第8話 パンダ急便

 美月さんが家に来た翌日、朝食を食べていてもお母さんは上の空のような雰囲気だった。


 美月さんが帰った後、お母さんはお風呂に入って、出てきてからも私と目を合わせようとせず、自室に篭ってしまった。


 結局、私はお母さんとちゃんと会話をする事も出来ず、結月君の言っていた期限を迎える事になった。


「いってきます。」


「……」


 私が学校に行く為に家を出るその時も、お母さんは虚ろな目をして私に目を向ける事は無かった。


 家を出て、私は通学路を途中で引き返した。


 マンションの入口が見える場所に隠れ、お母さんが出てくるのを待つ。


 程なくしてお母さんがマンションから出て行ったのを確認すると、私は自分の家に戻った。


 今日は結月君から頼まれた事をしないといけない。


 家の扉を開くと、当然誰もいない。

 さっきまで食べていた朝食の匂いがまだ残った静かな室内を見回して、学校を休んでしまった私はとても悪い事をしているような気分になった。


「さて…と。」


 私は物置の扉を解錠する。

 中を見ると、前に見た時よりも少しだけダンボール箱が増えていた。


 テーブルが置かれ、そこにはパソコンが1台。

 なんの為にあるのかと、電源を入れようとした時、部屋のチャイムが鳴った。


 静かな部屋にやけに大きく響くその音に、心臓が跳ね上がる。


「…っ!そっか、来たみたい。」


 インターフォンを取り画面を確認すると、作業者を着て帽子を被った男の人が映し出された。


「おはようございま〜す。パンダ急便で〜す。」


「あ、はい。今開けます。」


 パンダ急便なんて聞いた事ないけど、宅急便が届くから物置の扉を開けて待ってろって言われていた。


 部屋に辿り着いたようで、今度は部屋のチャイムがなった。

 玄関を開くと、先程の作業者ではなく、真っ黒なゴシックドレスを着て、真っ赤な唇にピアスをしている女の人が立っていた。


「ふぅ〜ん、君が結月のガールフレンドか。」


「ガ、ガールフレンド…?」


 そう言われて私は顔が熱くなる。


「あっはっは!その反応可愛いね〜。」


 笑いながら私の肩をバシバシと叩く。

 痛いですぅ…


「龍華!その子が困ってるだろう!」


 龍華と呼ばれた人を止めてくれたのは、ロックなファッションをしている金髪の女性だった。


 その隣には、大きなリュックを背負った、少女がいる。デニムのショートパンツにブラウンのローブーツ、白のTシャツには悪そうな目をしたパンダがプリントされている。

 目元はパッチリしていて、小さな唇にはニヤニヤとした笑みを浮かべている。くせっ毛なのか、少し茶色がかったショートヘアは、外に跳ねている。


 小学生かな?

 いや、それにしてはあの胸は?


