子供の心に深い傷を残すと、父さんは言った。
子供を正しい方に導くのが親の役目であって、間違った方に連れて行こうとした貴女は、親の資格などないと。
私がマヤちゃんに依頼をしたのは、離婚の経緯と、現在の父親の所在だった。
マヤちゃんは時間が無い事も察してくれて、直接父親に接触したらしかった。
初めはもう忘れたいと言って、取り合う素振りも見せなかったけれど、娘が大変な事態になっていると話すと、聞く気になったようだ。
父親から聞いた内容はこうだ。
ある時、通帳にある筈の貯金が、不自然に減っている事に気付いた。
それも、短期間に大金が無くなっている事で、妻を問い詰めた。
初めは誤魔化そうとしていたようだけど、次第にエスカレートしながら妻を追い詰めると、ポツリポツリと話し始めた。
中学の保護者会。
そんな何かが起きるとは思えないような場で、崩壊は始まった。
今期の保護者会には、母親しか居なかったと言う。
その中にいた一人の主婦が、話を持ちかけてくる事になったのが始まりだった。
保護者会の集まりの後に、打ち上げと称して食事会が開かれたり、居酒屋に行く事があったそうだ。
その主婦は、保護者の中に夜の仕事をしているという保護者がいると言った。
偏見などはなく、どんな仕事でも、立派に子供を育てていて、その子供は何時も成績がトップクラスの優秀な生徒なのだと。
話してみると、その母親もとても良い人で、今度その人にお店を紹介してもらって、打ち上げをしようと言う話になった。
普段そんな場所とは無縁の保護者達は、面白がってお店に行ったけれど、葛城凛の母親は、戸惑いを隠せなかった。
その店はホストクラブだったのだ。
男の人に接客されるのを、他の保護者達は嬉しそうにしていたけど、自分は居心地が悪かったと。
それでも、場を白けさせる訳にも行かず、進められるまま、お酒を飲んだ。
気が付くとホストに嵌っていた。
それが母親の告白。
それを聞いて怒った夫は、妻を引っぱたき、それを目撃した葛城凛は、父親を恐れるようになった。
父親は娘から向けられる恐怖の視線に耐えられなかった。
子供の心情を考えると、本当の事も言えない。
そして、子供と時間をずらすような生活になる。
これからは、先程マヤちゃんが母親に聞いた話。
ホストクラブでお酒を飲んだ後の記憶が無いらしく、気が付いた時には裸でホテルのベッドに寝ていた。
隣に居たのは、ホストの一人で、後に彼氏と言われるようになる男だった。
男はバレたくなければ関係を続ける事を強要する。
それと、自分の客になるようにと脅される事になった。
ダメだと分かっていても、バレたくは無かったと。
貯金はどんどん吸い取られていくし、渋ると普段は服で見えない所を選んでの暴力を受ける。
夫のDVは、初めの平手打ちだけなのだと言う。
ホストに嵌っていたと嘘をつき、貯金の持ち出しも難しくなった頃、男からバイトを持ちかけられた。
それをやれば、金もやるし、家族には言わないと。
それが今回の事件に繋がっている。
葛城凛の母親にさせた仕事は、商品管理。
初めは何を管理しているのか、そんな事は分からなかったけど、ある時、見るなと言われていたDVDを見てしまった。
とんでもない事をやらされている事に気づき、もう辞めたいと言えば、暴力を振るわれた。
今迄より激しくて、顔まで殴られた母親は、もう逃げられない事に気が付く。
その日、娘を連れて出て行くことになった。
娘を連れて行くのも男の指示で、何となくどうなるのか分かってはいたけれど、その時は恐怖に支配されて言う通りにしか出来なかった。
随分前から、自分は壊れていたのだと、母親は語った。
マヤちゃんの私見だけど、恐怖で支配するよりも、懐柔させた方が裏切りは少ないから、男は葛城凛の母親に、父親と別居した後は優しく接していたのでは無いかと言う。
私が葛城凛の母親に娘の愛情を語った事で、目が覚めたと。犠牲になった他の子には申し訳ないけど、娘が最悪の事態にならなくて良かった、そう寂しそうな顔で言ったらしい。
どう捉えても最悪な親達だと私は思った。
私の両親ならそんな事にはならない。
母親は勿論だけれど、父親も自分の娘に向かい合わずに逃げたのだから。
家を出る時、葛城凛が父親宛に手紙を書いたらしくて、その内容は、お母さんに対する暴力が許せない、お父さんと一緒に居るのが怖い、そんな事が書かれていて、父親はもう娘と関わってはいけないと思ったようだ。
バカバカしい。
そんなものは逃げだ。
逃げるのが全て悪い訳では無い。
でも、大事な物を守ろうと思うなら、逃げてはダメだ。
「葛城さん、それでも、最後にこうして娘さんを守ろうと思ったのは、母親の自覚が少しでも戻ったからなのですよね?」
父さんが言うと、葛城凛の母親はギュッと目を瞑り、口を開いた。
「…はい。今更どの面下げてとは思いますが、私の大事な娘ですから。」
「お母さん…」
「…はぁ。今回の事は公に出来ませんからね。しかし、娘さんの事を思うなら、私が一つだけ提案をさせて頂きます。どうやら、ウチの息子が娘さんを気に入ってしまったようですからね。それに…」
父さんは私をグイッと抱き寄せる。
あ、嬉しい!
