第4話 動き出す淡月

 驚いて後ずさってしまったけれど、それは私が人に見られたくない場面を見られてしまったと、慌ててしまったから。


 自殺をする相手を目の前にすると、人はその人物を止めようとするものだと思い、止められる前にと必死に金網を登ろうとした。


 でも、全然上手く登れなくて、何度も足を滑らせながら金網の中腹までやっと辿り着いた時、結月君から声をかけられた。


「死にたいなら死ねばいい。俺には訳が分からんが、最後に俺の役にはたちそうで良かったよ。」


 余りの心無い言葉に、私は結月君を睨みつけたけど、彼は全く動じた様子もなく、一点を見詰めていた。


「な、何の事ですか?あなたの役にたつ?」


「あぁ、薄いブルーか…」


 その視線は、私のスカートの中を見詰めていて、死のうという気持よりも恥ずかしいという気持ちの方が勝ってしまい、ズルズルと滑り降りた。


 私の視線も何処吹く風で、謝罪を求めたにも関わらず「ご馳走様でした!」なんて頓珍漢な事を爽やかに告げられて、さらに私のパンツを見て下半身が反応したなんて言うから、大泣きしてしまった。


 奇しくもそれは、私のこの先の未来を見せられているようで、とても悲しい気持ちになったから。


 私が今迄撮影されていた画像はどうなってしまったのか、この人みたいに私を厭らしい目で見る人の手に渡っているのではないか。


 私は今迄溜まっていた物を吐き出すように泣いた。


 漸く涙が止まった後、私は結月君を厭らしい男代表とでもいう気持ちで睨みつけた。

 けれど結月君は優しく微笑みながら、私が泣き止む迄待っていてくれた。


 今から考えても、なんで初めて会う男の子に話してしまったのか分からない。


 私は少しずつ自分のおかれている状況を話し出した。結月君は適度に相槌を打って、私の話を促す。


 自殺しようとした所を見られたからかも知れないし、私が話せる相手が居なかったから、溜め込んでいたものが溢れ出たのかもしれない。


 それにしてもなんて話しやすい人なんだろう。


 一通り話し終えた後、結月君が呟いた。


「詰んでんなぁ〜。」


 うん。それは同意。

 だってさ…


「両親共にそんな感じなら逃げ道ないじゃん?」


「そうなんですぅ。他に道がないんです。」


 いつの間にか時間は過ぎて、体育館から出てくる生徒達の声が聞こえだしてくると、結月君は立ち上がった。


「俺は山口結月、2年生だ。お前の名前は?」


「冴…葛城凛、2年生です。」


「よろしくな、葛城。」


「えっと、まだ苗字になれていなくて、名前で呼んで貰えますか?」


「分かった。俺もさ、双子の妹がいるから、結月って呼んでくれよ。」


「あ、…はい。結月君…」


「この街の事分かんね〜だろ?今日学校終わったら少しだけ案内してやるよ。連絡先交換大丈夫か?」


「え?あ、大丈夫です。よろしくお願いしますぅ。」


「それとさ、待ち合わせ迄に考えてみて欲しい事があるんだ。」


「…はい?」


「お前はそんな両親と別れて、一人で生きて行きたいと思えるか?」


「え?ど、どういう?」


「じゃあ、また後でな、凛。」


 結月君はそう言って、屋上のドアから校舎に入って行った。


 なんだか、カッコイイ男の子だな。


 結月君の後ろ姿を見て、私はそんな事を考えてしまった。

 キラキラとした美少年という感じではないけど、多分彼の纏っている雰囲気というか、とても魅力的な色気を感じる。


 お母さんの彼氏に奪われるくらいなら、結月君に初めてを奪ってもらおうかという事が頭に浮かび、慌てて頭を振った。


「な、何を考えていたのでしょうか…」


 私も立ち上がって、スカートの砂を叩いて落とし、職員室に向かった。



 ◇◇◇◇◇


 凛からの答えを聞いたその夜、俺はこの暑い中フード付きのシャツを着て、静かに部屋を出た。


 俺の両親は仕事で何ヶ月も外泊すること多い。

 それも俺達が中学生になってからの話だけど、美月は母さんが父さんを独占しているようで面白くなさそうにしている。


 だから美月の不満は俺に向かうという、理不尽極まりない事になるのだが、こんな深夜に外出する事が出来るのも、両親が居ないお陰だ。


 絶対に美月に見付かる訳にも行かず、寝静まった頃合いを見て、そっと家を後にした。



