第5話 心の揺らぎ

『Cafe Ys』


【かふぇいーす】と読むらしい。

 このイースは、俺の両親と知り合いの人がオーナーで、俺も小さい頃から馴染みのある店だ。


 オーナーは『優子ちん』と言うんだけど、両親も幼馴染達の親もそう呼んでいて、小さい頃からそれを聞いて育った俺達も何時の頃からか優子ちんと呼ぶようになっていた。


 今日はここに凛を案内している。


 連日のように店等に連れて行っているが、俺の家は金持ちという訳では無い。

 そんなに小遣いを貰っている訳でもないし、何処にでもある普通の家庭だと思う。


 会社を経営しているから、多少は?普通の会社員よりも稼ぎは良いのかもしれないけど、そんな豪華な生活を送っている訳でもない。


 まぁ、生活に困らなければ両親の稼ぎなんて気にした事なんてないけどな。


 その会社も、趣味でやっているような会社だと言っているけど、その繋がりで色々な店に顔が効くし、かなり安く利用させて貰っている訳だが。


 さて、あまり時間がない。

 凛と色々な事を話さなければならない。


 口を開こうとしたタイミングで、店員がレモンティーを持って来た。


「お待たせしました。」


「あ、ありがとうございま…優子ちん?」


 持って来たのは店員ではなく、オーナーの優子ちんだった。

 わざわざオーナーが運んでくるなんて、普通だったら有り得ないんだけど、知り合いだから余り違和感はなかった。


 しかし、タイミング的にこの店舗にいるなんて思いもしなかったから、少し驚いたけど。


 その優子ちんは、俺と凛を交互に眺め、ニヤニヤとしている。


 くそっ…ここでもかよ。


『Rest feather』での雪乃ねーちゃんの視線に耐えられなくて、今日はここに来たと言うのに。


「んっふふっ。結月君、ごゆっくりね?」


「…ありがとう。」


 優子ちんが去った後、俺はため息をつき、凛と向き合った。


「結月君はお知り合いが多いですね。なんだか…すみません。私なんかと勘違いされて…」


 複雑な表情をした凛に謝られて、苦笑いしながら首を振った。


「いや、勘違いされるのは別にいいんだけどさ、あの生暖かい視線がどうにも居心地悪いだけだ。知り合いは、両親共にこの街が地元だし、俺もずっと住んでるからな。そりゃ多くもなるよ。」


「そう言うものですか?私は前の街ではこんなに色々な所に知り合いは居なかったですけど…」


 まぁそれは両親のお陰だよな。


「そんな事より、今度の土曜日に次の撮影があるんだよな?」


「……はぃ。そう言われてます。」


 凛の話では、そろそろ水着を着ないでの撮影になりそうな気がすると言う事だ。


「それで?母親には嫌だと言ってみたのか?」


「一応言いました。けど…」


 怒鳴りつけられたらしい。


 生活をどうするんだ、お前を養うのも大変なんだと、今迄見たこともないほど激昂した母親の姿を見て、諦めたみたいだ。


「道は二つあるが、どうする?」


 一つ目は、警察に駆け込む。

 時間はかかるが、恐らく現状は脱する事が出来る。

 母親も逮捕され、一緒に暮らせなくなるし、保護者が居なくなるので施設に入らなければならないが。


 ただ、施設も悪い事ばかりでは無い。

 社会に出ると、確かにハンデになる部分はあるかもしれないが、俺の知っている人はしっかりと先を見詰めていたし、目標を持てば大学まで通えるようになる。


 そんな事を知らない人は、イメージが先行して悪く考え過ぎる気がするけどな。


 二つ目は、俺に全てを任せる。

 次の土日で片をつけるから、時間はかからないが、詳細は教える事が出来ない。


 その際、凛はどうなるかというと、一人暮らしになる。保護者は母親という事になるが、会う事は無くなるだろう。


 警察に駆け込むよりは良い条件が出せると思うが、母親に情が残るようならお勧めはしない。


 この二つの選択肢を、凛には与えていた。

 さて、答えは?


「結月君、私は本当に自分の事を考えていいのでしょうか?」


「どう言う事だ?」


「ここまで育ててもらった恩もあるし、何より、昔は優しいお母さんだったんです。」


 俺は深いため息をついた。

 初めはそんな事が出来るなら何でもするとまで言っていたのに、話が具体的になるにつれ、腰が引けてきたようだ。


 しかし、幾ら昔の思い出があるとしてもだ、現状はどうなっている?

