第3話 崩れ行く幸せ
私の両親は、仲良しだった。
私も両親に愛されて育ち、幸せな家族だった。
あの時までは…
ある夜、私が眠りについた後の深夜、両親の寝室から怒鳴り声が聞こえてきた。
それはお父さんの声で、お母さんと喧嘩をしている様子だった。
何かが床に落ちたような音がしたり、二人の足音が響き、私は居てもたってもいられなくなり、両親の寝室をそっと開けた。
そこには、叩かれたお母さんが床に座り込み、それを真っ赤な顔で睨みつけているお父さんの姿があった。
「ど、どうしたの?」
震える唇でそう絞り出し、私が寝室の扉の前に立っている事に漸く気がついたお父さんが、慌てて私の所に来た。
「驚かせて悪かったね。何でもないんだ。凛はもう寝なさい。」
お父さんは笑みを作ろうとして失敗したような引き攣った表情でそう言い、私を寝室から出して扉を閉めた。
閉まる直前お母さんをチラリと見ると、床に伏せたまま静かに泣いていた。
その日は当然それ以上眠れるはずもなく、ベッドの中で目をつぶり、朝を迎えた。
お父さんが何時もより早く家を出て行く音を、ベッドから確認して、私も起きて学校に行く準備をし、家を出た。
私が学校に行くまで、お母さんは部屋から出て来る事はなかった。
その日から、家の中は冷たい空気が流れるようになった。
お父さんは私が眠った後に帰って来るようになり、殆ど顔を合わせる事もなくなったし、お母さんは何時も私に気を使うような笑みを浮かべ、「ごめんね」と言う。
お父さんはお酒を飲んで帰って来ているらしく、帰って来てはお母さんを叩いたりしていたようで、私が気づかないうちに、お母さんの身体には痣が沢山残るようになっていた。
お父さんはお酒を飲む為に、お金を沢山家から持ち出して、生活は苦しくなっていった。
そうしていくと、あんなに好きだったお父さんに、私も良い感情を持たなくなってきたし、何より、あの寝室で見たお父さんの姿が頭から離れなくて、お父さんが怖くて仕方がなくなっていた。
そして決定的な事が起こる。
私が家に帰ると、お母さんがリビングのテーブルに顔を伏せたまま、泣いていた。
「お…母さん?」
恐る恐るお母さんに声をかけると、顔を上げたお母さんは、顔中に痣が出来ていて、腫れ上がった顔で、私を見つめた。
「凛。お母さんね、家を出て行こうと思うけど、凛はお母さんと来てくれる?」
私は泣きながらお母さんに抱きついて、何度も頷いた。
私は最後にお父さんに手紙を書いて、お母さんと一緒に家を出た。
お母さんは家を出て行く準備を前もってしていたらしく、電車をいくつも乗り継いで、この街に辿り着いた。
それが、一学期の終わりの事。
夏休みの終わりには、私の苗字は『冴木』から『葛城』に変わっていた。
これはお母さんの結婚前までの苗字で、それはお父さんと離婚したという事を私は理解した。
急に苗字が変わったから、私はまだ苗字で呼ばれる事に慣れていない。
新しい家は、前に住んでいた場所より綺麗なマンションで、部屋が三つあった。
一つは私が使っていいと言われ、もう一つはお母さんの寝室。もう一部屋は、物置だという事だった。
引っ越してきてから、お母さんは明るくなった。
でも、それは私が見たことも無いようなお母さんで、まるで別人のようだと思ってしまった。
夏休みの中盤になって、お母さんは働きに出ていた。仕事も引っ越す前から決めていたらしくて、私の知らない事ばかりだと驚いた。
そんなある日、仕事から帰って来たお母さんは、暗い顔をしてリビングのソファに座っている私の前に座った。
「凛、お願いがあるの。」
お父さんと離婚して、私達の生活は大変になってしまったとお母さんは言った。
お金がないのだと。
だから協力をして欲しいと言われた。
私はまだ中学生だから、新聞配達位しか出来ないと思っていたけど、お母さんがお休みの日に、私はある場所に連れていかれた。
何か倉庫のような場所で、そこで私は水着に着替えさせられた。
数人の男の人達がいる中、私は写真を撮られた。
私は何が何だか分からなくて、それにとても怖そうな人が何人もいて、撮影されている間、助けを求めるようにお母さんを目線で探した。
お母さんは、その中の一人ととても仲が良さそうで、私の事なんか見ずに、その人とニコニコ話をしていた。
家に帰ると、お母さんは物置に入り、暫く出て来なかった。
そういう事が何度も続き、水着の面積がどんどん狭くなっていくのに泣きそうになりながら、この先どうなるのかと不安が隠せなかった。
最初の撮影の後、お母さんが入って行った物置に何かがあるのかと、物置に入ろうとするも、鍵がかかっていて、入れなかった。
そこに何かがあると確信していた私は、どうにか物置に入ろうと思い、ネットで知識を得て、私には才能があったのか、ピッキングの技術を手に入れた。
ある時、お母さんから彼氏が出来たと知らされ、撮影の時に何時もお母さんと話している人を紹介された。
私はその彼氏があまり好きにはなれなかったけど。
夏休みの最終日、私は意を決して物置の扉を開けた。
部屋の中には、ダンボール箱が沢山あって、私はその箱を開いた。
中には大量のDVDが入っていて、何が入っているか分かるようにか、マジックで番号が振ってあった。
【C-1】【C-2】【C-3】【K-1】【K-2】【K-3】
K-1?格闘動画かな?
なんでそんな物が沢山?
私は訳が分からなくて、次の箱を開いた。
そこには、私くらいの歳の女の子が、撮影されている写真のアルバムが沢山あった。
「…私と同じだ。」
女の子達は水着を着ていて、水着の面積が次第に小さくなっていく。
そして最後には、何も着ていない女の子達が写されていた。
「…っ!なに!コレ!」
私は怖くなって、箱を閉じた。
その時、家の鍵を差し込む音が聞こえ、お母さんが帰って来たと、慌てて部屋を出た。
【K-1】と記入されているDVDを一枚持って。
自分の部屋に急いで入り、ベッドに潜り込む。
「ただいま〜。凛?居ないの?」
お母さんの声が聞こえてきたけど、今は顔を合わせたくない。
私はベッドで眠った振りをした。
目をつぶっていると、部屋の扉が開いた音が聞こえた。
「寝てるじゃん。」
「そうみたいね。」
彼氏も一緒に帰って来たらしい。
「可愛いな。」
「もぅ、ロリコン。」
「違うって、仕事だからな?」
「凛ともするんでしょ?」
「仕事だからな?」
「嬉しい癖に。」
「仕事にやり甲斐を感じて何が悪い?今はお前としたい!」
「んっ…、ダメよ。部屋に行きましょ?」
「だな。しかし、本当に良い子だ。どんどん金を稼いでくれるじゃないか?」
「ふふっ。金の卵を産むニワトリみたいなものよ。」
「随分辛辣だな。嫉妬か?」
「違うわよ。それより、部屋に行きましょ?」
部屋の扉が閉まった音が聞こえた後、私は涙が止まらなかった。
持って来たDVDを再生すると、そこには高校1年生の女の子がお母さんの彼氏としている動画が映し出され、自分の未来を知った。
そして翌日、始業式の日。
私は学校の屋上の扉の前に居た。
鍵が閉まっていたけど、ピッキングで開けて、屋上に出た。
死のう。
そう思い、暫く屋上から遠くを見詰めていると、男の子に話しかけられた。
結月君との出会いだった。
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