第7話 お話し合い

 放課後、帰り支度をしていると、クラスの女の子に話しかけられた。


「葛城さん、今日って時間ある?」


 転校したばかりで、未だ友達と呼べる人は結月君しかいないけど、その結月君とはクラスでは話さないし、今話しかけてくれた女の子とは話した事も無いのに、どうしたのかと思う。


「え〜っと?」


 困惑の表情を浮かべている私を見て、その女の子は苦笑いをする。


「まぁ、そう言う反応になるよね。ん〜…あ、きたきた!クイーンがお話したいんだって。」


 ク、クイーン?

 何度も言うけど、転校したばかりなので、この学校の人のあだ名なんか知るはずもなく、違うクラスの女の子が私に話があると言うことだけはわかり、女の子の視線を追った。


 クラスに入って来たのは、とても綺麗な女の子。

 その子が入って来ただけで、クラスの雰囲気が変わる。


 彼女が私に話しかけてくれた女の子を見つけると、手を振り合い、ニコリと笑った。


 なんて綺麗な人なんだろうと、私は息をとめた。


 その笑顔のまま一度私に目を向け、それからクラスの奥に視線を移す。

 その時は、薄らと微笑みを浮かべるような表情だったけど、その笑顔がゾッとするような冷たさを帯びた目を携えているように見えて、何事かと私もその視線の先を見る。


 そこに居たのは、とてもバツの悪そうな表情をしている結月君がいて、何となく事情は察した。


 この人が結月君の言っていた双子の妹なのだと。


 結月君が視線を逸らし、その子はため息をつき、私の方へ歩いて来た。


「葛城凛さんね?私は山口美月。ウチの愚兄が迷惑をかけているわ。少しだけ時間を頂けると助かるのだけれど?」


 私の前に来た美月さんは、とても美しい微笑みを浮かべていた。



 私は制服のまま、美月さんの後について行く。


 連れてこられたのは『Rest feather』。

 結月君がレストと呼んでいる、恐らく美月さんも知っている幼馴染の雪乃さんが居るお店。


 このお店で会った雪乃さんは高校生で、学校が終わった後に手伝いをしているという事だった。


 今日は雪乃さんの姿が見えない。

 別の人がお水を運んできた。


「こんにちはルミさん、キャラメルマキアート二つお願い。」


 私の注文も勝手に決めてしまわれた。

 呆然と美月さんの顔を眺めていると、彼女は私にニコリと笑いかける。


「ダメだったかしら?レストのキャラメルマキアートは美味しいのよ?」


「あ、いえ…ありがとうございます。」


 キャラメルマキアートなんて、飲んだことないです…

 と言うかこんなオシャレなお店、結月君に連れてきてもらう迄、同年代と二人で来ることすら無かった。


 その後運ばれて来たキャラメルマキアートを一口飲むと、香りが良く、甘くて凄く飲みやすく、頼んでくれた美月さんに感謝をした。


 その美月さんは、コーヒーカップに優雅に口をつける。その姿はとても絵になっていると、しばらくの間ジッと眺めてしまう。


「フフッ、そんなに見詰められると、少し恥ずかしいわね。」


「あ、ごめんなさいです…」


 無遠慮に見てしまった事に今更ながら気がついて、慌てて顔を伏せた。


「謝らなくてもいいわ。それより、お話をしましょう。」


 美月さんは、結月君が私の為に色々と動いているようだと、話してくれた。

 詳しい内容は教えてくれなかったけど、家族として結月君が私に迷惑をかけていないか、強引な決断を強いていないか、そんな事が気になっていると言う。


 美月さんは終始穏やかな語り口ではあるものの、何か有無を言わせぬ雰囲気を持った人で、私はこちらの方が迷惑をかけていると、何故だか分からないけど、全てを話してしまった。


 何となく、クイーンと呼ばれるのもわかる気がした。


「…はぁ、成程。それはある意味結月の動きは分からないでもないけれど、貴女は迷っているのね?」


「はい…もう、お母さんと一緒に居るのは正直に言うと嫌になってはいるんですが、それでも、お母さんなので…」


「…酷い事にはなって欲しくないと言うのね?」


「そうですぅ。ただ、お母さんもあんな事に加担しているなら、このままにしていたら他の人にも迷惑がかかりますし。」


「それで?今日話し合うと言う訳ね?」


「はい。結月君に言われた期限が明日なので、明日には結月君に連絡をすると言っています。」


 私は美月さんの真っ直ぐな視線に耐えられず、俯いたままそう話した。


「少し待ってて。」


 徐に、美月さんは席をたち、どこかへ連絡をして、席に戻って来た。


「それでは行きましょうか?」


「え?行きましょうって…何処にですか?」


「貴女の家によ。その話し合い、私も一緒に行くわ。」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 何故か美月さんと一緒に家に帰ることになり、店を出る前に学校が終わった雪乃さんが来て、美月さんから紹介をされる。


「あ、結月と一緒に居た子だ!」


 そう言って、ニコニコとしながら私の頭を撫でてくれた。

 そんな事、ここ最近お母さんにもされた事がなかったから、嬉しくて少しだけ涙目になった。


 そんな私に一瞬だけ驚いたような顔をした雪乃さんは、優しく抱きしめてくれた。

 結月君がねーちゃんと呼んでいるのが、分かる気がした。



 自宅に帰ってみると、まだお母さんは帰っていなかった。


 夕方の6時を過ぎた辺りだから、そろそろ帰ってくると思うけど、家にお友達を呼んだことがない私が、制服姿の美月さんを連れてきたのを見て、お母さんがどう思うのか、ドキドキした。


