第13話 色々と大丈夫なのだろうか

「セイちゃん!」


 あれだよ。

 恋する乙女?

 そんな顔をして雪乃ねーちゃんはセイ君に駆け寄って行く。


「雪乃!大丈夫か!」


「あいたぁ!」


 セイ君は小脇に抱えていた光凪を放し、光凪は不細工な格好で尻から着地した。


 多分だけど、雪乃ねーちゃんより光凪の方が痛い目を見ていると思う。


 既に二人の世界に入っている両人は放っておいて、尻を摩っている光凪に声をかけた。


「どうなってんだ?なんでセイ君と一緒にいたんだ?」


「いやぁ、レストに向かって歩いてたら、いきなり走って来たセイちゃんに抱えられて、私も何がなんだか。あ〜いてて…」


 雪乃ねーちゃんとセイ君が話している姿を眺めながら苦笑いしている光凪の視線に、俺も凛もつられて二人を眺める。


 あぁ、やっぱりお似合いの二人だ。

 有名になっても、セイ君なら雪乃ねーちゃんを泣かせるような事はしないだろう。


「…いいなぁ。」


 ポツリと呟いた凛の言葉は、俺には聞き取れなかった。


「光凪、凛、関係ない二人を巻き込むことは無い。ここから離れよう。龍華ちゃんにも連絡を入れて、取り敢えずは凛のマンションに行くか?」


「そ、そうですね。お母さんが心配ですぅ。」


「了解。相手の居場所は分かるから、それは任せといて。フヒヒ。」


 俺達がその場を去ろうとした時、不意に肩を掴まれた。


「どこ行くんだ結月?お前ら何をしてる?」


 セイ君にそう聞かれるも、直ぐに話せるような内容ではない。


「今度話すからさ、今はあんま時間ないんだ。怪我人出てるし。」


「怪我人?」


 訝しげな表情で俺を見詰めるセイ君。


 凛の言っていた通り、母親が血塗れなら早く病院に連れて行きたい。


「アイツらにまた会うんだろ?」


 アイツらとは先程の二人だろうか?

 凛が驚いて俺を見る。


「結月君?街から出ていくように言ったから、もう会わないんじゃないんですか?」


 どうやら凛は、先程の会話で終わったものとして考えているのようだが…


「そんな訳ないだろ?前に言った通り叩き潰すに決まってる。」


「え?じゃあ、なんで出て行けなんて?」


「そう言えば、持ってるモノ全部集めるだろ?一網打尽にする。」


「…は〜ぁ。そうなんだ。」


 呆然としている凛をチラリと見て、セイ君は口端を上げた。


「連れて行け。」


「はぁ?いや、だってセイ君は…」


「いいから、あの二人は俺にやらせろ。」


 セイ君は、とてもお怒りのようだ。


 こちらが腰が引けるような笑みを浮かべたセイ君を、連れて行かないなんて言えなかった。


「結月、何がどうなってるのか分からないけど、凛ちゃんを守って上げるんだよ?それと、後でちゃんと説明する事!いい?」


 雪乃ねーちゃんが頬を膨らませ、セイ君に「無理しないで」と言いながら、見送ってくれた。


 凛のマンションに向かおうとしたその時、光凪がビクリと身体を震わせ、立ち止まった。


「どうした光凪?」


「えぇーっと…」


 懐からスマホを取り出した光凪は、画面を見て青ざめる。


「ゲェッ!」


 動きを止めた光凪が持っているスマホを覗き込むと、俺も思わず呻いてしまった。


「ゲェッ!」


『光凪へ。ママは何でも知っている。凛ちゃんのお母さんは病院に連れて行きます。病院は後で教えるから、凛ちゃんには心配しないように伝えましょう。それから、今回の件が終わったら、道場で再教育します。何故かって?ママはとても怒っているからです♡結月君にも覚悟しておくように言いましょうね?親って漢字は、木の上に立って見ると書きます。あなた達を見ていますよ?Fuhehe…』


 軽くホラーだ。


 いや、美月に報告されて、親に知られている事はもう諦めているが、何処かで見ているのか?


 という事は、今回凛を危険な目に合わせた俺は失点を侵した事になるのか?


