第12話 さぁ、取引だ。
レストで幼馴染達と待ち合わせをしているので、早目に来てしまったが、そんな俺を開店前だと言うのに快く入れてくれた雪乃ねーちゃんにお礼を言って、出して貰ったカフェオレを飲む。
「ねぇ結月、この前美月と結月の彼女が来たよ?」
やっぱりか。
いつの間にか雪乃ねーちゃんの中で、凛が俺の彼女認定されている事に心の中でため息をつき、否定するのも面倒だから、そこには触れずに話をする。
「何か変な事言ってなかった?」
「う〜ん、私が頭を撫でたら涙ぐんでたよ?なんだかそれが可愛いくて、抱きしめちゃった!」
「そっか。」
「どうしたんだろうね?結月彼女と喧嘩でもしてるの?」
「してねーし。」
「女の子には優しくしてあげなよ?そう言えば、こんなに早く来て、皆で何するの?」
何をするのかと言われても、軽く話せるような話でもないし、こんな事に雪乃ねーちゃんを巻き込むつもりも無いから、言える訳もない。
「内緒。雪乃ねーちゃんは店があるだろ?」
「あ〜!結月!お姉ちゃんに隠し事なんて、こうしてやる!」
ヘッドロックをされ、抵抗する俺の髪をグチャグチャにされるが、雪乃ねーちゃんは気がついていない。
俺の頬にねーちゃんの胸が当たっている事に。
抵抗するように見せ掛け、じっくりと感触を堪能した。
いい匂いだなぁ。
開店準備に戻ったねーちゃんをボーッと眺めながら、ここで待ち合わせしている幼馴染達を待っていると、ねーちゃんが外を凝視し始める。
慌てたように外に出て、直ぐに戻って来た。
「お母さん!警察に連絡して!」
そう叫び、箒を持って再び飛び出して行った。
尋常ではない雪乃ねーちゃんの慌てぶりに、何事かと俺も外を確認すると、凛が二人の男に捕まりそうになっていた。
なるほど、まずい事態になっているようだが、ここに来たのは正解だ。
「えぇ?何?警察?」
店の奥から雪乃ねーちゃんの母親、雫さんの困惑した声が聞こえた。
「雫さん!警察はちょっと待って!」
今ここで警察に任せると、色々と台無しになる。
「結月君?んん〜?あぁ、これがそうなんだ…」
雫さんの何か納得したような返事に、えも言われぬ不安を感じたが、今はそれどころでは無い。
外に出ようと扉を開けたのと同時に、凛の叫び声が聞こえた。
「助けて!結月君!」
身体が震えた。
俺の姿を見て言った訳では無いようだ。
それは咄嗟に出た助けを求める言葉。
学校ではボッチの俺が、凛の中で咄嗟に助けを求める程の存在になっている事に、庇護欲を擽られてしまったようだ。
その瞬間、凛は俺の中で守るべき存在になった。
絶対に助けてやる。
雪乃ねーちゃんが捕まっていた凛を取り戻してくれていた。流石ねーちゃん。得物を持たせたら俺でも敵わないかもしれない。
だがやはり人を守りながらというのは難しいように思える。
それに、余り時間は無さそうだ。
雫さんには警察への連絡は止めたが、通行人達はそうでは無いだろう。
善意の市民は、この状況で警察に連絡を入れる。
俺は頭を回転させた。
イレギュラーな事態だ。
凛を渡すことも無く、警察が来るまでの間時間稼ぎをする事は可能だろう。
ただそれでは凛の将来は暗い道を歩く可能性があり、新たに出会う友人が出来たとして、その人達にいつこの事件がバレないかとビクビクしながら生きていかなければならない。
美月にも言われたのだ。
助けるなら心まで助けろと。
こんな状況であるにも関わらず、妙に頭が冷えていく。
レストの窓に写る、自分の口元がつり上がっている事には気づかなかった。
「よぉし、凛。助けてやる。」
「結月君!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪め、笑うことに失敗したような表情をしている凛に、心が締め付けられる。
「またガキかよ。なんなんだてめぇらは?」
二人の男はこちらを振り返り、凄んでくる。
ふむ、コイツらもガタイがいいが、この前黒海で囲まれた時に比べれば、絶望感など微塵も感じない。
丁度こちらを振り向いたので、スマホで写真を撮っておいた。
「ちっ!なんのつもりだ?あぁ?!」
「撮影するのは好きなのに、撮られるのは嫌いか?」
小馬鹿にしてそんな事を言ってみると、男達は明らかな動揺を見せる。
「…知ってんのか?」
「何をかなぁ?ハハッ…」
男達は急いで凛を振り返った。
「お前!話したのか!何考えてやがるバカか!」
凛がまさか自分の恥になるような事を言うとは思わなかったのか、怒鳴りつけた。
「結月君!お母さんが!助けて!お母さんが死んじゃう!」
ゾクゾクするな。
そうだ、お前を助けられるのは俺だけだ。
