第16話 お母さんの病院へ
あの後、倉庫にあったPCから光凪ちゃんが色々と情報を抜き出して、それを結月君が確認した後、USBメモリに保存していた。
その場にあったPCは全ての情報を消されて初期状態に戻され、USBメモリは龍華さんに渡された。
「はい、龍華ちゃん。約束の顧客情報だ。」
「サンキュ。くっくっく…カラカラになるまで搾り取ってやるぞ。」
結月君と龍華さんが暗い顔で笑い合っているのが少し怖かった。
そうそう、この件を引き起こした人達は、私が止めを刺した後直ぐに、黒蜥蜴の皆さんが何処かに連れて行ってしまった。
海外に拉致すると言っていたけど、そんな事をして大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ。行方不明者なんて、年間どれくらいいるか知ってる?およそ8万人と言われているんだ。たかが数人、しかもこんな事をしでかす奴らはね、他とも接触を断つからやりやすいってなもんだよ?」
龍華さんは明るくそんな事を言うけど、内容はとても恐ろしいと後になって気が付いた。
兎に角、この件は公になる事もなく終わった。
ただ、私の問題は終わっていない。
壊れた家族は元には戻らないんだ。
これから私はどうなっていくのだろうか。
この数日、極度の緊張状態と、余りにも現実離れした展開のせいで、固くなっていた心と体が一気に弛緩した。
私は自分の気が付かないうちに涙が溢れていた。
これ以上悪い事が起こらないという安心したような、お母さんの事が心配で直ぐに駆けつけたいような、でもどんな顔で会えばいいのか、そして初めて会った時から何も関係ないのに助けてくれた結月君に感謝している気持ちも、私の為に色々と奔走してくれた結月君を好きになってしまった感情も、助けてくれた皆にお礼を言わなきゃと思ったり、もう、私の心はグチャグチャになっていて、収集がつかなくなっていた。
「結月、行きなよ!」
「はぁ?な、何でだよ…」
「男らしくねぇぞ?」
「訳わかんねえよ。」
「フヒヒ…何で今更恥ずかしがってんの?」
「うるせぇな…」
「結月、男は泣いている女を一人にしたらダメだ。」
「タ、タイガー…分かった。」
私が一人泣いている傍で、そんなやり取りがあったなんて知らなかったけど、気がつくと私は、結月君に抱き締められ、その胸の中で泣きじゃくっていた。
涙が止まるまで待っていてくれた結月君は、未だヒクヒクしている私の背中をポンポンと優しく叩きながら、顔を覗き込んでくる。
「もう、大丈夫か?」
「ひっく…はぃ。ありがとうございますぅ。」
結月君は私をそっと離し、私は結月君の温もりを惜しく思いながらも、待っていてくれた四人に向き直った。
皆何かニヤニヤとした顔をしているのが恥ずかしかったけど、キチンとお礼を言わなければならない。
「み、皆さん…今回は本当にありがとうございました!」
深く深く頭を下げてお礼をする。
私にはこんな事しか出来ないから。
すると、龍華さんが言った。
「気にしないでいいよ。私は君の為に動いたんじゃない。結月の為に動いたんだ。」
雛虎さんも言う。
「そうそう、アイツらもこの街で結月やあたし達に関わったのが運の尽きだっただけ。欲しい物も貰ったしね。」
光凪ちゃんも言った。
「私は報酬に見合った働きをしただけだよ?あ、欲しかった動画は手に入らなかったけどね…」
竜星さんも言った。
「俺は俺の大事な人を傷つけられたのが許せなかっただけだ。」
皆それぞれ理由があると言うし、それはその通りなのだと思うけど、本当に助かったし、私はいくら感謝してもしきれなかった。
隣に居る結月君が、私の肩をポンと叩いた。
「皆いい奴らだろ?」
「は、はい!」
「自慢の幼馴染だ!」
そう言ってニコッと笑う結月君は、会ってから初めて見るような、年相応の笑顔をしていた。
◇◇◇◇◇
雛虎さんの運転で、お母さんが連れてこられたという病院まで送り届けてもらい、また一度会いましょうと約束して、受付に向かった。