 プルプルと震えながら涙目で俺を見詰める光凪に、とてつもなく疲れた俺は、頭をポンポンと叩いてやる事しか出来なかった。


「…すまん。」


「〜っ!すまんじゃな〜い!なんでバレるのさ〜!20個じゃ割に合わない!50個を要求する!うわぁぁぁん!」


「分かった…」


 泣いている光凪を連れて、何処に向かおうと考えていると、セイ君がウチに行こうと言ってくれた。


『居酒屋ぐっち』


 龍華ちゃんの叔父さんであり、セイ君の父親と母親が経営している居酒屋だ。


 まだ午前中という事もあり、無人の店舗に俺達を招き入れてくれた。


 親に連れられて何度も来ているから、俺達は違和感なく入ったが、凛は物珍しそうに辺りを見回す。


 凛には母親が無事で、病院に向かっていると話すと、心底ホットしたようで、涙を流した。


 そうしていると、龍華ちゃんとヒナちゃんがやってきた。


「お疲れー!竜星!やったなお前!」


 龍華ちゃんは店に入ってくるなり、従兄弟であるセイ君の肩をバンバンと叩き、世界大会優勝という偉業を、自分の事のように喜んだ。


「さすが龍二さんと菫さんの息子だよ!」


 そう言うのはヒナちゃんだ。

 ヒナちゃんの父親はセイ君の両親を尊敬していて、母親は過去に菫さんにお世話になった事があるらしい。


 祝勝会でもしたいが、今はそれも出来ない。


 一応主要人物が集まったので、先程の事、それとセイ君の為に今までの事を話す。


「なぁ、セイ君。セイ君は顔が知られすぎてるからさ、もしもの事も考えて、今回は参加見送らないか?」


 折角世界チャンピオンになったのに、暴力行為でスキャンダルにでもなったら大変だ。


「…いや、やっぱり雪乃にあんな事をしたやつらを見逃す訳にはいかない。俺は大事なやつらを守れるように強くなりたかっただけだ。別に肩書きなんて要らない。」


 カッケーなぁもう。

 こんな男だから俺も雪乃ねーちゃんを任せる事になんの文句もない。


 全員が尊敬の眼差しでセイ君を見つめていると、セイ君のスマホに着信があった。


 何かのメッセージを眺めた後、眉間に皺を寄せ首を傾げる。


「どうした?」


 龍華ちゃんが訪ねるけど、セイ君は無言で立ち上がり、カウンターの奥に行った。


 暫くして桐箱を持って来たセイ君は、テーブルの上にそれを置いた。


「親父から連絡があってさ、いつか必要になるかもしれないって…」


 箱をゆっくりと開くと、そこには一枚の布があった。


「なっ!こ、これは!」


 ヒナちゃんが目を輝かせて身を乗り出す。


「かつて地下格闘技界で無敗を誇ったという伝説の虎王!まさかこれはその…マスクだとでも言うのか!!」


 興奮が隠せないヒナちゃん。

 意外な一面だ。


 憧れのモノを前に、キラキラとした瞳でマスクを眺める。


 いや、虎王ってなんだよ。

 虎なの?でも、竜星って名前なんだから、竜じゃないの?


「被れよ!竜星!被って下さい!お願いします!」


 ヒナちゃんの興奮が留まることを知らない。


「…分かった。」


 セイ君がマスクを被ると、確かに虎だった。

 額には二本の雷が描かれている、紛れもない虎だ。


「…ん?」


 マスクの下に手紙のような物があり、それを見てみると、次の様な事が書かれていた。


『虎だ。獣の王、獣王サンダータイガーだ!』


 え?

 大丈夫か?

 色々混じってるけど大丈夫かな?


「カッケー!竜星!お前カッケーよ!いいなぁ〜!」


 確かに。カッケーと思ってしまった俺は、おかしいのだろうか…


 ヒナちゃんは興奮して、龍華ちゃんはクスクスと笑い、凛は困惑して視線をあちらこちらに彷徨わせ、光凪は先程のショックからまだ抜け出せずに一点を見詰め、げっそりと痩せているように見える。


「これなら俺とバレない、そういう事か。親父、感謝する。」


 セイ君の身バレが大丈夫ということで、セイ君を組み込んだ作戦を考えた。


 と言うより、セイ君が加わるならもう正面から行っても問題ないけどな。


 本来なら龍華ちゃんの仲間を呼んで、数で踏み潰す所だったけど、予定より時間が早すぎた。

 まだ数が集まっていないけど、奴らが逃げ出す前に叩き潰す必要がある。


「光凪、さっき車の中に投げ込んだ物ってなんだ?…おい!」


 絶望を漂わせる光凪は、話を聞いていないように見えて、肩を揺さぶった。


「…え?あぁ、咄嗟の事だったからさ、私の三台持ってるスマホの中の一台を投げ込んだんだよ。GPS辿って、追跡出来るようにしといた。」


 なるほどな。

 ただ、凛の言っていた倉庫の位置は調べてもらっている。

 GPSを辿るってことは、そこ以外にも拠点があるかもしれないという可能性を考えての事らしい。


 いつも背負っているデカいリュックからノートパソコンを取り出し、位置情報を確認したが、車は一度凛のマンションに向かい、それ以降は真っ直ぐ倉庫に向かったようだ。


「龍華ちゃん、後からお仲間さん来るんだよね?」


「あぁ、来るよ?人手が必要だろうからね。」


「OKだ。凛は…マンションに戻るか?」


「あのぅ、私も連れて行って貰えませんか?」


「危ないかもしれないぞ?」


「なるべく隠れてますから…どうなるのか最後まで見届けたいですぅ。」


「…分かった。お前は俺が守ってやるよ。」


「結月君!」


 何故か皆からニヤニヤという笑みを向けられ、真っ直ぐに俺を見詰めてくる凛の視線を交わし、立ち上がって宣言する。


「蹂躙を開始するぞ。」

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