もっと俺に依存しろ。
「私を逃がす為にお母さんが殴られて…血が…あんなに沢山…結月君!!」
わかったわかった、全く…お前は俺がいないと直ぐにダメになるな。
「なぁアンタら、取引だ。」
男達は訝しげな表情で俺を睨む。
「俺はアンタらの事を知ってる。やってる事もな。もう少しで警察もくるから、今撮った画像と共に証言する事も出来る。」
ギリッと音が聞こえるように、奥歯を噛み締めているのが分かる。
「そんな物、証拠がねぇだろうが!」
子供相手だと思い、余裕だっただろう相手が、次第に追い詰められていく様は、愉悦に浸らせてくれた。
「クックック…まぁ慌てるな。証拠か…DVDなら大量にあるが?」
「なぁっ!なんで持ってる!」
銀髪が慌てるが、金髪はそれを抑える。
「まて、ハッタリだ。」
「ハッタリだと思うか?…凛だったら『C-2』になるんじゃないか?」
そう言うと、二人は息を飲んだ。
「本当に時間が無い、取引だ。」
銀髪は悔しさを滲ませながら俺を睨むが、金髪はため息をついて口を開く。
「取引って…どんな?」
「よしよし、聞く気になったな?凛の母親は無事に返してもらう。いや、もう既にケガはしてるだろうが、現状維持でそれ以上危害を加えるな。」
「…ちょっと待て。」
金髪は何処かに連絡を入れ、「不味いことになった」と話し、幾つか話をした後直ぐに切った。
「無事にとは言えないが、取り敢えずは現状で止めてる。それで?」
「こちらの取引材料は、お前達がそれに加担した事を証言しないって事だな。俺達は口を噤む。それが嘘ではないのは分かるだろ?凛の母親が捕まったら、こちらも困るんだよ。まぁ、このまま凛達親子に関わるなら、警察に言わなければ仕方ないがな?」
「…わかった。そのガキの母親は、マンションに居る。もう関わらない。それでいいか?」
「あぁ、もう一つ。この街から出ていけ。」
「…ちっ!」
金髪は忌々しそうな顔で舌打ちをし、車に戻り出す。
銀髪は屈辱に塗れ、真っ赤な顔をして身体を震わせていた。
取り敢えずは上手くいったと油断した時に、それは起こった。
「キャッ!」
ドカッ!と音がして、雪乃ねーちゃんが倒れる。
雪乃ねーちゃんも油断したのだろう。
力を抜いて構えを解いた所に、銀髪の回し蹴りが飛んできた。
寸前に箒で防いだけど、力任せに振り回された脚で、吹き飛ばされた形だ。
最後の悪足掻きで悔しさをぶつけたのだろうが、倒れはしたけど、大したケガはしてないはずだ。
「クソ女が!覚えてろよ!」
吐き捨てて、車に乗り込んだ。
凛が心配そうに雪乃ねーちゃんに手を貸して起こしている。
雪乃ねーちゃんは笑顔で「大丈夫大丈夫!」と言って立ち上がった。
車が走り出すのを見ていると、背後から二つの叫び声が聞こえてくる。
「おぉぉぉおぉぉぉあぁぁ!」
「わあぁぁぁあぁぁああぁ!」
俺達の間を物凄い速さで駆け抜けて行ったのは、俺の良く知っている男と、その脇に抱えられて涙目でジタバタしている光凪だった。
「うわっ!やべぇ…さっきの見てたのか?」
「えっ?結月君?」
俺の呟きに不思議そうな顔をするのは、傍に来ていた凛だ。
走り出した車に向かって突進した男は、そのまま飛び上がり、思い切り振りかぶって拳を叩きつけた。
「ォラァァ!」
ドガシャン!!
と大きな音を立て、車のリアガラスが木っ端微塵に弾け飛んだ。
「光凪ぁ!」
「あいぃ!」
割れた窓に向かって光凪は何かを投げ込んだ。
車の中の二人は、驚愕の表情をみせたが、そのまま慌てて走り去った。
男はこちらに振り返り、ゆっくりと歩いてきた。
「…セイ君。久しぶり?」
俺は頬を引き攣らせ、手を挙げて挨拶をすると、セイ君は興奮冷めやらぬ表情で、しかし挨拶を返してくれた。
「あぁ、結月。久しぶりだな。それより、どうなってる?」
普段は優しく爽やかなセイ君も、先程の光景を見て、怒りを滲ませている。
身長はそれ程高くないが、引き締まった身体で、やや長めの黒髪。
男の俺が惚れ惚れする男らしいイケメン。
俺が雪乃ねーちゃんに抱いていた淡い初恋を諦めざるをえなかった原因である男の中の男。
某有名格闘技団体の主催する、格闘甲子園優勝。
その実績をもって、格闘技U-18世界大会に向かったのが夏休み前。
優勝という偉業を成し遂げ、凱旋して来た世界最強の高校生。
『
俺の三つ年上で、早生まれの雪乃ねーちゃんとは学年が一つ下になる幼馴染だ。
「ちょっと!セイちゃん!お〜ろ〜し〜て〜!」
小脇に抱えられている光凪がジタバタしていた。
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