「私の可愛い愛娘の頼みでもありますからね?」
「父さん!」
私は嬉し過ぎて、全身を密着させるように抱き着く。
「…凛?そうなの?」
「あ…うん。私は、結月君が好き…」
葛城親子の会話なんてどうでもいい。
私は父さんにグリグリと身体を押し付けた。
「美月?こんな場所で何をやっているの?」
母さんが私と父さんの間に無理矢理身体をねじ込んできて、私は引き離された。
「か、母さん!」
「今は抑えなさい。後でデートをするのでしょう?」
そう言われて今は渋々諦めた。
膨れている私を苦笑いして見詰めた後、父さんが口を開く。
「私からの提案とは…」
父さんからの提案とは、私が考えた罰をベースにした話だった。
一つ、葛城凛は、父親と暮らす。
父親は、今回の話を聞いて、家族に向き合わず、勝手に諦めた事を酷く後悔しているという。
もし、娘が許してくれるなら、一からやり直したいと言っているらしい。
二つ、母親は二人と離れて暮らす。
父親は自分の妻の所業を当然許せないし、娘も罪を侵した母親と一緒に暮らしても良い環境にはならない。だから、これも当然。
三つ、母親は娘に一括で養育費を払う。
そんな大金手持ちには無いだろうから、父さんを通して、ある会社からお金を貸し付ける。
四つ、借り受けたお金を返すまで、父さんの仕事を手伝ってもらう。
今回父さんと母さんが出張していた島で、コーヒーを作って貰う。
ずっと島に居る訳ではなくて、1ヶ月行ったら近くの陸に戻り、の繰り返しになるみたい。
休みも少ないけどあるし、ある程度自由だけど、住む場所はとても田舎になるらしい。
この仕事を手伝ってくれる人を探すのが大変だと言っていたから、丁度良かったのかもしれない。
逃げたら御察し。お金を貸した会社が地獄まで追いかけると言うけど、今の母親を見ると、多分そんな事にはならないんじゃないかと思う。
その他は、家族で話し合って欲しいと言う事。
いつか、葛城凛が割り切れるようになったら、母親とも和解出来るようになればいいとは思う。
だけど、もう三人の家族で過ごす事はないでしょうね。それ程、今回の爪痕は大きい。
「…どうしますか?」
父さんが訪ねると、まだ身体が痛そうだったけど、葛城凛が手を貸して母親はベッドの上で正座をした。
そして、深く頭を下げて言った。
「お受け致します。どうぞ、よろしくお願い致します。」
詳細は後日という事になり、私達は葛城凛を残して病院を後にした。
夕方にはまだ時間があり、久しぶりに会った父さんと街を歩きたかった。
「ねぇ、母さん。」
「なぁに、美月?」
「母さんはお疲れでしょうし、先に帰った方がいいのではないかしら?」
「あら、それならシンも同じでしょう?シン、帰ったらマッサージをしてあげるわね?」
「大丈夫よ。父さんは私と言う愛娘に会えて、疲れも吹き飛んだでしょ?そうだ、一緒にお風呂に入って、私がマッサージをしてあげるわ!」
「待ちなさい美月。貴女も中学生なのだから、父親と一緒に入るのは感心しないわよ?」
私と母さんがにこやかに睨み合っていると、父さんはため息をついた。
「お前達は…今日は結月と入ろうかな。男どうしの話があるしな。」
「父さん!」
「美月、聞き分けなさい。シン、上がったら私がマッサージをしてあげるわね?」
「母さん!」
納得がいかないけれど、取り敢えず父さんは帰ってきたし、今から機会はいくらでもあると無理矢理自分に言い聞かせて、私は父さんの左手に絡みつく。
同じように母さんが右手に絡みついて、父さんは歩きにくそうだったけれど、それでも何も言わずに、私達を優しくエスコートしてくれた。
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