第6話 動き出す天満月

 カチャリ


 極めて慎重に、気付かれないようにという思いが滲み出るかのような扉が閉まる音が聞こえ、私はそっと目を開いた。


 ベッドから身を起こした私は、すでに出掛けられるような服装をしている。


 草木も眠る丑三つ時、こんな時間に何処に出かけようと言うのか、とは思ったけれど、私には双子の兄が何やら暗躍している事に気がついていた。


 雪乃お姉ちゃんから連絡を貰ったという事もあるけれど、私には兄の行動くらい一目見れば大体の検討はつく。


 何より、父さんに頼まれている。


『美月、留守の間結月の事頼むな?』


『うん!ねぇ父さん、じゃあ帰ってきたらご褒美にデートしてよね?』


『ん?美月は甘えん坊だな?分かったよ。』


『やったぁ!結月の事は任せといて!』


『…美月、そのデート私も一緒に行くわね?』


『ちょ!デートって言ってるでしょ!?なんで母さんが着いてくるのよ!』


 私は結月をしっかりと管理して、父さんとデートをするという目的がある。


 妙な事態を引き起こされたら、それもご破算。


 完璧にこなしてみせる。


 結月の向かった先、それは幼馴染の龍華の所だった。何やら店の前で男達に囲まれているけれど、本当に何をしているのやら。


 結月は普段、目立たないように立ち回っているつもりなのだと思うけれど、自分で気付かないうちに、色々と目立っている事を知らない。


 学校でも、やる気のない態度をとったりはしながら、それでもいじめられていないのは、それなりに存在感があるからというのは自覚するべきだと思う。


 それにあの顔…

 私の愛している父さんと、悔しいけど美しい母さんの間に生まれたのだから、それは良い顔をしているのは仕方ない。


 中学に入学した当初、私も結月も上級生に絡まれたりする煩わしい事が度々あったけど、私はそれをねじ伏せた。それが目立ってしまい、なんだかんだと持て囃されるようになったけれど、結月の場合はいつの間にかそういうのが無くなっていたのは、裏で暗躍していたからだというのは有名な話だ。


 まぁ暗躍していたのに有名になる時点でそれは失敗だと私は思うのだけれど。


 その時から、結月自身が知らないうちに、陰で『魔王ダークネス』と呼ばれているなんて、思いもしないだろう。


 成績も、中の中辺りを維持している。

 これが私には気に食わない。


 本当はもっと上を目指せると言うのに、わざと成績を調整している。

 中学生の分際で、そんな小賢しい事をしている事と、頭のいい父さんの息子でありながら、自分は平凡ですよとバレバレな嘘をついている事にイライラして、ついついきつく当たってしまう。


 はぁ…

 まぁ今はそんな事はいいわ。


 会いに来た相手が分かったのなら、今夜はこれで帰りましょう。



 翌日、私は学校帰りに龍華に会いに行く事にした。


 龍華は私達の幼馴染ではあるものの、家が家の為、18歳を迎えたその日から、私達から離れる事を決心したと言った。


 それは家業を手伝うという事に他ならなくて、私達を巻き込みたくないという彼女の考えで、それ迄使っていたスマホの番号を変え、新しい連絡先も私達には教えず、会うためには直接会いに来なければならなくなった。


『お前達には本当に感謝してる。あんな家の娘である私に何時も変わらず接してくれた。世の中には正論じゃ片付かない事もちょくちょくあるもんだ。そんなどうしようも無い時には、私に会いに来な。お前達の為なら、私は何時でも力になる。皆大好きだよ。』