 プリントされたパンダが大きく前にせり出していて、あぁ〜これが所謂ロリ巨乳なのだと、自分の残念な胸にそっと手を当て、凝視してしまう。


 いや、私はまだ成長期だ。

 これからどんどん大きくなっていくはず。

 男の人に触ってもらえば大きくなるって聞いた事あるし、そうだ、結月君に触ってもらえばどうだろう。


「〜〜っ!」


 考えてから恥ずかしくなってしまった。

 顔を赤くして立ち尽くしていると、三人に訝しげな目を向けられ、慌てて取り繕う。


「あ、あの、どうぞ。」


 龍華さんが目配せすると、三人の後ろにいた、パンダのイラストが胸と背中にあるツナギを着た五人の男の人が部屋に入って来た。


 男の人達は、ダンボール箱を抱えていて、それを物置に運んでいる。


「しっかし、君も大変な事になってるねぇ〜。」


 部屋に入るなり、持って来ていたダンボールの中身と、元々あったダンボールの中身を入れ替えている男の人達を見ながら、龍華さんが話しかけてきた。


「…はい。もう何が何だか。」


 話している私達の脇をすり抜け、ロリ巨乳がパソコンのあるテーブルの前に陣取ると、リュックからノートパソコンを出した。

 そのノートパソコンにも、パンダのステッカーが貼られている。


「それでもさ、結月に話したのは良かったんじゃない?あ、良かったのか?」


「そう、ですね…あの、皆さんは、結月君と?」


「幼馴染ってやつだよ〜。」


 そう言ったのは、ロリ巨乳の女の子。

 家にあったパソコンに持ってきたノートパソコンを繋げて、何かやっているようだった。

 ノートパソコンには、小さなウインドウが開いていて、物凄い速さで数字や記号が流れている。


「まぁ、そういう事。幼馴染の頼みは聞くもんだからね。」


 龍華さんが答えてくれた。


「私は川口龍華。そしてそっちに居る怖い顔をしているのが、羽田雛虎。んで、あのちっこい癖に乳がでかいのが、天野光凪だ。よろしくね。」


「誰が怖い顔だ!人の事言えるか!」


「ちっこい言うな!龍華の方がちっこい!」


 二人の抗議の言葉を聞き、こめかみに血管を浮き上がらせながらニコリと笑う龍華さんが差し出した手を、私は頬をひきつらせながら握った。


「よ、よろしくお願いします。葛城凛です。」


「いやぁ〜、良かったよ。結月の奴が男に興味あるんじゃないかって心配になってさ、私と雛虎で襲おうとしてたんだよ。」


「えぇ!?」


 何それ!どういう事?!


「ちょっと!男に興味があるってそこ詳しく!」


 さっきからパソコンに齧り付いていた光凪ちゃんが急いで振り返り、そこに食い付いてきた。


 それも気になるけど、二人で襲うってなに?!


 話を聞いていた雛虎さんが苦笑いで話し始めた。


「今入れ替えているDVDな、あれ何が入ってると思う?」


「まっ、まさか…」


 座っていた光凪ちゃんが、ガタッと音を立て立ち上がり、入れ替えているDVDを見つめた。


「まぁそういうやつだよ。男と男の…な?」


「ヒェッ…!」


 私にはそんな趣向はないので、単純に引いてしまった。


「龍華、それ私も一枚貰っていいよね?!」


 興奮気味に光凪ちゃんがDVDに手を伸ばそうとするのを、雛虎さんに首根っこを捕まれ止められた。


「ダメに決まってんだろ!そんな歳から腐ってんじゃねーぞ!」


「そんな…目の前にお宝があると言うのに…クッソガァァァァ!」


 本気で悔しがっている様子を見て、私は思わず笑ってしまった。


 結月君は何を言ったのか。

 それは暴れている光凪ちゃんをつまみ上げている雛虎さんを横目に、龍華さんが教えてくれた。


 ◇◇◇◇◇


 結月が黒海を訪れた日


「龍華ちゃん、エロビデオとか作ってる会社あるじゃん?」


「あぁ、あるね。」


「それって龍華ちゃんの管轄じゃない?」


「この街ではね?風俗とかそういう所で働く女は私が元締めみたいなもんかな?」


「じゃあ、この街でそんなのを勝手に作って売ってるやつって、ほっといたら不味くない?」


「そんなのがいるの?」


「そうなんだよね。しかも未成年のだよ。これは龍華ちゃんの家に知られたら大変だと思うんだけど…龍華ちゃん知らなかったじゃ不味いよね?」


「結月…あんたねぇ。フフッ…私に駆け引きなんていらないんだよ。私は約束しただろ?困ったら力になるって。」


「あ…ごめん。」


「いいよ。それで?そんな事をやってる奴が近くにいるって話だろ?」


「まぁそうなんだ。友達がさ、被害者になりそうなんだよ。」


「どうしたいんだ?」


「ホモビデオある?」


「………は?」


「いや、男と男の絡みがあるやつある?」


「おいおいおいおい。それはダメだ結月。私は幼馴染として、アンタをそっちの道に行かせる訳にはいかない。」


「え?いや、ちょっと!」


「雛虎、どう思う?」


「そりゃ、女の良さを知らないから言ってるんじゃないか?」


「そうだよね〜。結月の為に、女の良さを教えてあげるのも、私達幼馴染の役目じゃないかと思わない?」


「え?龍華ちゃん?ヒナちゃん?なんでにじり寄ってくる?」


「あたしも異論はないね。」


「雛虎もこう言ってる。良かったね〜結月。初体験が私達みたいな美女二人との3Pなんて、自慢できるよ?」


「はぁ!?ちょ!待てって!」


「龍華、私が抑えるからズボン降ろしちまえ。」


「えぇ!?ち、ちがっ…!」


「任せて。いただきま〜す!」


「アッー!待てぇぇぇぇ!」


 必死の抵抗により誤解だとわかり、結月は童貞を守ったという。

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