 子を子とも思わない鬼畜の所業だ、こんな事。


 それでも情けをかけたいなら、俺には最低限の事しか出来ないが。


「凛はこのままでいいのか?母親やその彼氏に玩具にされて、それで自分だけ我慢して生きていけるのか?それとも、また自殺を考えるのか?お前はバカか!!」


 俺が怒鳴ると、凛は涙を浮かべてビクリと身体を震わせた。


「でもぉ…どうしたらいいか…」


 テーブルに突っ伏して泣き出す凛を見て、俺はどうにも煮え切らない態度にムカムカしながら、凛から視線を逸らした。


 暫くそうしていると、いつの間にか近くに来ていた優子ちんから、頭を叩かれた。


「い、いたっ!」


「コラッ!結月君、女の子を泣かせちゃダメでしょうが!」


「いや、俺のせいじゃ…俺のせいか?」


「シンさんと花蓮さん、どっちに報告して欲しい?」


「ま、待ってくれよ、優子ちん!頼むから!」


 困った子を見るように俺を叱りつける優子ちんに、焦りながら取り繕う。


 親に報告なんて、背筋が凍りそうになる。


 母さんに報告されると、問答無用で叱られるだろ?

 怖いんだよな、あの視線が!


 父さんに報告されると、悲しませるかもしれないだろ?

 そしたら、母さんと美月から問答無用で叱られるだろ?

 怖いんだよな、二人の冷たい視線が!


 もうね、必死だよ。

 なんとか凛をなだめすかして、取り敢えず泣くのを止めて貰った。


 それから冷たいおしぼりを優子ちんが凛に渡して、目元を冷やすように言っている。


「ねぇ、結月君はこう見えて、凄い優しいんだよ?何があったか知らないけど、ちゃんと話し合ってみたら?」


 そう凛に話をして、店の奥に引っ込んで行った。


「もう少し時間あるし、お母さんともう一度話して見ますぅ。」


「…分かったよ。後二日。明後日が期限だからな。それまでに解決してみろよ。話しておいた件には協力してくれよ?お前の為でもあるんだからな?」


「わかりました。色々ありがとうございます。その…お礼をしたいんですけど…」


 モジモジとしてそんな事を言い出す凛に、俺は訝しげな視線を向け、口を開いた。


「礼?なんだ?ヤラせてくれるとか?」


 面白半分でそんな事を言ってみた。


 凛は一度大きく目を見開き、顔を真っ赤にさせて俯いた。

 それから上目遣いで俺を見る。


「えっと…結月君が…してみたいなら…私と…エッチな事…してみますか?」


 これって俺が冗談で言った成功報酬を、先払いでくれるって事かな?


 いや、まぁね、凛は可愛いよ?

 でもさ、俺だって初めての相手は両思いとかの彼女がいい訳で、この異常な現状で凛にも真面な判断が出来ていないのは誰の目からも明らかじゃないか?そんな中、母親の彼氏に初めてを奪われるくらいならという凛の気持ちも分からないでは無いし、誰かに無理矢理よりは、自分の判断でことに及びたいと思うのも仕方が無いことなのかもしれないけどさ、それでも、折角知り合った女の子には流されてそんな事をしてもらいたくないという気持ちもある訳だよ。だからね、俺の答えは決まっているじゃないか?


「あ、うん。してみよう。」


 いや、あれ?

 思ってたのと違う言葉が出たな。

 でもさ、これもまた仕方ないじゃないか。


 中2男子なんて性欲の塊みたいなものだし、ほら、心に反して身体が体験してみたいって言ってるんだよきっと。


「じゃ、じゃあ今から…」


 そう言った所で後ろから頭を叩かれた。


「結月君?」


「あいたっ!ゆ、優子ちん…いつから?」


「今から何をするのかなぁ〜?」


 優子ちんに聞かれたのが恥ずかしかったようで、凛は真っ赤な顔をして、俺と優子ちんに頭を下げ、帰っていった。


 俺は優子ちんに必死に弁明をして、どうにか親に報告をするという話を回避して貰い、ヘトヘトに疲れてテーブルに突っ伏しながら、スマホを取り出した。


 俺は幼馴染の一人に電話をかける。


『もしもーし。』


「あぁ、この前言ってた事な、明日頼めるか?」


『いいけど、報酬は期待してもいいんだよね?』


「報酬か…レストのチーズケーキでどうだ?」


『おお!レストのチーズケーキ20個!』


「え?おい、20個って?」


『ゴチになります!さぁ、頑張るぞぉー!』


「ちょ、20個ってなんだよ!」


『結月は太っ腹!』


「〜っ!分かったよ!20個な!絶対に失敗すんなよ!」


『りょうか〜い!じゃあまたね、結月。フヒヒ…』


 『天野あまの光凪みな

 小6女子の幼馴染だ。

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