 そう言って笑いながら、黒塗りの車で去っていった事を思い出す。


 私達は親にも諭され、龍華の気持ちを汲んで、会いに来る事は無かった。


 結月が龍華に会いに来たと言う事は、それこそ変な事態に巻き込まれていると言う事だ。


 まだ開店前の黒海に着き、店の中に入ろうとすると、背後から呼び止められる。


「中坊が何してんだ?」


 ガラの悪い男が三人、私の背後から近づいてくる。


「おぉ!可愛いじゃねぇか!」


「バカお前、中坊だぞ?ロリコンか?」


 そんなくだらない会話に、私はそっとため息ををついた。


「中に居ると思うのだけれど、龍華はいるかしら?」


 そう言うと、先程までニヤニヤとしていた男達の空気が変わった。


 あぁ、成程。昨夜の結月はこうなっていたのだと納得した。


「呼び捨てにしやがって…姉さんとどういう関係だ?」


 問答無用でつまみ出される事が無かったという事は、昨夜の結月の件があるからだろう。


「お友達よ?」


 男達は私を警戒しつつも、話し合い、一人が店内に入って行く。


 黒海から男が連れてきたのは雛虎だった。


「おいおい、次は美月か。」


「久しぶりね、ヒナ。」


「…全くお前達は。まぁいいや、入んな。」


羽田はた雛虎ひなこ


 両親の知り合いである龍二さんの関係で、姪である龍華と知り合い、意気投合した事から、私達とも友達になった幼馴染の一人。


「美月〜!久しぶりぃ!」


 案内された部屋に入るなり、龍華が抱きついてきた。


「本当に久しぶり、龍華。」


 雪乃お姉ちゃんはお姉ちゃんだけど、雪乃お姉ちゃんより1つ年上の龍華は龍華と呼んでいる。


 幼馴染にはいろんな年代がいるけれど、雪乃お姉ちゃんはお世話をしてくれるのに対して、龍華は同じレベルで遊んでくれていた。


 積もる話は色々とあるけれど、先ずは聞きたい事を聞いてしまわないと。


「ん〜と、結月の事だね?」


 聞くまでもなく、話してくれるらしい。

 私は龍華に案内されるまま、部屋にあるソファに座った。




 話を終え、久しぶりにお互いの近況を語り合い、近いうちにまた会う約束をして、黒海を後にした。


 どうやら結月は、とても面倒な事に首を突っ込んでいるようだと理解した。


 自分が請け負ったのだから、自分で解決しようとしているのも何となく分かるけれど、自分の使えるものはなんでも使おうというしているのを見ると、とても身近にいる人を思い出させる。


 さて、どうしたものか。


 面倒だけれど、もう既に結月の計画は動き出していて、その着地点は葛城凛と言う女の子の今後の生活の保証という点のみを考慮したものになっているのが結月らしい。

 身内には甘いけど、敵には容赦ない。

 ただ、今回の敵には葛城凛の肉親が入っている事を忘れているのではないかしら?


 全く、子供なんだから。


 色々と頭を悩ませていると、安らぎが欲しくなった。


 あぁ…父さんの声が聞きたいな。


 その父さんといえば、現在何処かの無人島に視察に出かけている。

 今度出資する相手が、日本製のコーヒー豆の生産を考えているとかで、コーヒー豆の栽培に適している土地を探した所、その島になったという事だった。


『これをレストやイースで出したいんだよ。なんか、楽しそうな話だろ?出来上がったら美月も一緒に飲みに行こうな。』


 うん。

 父さんが楽しそうにしていると、私は嬉しい。


 ただ、問題なのはスマホの電波が届かないという事。声が聞きたくても聞けない。


 取り敢えず、留守電に父さんの声が聞きたいと入れておく。それを聞いたら連絡をしてくれるはず。


 父さんと連絡が取れるのを心待ちにしながらも、今は結月の計画の着地を、不時着から軟着陸位にまで持っていかなければならない。


 となれば、まだまだ情報が足りない。


 私はスマホを取り出し、知り合いに電話をかけながら、近いうちに葛城凛と話をしなければならないと考えていた。


『もしもーし。』


「あ、もしもし?」


『美月ちゃんから連絡なんて、珍しいね?どうしたの?』


「少し調べて欲しい事があるのだけれど、依頼を受けてくれるかしら?」


『依頼?正式な?』


「そう。請求は…母さんにでもしてくれていいから。」


『えぇ〜、そんな勝手にいいの?』


「いいの。父さんを独占してるんだから、私の我儘くらい聞いて貰わないとね?」


『ふへへ。りょうかーい。』


「じゃあマヤちゃん、依頼はね…」


 大雑把でいいから、至急情報が欲しいと伝え、通話を切った。



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