 この街の繁華街、夜の街の一角にそれはある。


黒海くろうみ


 そう書かれているナイトクラブの前に、数人のガラの悪い男達が屯している。


 俺はフードを目深に被り、男達の横を通り過ぎようとした。


「おい、ガキが来る所じゃねぇぞ?」


 やっぱりすんなり通してはくれないようだ。

 まぁ確かに、中学生が出入りしていい施設ではないよな。


「ちょっと中に居る人に用があるんだ。」


「あぁ?…誰に用があるんだ?」


 さて、どうしたものか。

 素直に言っていいのか。


 でも誤魔化すような話もこの場では思いつかなくて、その人物の名を口にした。


龍華りゅうかちゃん、居る?」


 その瞬間、その辺にいた男達に囲まれる。


「龍華だぁ?!舐めた口聞くなよガキがぁ!」


 やっぱりそうなったか…

 もぅ、怖いんだけど。


 こんなか弱い男子中学生にだよ?

 筋骨隆々の漢って感じの人達が囲まなくてもいいんじゃない?


「お前怪しいな…ちょっとこっち来いよ。」


 その中の一人から腕を捕まれ、力任せに暗がりに連れて行かれそうになったから、俺も抵抗する事にした。


 男の手を逆手に取り、脚を引っ掛けると勢いよく倒れた。


 力には力で対応するなと言われているし、中学生の筋力ではとても目の前の男達に勝てないと思ったから、小賢しい技を使ってしまった。


 しかしそんな事をした俺を、周りの男達が許すはずも無く、俺はボコボコになるのを覚悟しながら構えを取った。


「てめぇガキ!」「何してくれてんだぁ!」

「潰せ!ガキでも容赦すんな!」


 あぁぁぁ怖いんだけど!!


 男達の怒号に冷や汗をかいていると、『黒海』の中から出てきた女の人が、叫んだ。


「何やってんだガキ一人に!」


 一括された男達は、俺を警戒しつつも女の人に視線を向けた。


 その女の人は、金髪のロングを左右から前に流していて、毛先に行くにつれて黒くなっている。

 その名の通り、虎をイメージしているのかもしれない。


 間違いなく俺の知っている人で、少しだけホッとした。


「ひ、雛虎ひなこさん!でもこのガキが!」


「てめぇら誰に手を上げようとしてるか分かってんのか!そいつは姉さんの友達だぞ!」


 そんな紹介されて、俺は酷く居心地が悪くなった。


「えぇ?!このガ…坊ちゃんが?」


 おぉ、ガキから坊ちゃんにクラスチェンジした。

 取り敢えず何とかなったと思いながら、フードを脱いで女の人に手を振った。


「ありがとう、ヒナちゃん。」


「「「ヒナちゃん!!」」」


 男達が驚愕の視線でヒナちゃんを見るも、ヒナちゃんは俺の傍まで歩いてきて、恥ずかしそうに顔を赤くして俺をこずいた。

 そして耳元に口を寄せて呟く。


「結月、あたしも立場があるからここでヒナちゃん言うな!」


「あ、ごめんね、ヒナちゃん。」


 ニヤリと笑いそう言うと、ヒナちゃんは少しだけ怒った顔をして俺の腕を掴み、店内に連れて行ってくれた。


 重低音が鳴り響く店内の最奥、VIPルームに彼女は居た。


 黒髪のセミロングをツーブロックにしていて左側を上げている。前髪は長く、右側の前髪は完全に目を隠している。

 口にピアスをしていて、真っ赤なルージュ。


 めちゃくちゃ目立つなぁ。


 そんな彼女が、俺の目当ての人物。


 ものすごく座り心地の良さそうなソファに、片足を上げて座っていて、お酒の入ったグラスを片手に、俺に笑いかけた。


「なんか外で大変な事になったらしいね!」


「そうだよ…こんな所に引き篭ってる龍華ちゃんが悪いと思う。」


「あっはっは!悪い悪い。アイツらには気合い入れとくから!」


 気合い入れるって…何すんの?!


「いや、そんなんどうでもいいんだけど。て言うか、止めてあげて!」


「そう?じゃあ、勘弁してやるか。」


「ふぅ〜。改めて、久しぶり龍華ちゃん。」


「おう!久しぶり、結月!」


 楽しそうに笑う彼女の名前は

川口かわぐち龍華りゅうか


 この街の裏側を牛耳る、黒い組織の会長さんの娘だ。


 一応、幼馴染と言える人だよ?

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