 一方、今日初めて話したほぼ他人である私の家に突然来た美月さんは、微塵も動揺していなくて、私が出した紅茶に口を付けている。


 殆ど会話をしないまま、私はお母さんになんと話せば良いかという事ばかり考えていると、玄関が開く音が聞こえてきた。


「ただいまぁ〜。」


 ゴソゴソという靴を脱ぐ音と、話し声が聞こえてくる。今日も彼氏と一緒に帰ってきたのだと、暗い気持ちになった。


 リビングに入ってくる扉が開かれ、入って来た二人は、ソファにすわっている美月さんを見て目を開いた。


「…凛?お友達?」


「あ、うん。学校の…」


「待って、葛城さん。自己紹介の前に、其方の男性には御遠慮頂けるようにお願いして貰えないかしら?」


 私の言葉を遮ったのは、二人に自分の情報を名前すら晒さない為なのだと、そこまで考えているのだと感心した。


 美月さんの言葉に、二人が訝しげな表情をする。

 ただ、お母さんの彼氏は、綺麗な美月さんを見て、嫌な笑みを浮かべた。


「あ、あの…お母さん。家族の話をしたいから…彼氏さんは今日は帰って貰えない?」


「…凛?」


 冷たい声音で私の名前を呼ぶ。

 それは怒り出す一歩前の雰囲気だった。


「お、お願いしますぅ…」


「ちょっと凛?なんで…」


 いよいよ怒り出しそうに私に詰め寄ってきたお母さんを止めたのは彼氏だった。


「まあまあ、喧嘩は良くない。いいさ、今日は帰るとするよ。お友達も折角来てるのに、悪い雰囲気になったらもう来ないかもしれないだろ?」


 美月さんを見て口元に笑みを浮かべながら、そんな事を言うのは、美月さんにも私のように変な事をしようとしているのだと思った。


 ダメ。

 私のお友達に手は出させない。


「ごめんね。凛が我儘言って。」


 なんでこんな人に頭を下げるの?


「いいよ。じゃあ凛ちゃん、土曜日ね?」


 そう言うと、お母さんに見送られながら帰っていった。


 お母さんはリビングに入ってくると、私と美月さんの前のソファに座り、ため息をついた。


「それで?なんの話なの?その子は?」


 如何にも疲れていますというような声と表情で、尋ねてくる。

 私は話始めようとするけど、前に怒られた事を思い出し、ゴクリと唾を飲み込む。

 話そうと口を開くけど、言葉が出ない。


 すると、隣に座っている美月さんがフッと息を吐き出し、私より先に話し始めた。


「私から言いたいのは、葛城さんの嫌がっている事をさせないであげてと言う事よ。」


 まさか私が友達に相談するとは思っていなかったのか、お母さんは美月さんの話を聞いて私を睨む。


「あのねぇ、何を勘違いしているのか知らないけど、凛がやっているのは…グラビア撮影みたいなものよ?中学生には分からないでしょうけど、私達親子が暮らしていくにはそれなりのお金が必要なの。凛は少し恥ずかしかったかもしれないけど、何も悪い事をしている訳じゃないのよ?」


 見下したような、呆れたような、そんな言い方で、諭すように美月さんに話をする。


 その美月さんは、お母さんを正面から見据える。


「私は今日長居するつもりはないから、ハッキリと言うわね?」


 私は美月さんの横顔を見ながら、自分が情けなくなる。自分だけではなく、お母さんもそうだ。


 本当に情けないし、とても恥ずかしい。

 こんな人がお母さんなんて、とても人に胸を張って紹介出来ない。


 私もそうだ。

 凛と言う名前を貰いながら、話も真面に出来ない。


 美月さんの方が余程、凛としている。


「貴女達がやっている事は、既に知っているわ。」


「っ!な、何を知っていると言うの?」


「未成年のわいせつな画像や動画を撮ることは犯罪よ。そんな事、誰でも知っているわ。」


「だから、それは違うと言っているでしょ?」


 しょうがない子を見るような目で、美月さんを見ているけど、私にはお母さんが焦っている事がよく分かった。それは、親子だから。


「いいえ、そういう無駄な問答はもう結構。私は警察に相談するのが一番いいと思うのだけれど、葛城さんはそれを止めたわ。何故だと思う?」


「……」


 お母さんは何も言わず、美月さんがどこまで知っているかを探るような視線を向ける。


「…はぁ。いいかしら?葛城さんが止めた理由、それは母親である貴女の為よ?彼女はね、優しかった母親が酷い事になって欲しくないと、今は自分にとても親とは思えない事をしている貴女を庇ったの。」


 美月さんがそう言うと、お母さんは私に視線を移した。

 その表情は、初めて私にお願いがあるのと言った時のような、苦しそうな表情だった。

 私は涙が溢れてきた。


「もう一度言うわよ?貴女達がやっている事は分かっているわ。それは葛城さんもよ。どうするのか、良く話し合って欲しいわね。」


 そう言うと、美月さんは立ち上がる。


「最後に一つ忠告しておくわ。貴女達がやっている事を知っているのは私だけではない。この街の闇に巣食っている人達も気づきつつある。その人達に話を通していないなら、警察に捕まるよりも、余程悲惨な目に合うのは時間の問題。生半可な制裁ではすまないから、覚悟をしておいた方がいいわよ?」


 そう言って、美月さんは帰って行った。

 お母さんは座ったまま動かなかない。


「お、お母さん…」


 私が声をかけると、ビクリと身体を跳ねさせた。


「…凛、お母さんお風呂に入ってくるから。」


 そう言うと、フラフラとした足取りで脱衣場に向かった。


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