お母さんがいる病室を聞いて、その場に向かうと、個室にいる事が分かった。
病室の前にある名札に、お母さんの名前しかない。
私は扉に一度手をかけるも、入る事に躊躇してその手を離してしまう。
「何時までそうしているつもりなのかしら?」
急に声をかけられ、立ち尽くしている私は肩を跳ねさせた。
「み、美月さん…?」
病院の廊下に差し込む日差しに照らされた美月さんは、とても美しかった。
状況も忘れて、暫く見蕩れていると、美月さんは小さな溜息をつき、ツカツカと私に近づき、病室の扉に手をかけた。
「逃げずに話し合いなさい。私が付いていてあげるから。」
「あ…ちょっ!」
美月さんは私の手を握り、病室の扉を開いた。
病室の右手にあるベッドに、上半身を起こした状態でお母さんは居た。
至る所に包帯を巻いていて、頭と左目を隠す包帯を見ていると、心が痛かった。
窓の外を見詰めていたようだったお母さんは、扉が開いたことに気づき、ゆっくりとコチラに顔を向けた。
私に気が付いたお母さんは、一度笑顔を作ろうとしたけど、今迄の事を思い出したのか、複雑な表情で俯く。
私も視線を合わせづらくて俯いていると、美月さんが私の手をキュッと握ってくれた。
ハッとして美月さんを見詰めると、美月さんは一つ頷き、私の手を引いてお母さんのベッド迄連れていってくれる。
ベッドの横に椅子を準備して、私と美月さんは座った。
私もお母さんも何と声をかければいいのか分からず、暫くの間重い沈黙が続く。
不意に、隣からため息が聞こえた。
「まったく…あなた達は親子でしょう?切りたくても切れないのが血の繋がりなんだから、今は言いたい事を言えばいいのではない?」
強い人だな、そう思った。
親子の絆を信じて疑わない。
それでも、私は中々言葉を発せない。
「…分かったわ。多分だけど、母親である貴女は、自分に対する罰を求めているのでしょう?それは考えているわ。とても厳しいものになるけれど、覚悟は出来ているかしら?」
警察に逮捕された訳では無いし、美月さんが言う罰と言うものには法的に強制力なんてない。
でも、それを自ら受け入れる事が私に対する贖罪になると美月さんは言う。
お母さんは何も言わずに頷いた。
徐に、美月さんは立ち上がり、扉に向かう。
ゆっくりと扉を開くと、そこには二人の人物が立っていた。
とても穏やかな空気を感じさせる男性と、信じられないほど美しい女性。
「父さん!」
美月さんが私の聞いたこともないような声音と表情で、男性に抱き着いた。
どうやら美月さんの両親らしい。
右手に美しい妻と、左手に美しい娘を連れて、美月さんのお父さんは私の前まで歩み寄る。
「やぁ、結月と美月がお世話になっているね?父親の山口眞です。こちらは妻の花蓮。」
声をかけてもらった瞬間、私は何か大きくて優しいものに包まれているような感覚になる。
「あ、いえ。お世話になっているのは私の方ですぅ。」
眞お父さんが私の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。
「よく頑張ったな。良く助けを求めた。君は強いよ。」
そんな事を言われて、思わずと言うのか、私は眞お父さんの胸に飛び込んでしまった。
「み、皆が助けてくれたから…わ、私なんて…」
一瞬だけ、戸惑ったようにビクッとした後、優しく私を包んでくれた眞お父さんの胸の中は、本当のお父さんに抱き締められているようで、とても安心出来て、全部出し切ったと思っていた涙がまた流れてしまう。
「か、葛城凛…な、なんて事を…」
「あら、シンは素敵だから仕方ないけれど…」
そんな言葉を呟いている二人がいるなんて思わなくて、この優しい毛布に包まれているような感覚に、安心してしまった。
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