完全純情恋愛講座

日和かや

第1話 二宮麻依の恋

もう桜も散り終わろうとしている4月のとある放課後。

春日影はるひかげ高校北校舎3階の「恋愛研究同好会」と入口に手書きの紙が貼られた生物室で、それは始まった。


教卓の前に立っている会長の川上一かわかみはじめは、4人の女子会員と女性顧問教師に向かって朗々と語りかけた。


「恋とは実に不思議。ミステリーだ。好きな人を前にしただけで胸が高まり、頬が熱くなる。自分で気持ちのコントロールが出来なくなり、子孫を残すためのはずだが…、恋愛で身を滅ぼすこともある。――恋とは一体何だろう」


川上はそこで一呼吸おき、銀縁メガネのブリッジを中指で押し上げた。


「――というわけで、そんな恋について考える『恋愛研究同好会』第一回の活動を始める!」


会長の宣言に、一同大きな拍手で盛り上げた。






「さて、記念すべき第一回目は、我らが会員1年生の二宮にのみや麻依まいくんの片想いの話から――」


教卓の横に椅子が用意され、二宮麻依がそこへ座った。

黒板の前で川上がチョークを手にし、窓際には顧問で生物教師の六倉むつくらりんが白衣姿で事務用回転椅子に座って足を組んでいる。

艶やかな黒髪を常に夜会巻きでしっかりと纏めたクールビューティーな20代の教師だ。


二宮は恥ずかしがりながらも、話しはじめた。


「あたしが好きなのは、生徒会長の瀧澤たきざわ鷹親たかちか先輩です」


真新しい制服の袖がまだ少しだけ長く、照れを隠すようにその袖を引っ張ったり擦ったりしている。


「小学生の時に運動会で同じグループになってからずっと好きで、高校も追いかけてきたんだけど、恥ずかしくて声を掛けられなくて…。何かきっかけとかあればいいんだけど」


伏せ目がちにもじもじとしている二宮に、川上が男としてのアドバイスをした。


「――まずは目を合わせることからだな。目が合う回数が多い。笑顔を向けてくれる。最初は些細な会話からでもいい。ぶつかった時に『ごめんなさい』と言ってくれる。消しゴムを拾った時に『ありがとう』と言ってくれる。そして!『おはよう』と言ってくれる!それだけで!ちゃんと!その女の子が自分のことを好きなんだと分かる!!ちゃんと分かるんだとも!!」


川上は自らの経験を元に熱く語るが、二宮は「でも」と恋する乙女の瞳で言った。


「なんとも思っていない相手だったら目を合わせるのも話すのも全然平気なんですけど、瀧澤先輩は素敵すぎて…眩しくて目を合わせるなんてとてもとても出来ないし、緊張して声も出せなくなっちゃうんです」


「……そうか」


瀧澤を思い出して火照った頬を両手で包む二宮にしっかりと目を見て話され、川上はこれ以上自分に出来ることはないと、アドバイスを断念した。

川上は瀧澤と去年一昨年と同じクラスだったが、属性が違いすぎて話をしたことがない。

おそらく瀧澤の方は川上と同じクラスだった認識はないだろう。

故に、紹介する能力も持ち得ないのだ。



「直接話をしないで仲良くなるきっかけを作るって難しいよね。委員会は今からじゃ遅いし」


2年生の四谷よつたに藍良あいらが顎に手を当てて考えている。

四谷は二宮を恋愛研究同好会へ誘った中学時代からの先輩で、ゆるふわ系のお姉さんといった感じの女の子だ。


「あ、ねえ。気休めだけどおまじないとかしてみる?」


四谷と同じクラスの三神みかみ紗枝さえが提案する。


「消しゴムに好きな人の名前書くとか…」

「あー、あったあった。うちは相合い傘だったけど、小学生の時やってる子いたよ。誰にも触らせずに使い切れば両想いになれるんだよね」

「それ聞いたことあるけど、うちの方では名前をハートで囲むとか緑のペンで書かないといけないとか言ってたな」


四谷と3年の黒髪長髪美女の五十崎いそざき椎菜しいなが盛り上がっていると、川上が水を差してきた。


「消しゴム忘れたからちょっと貸してくれって言われた時貸さないと感じ悪くないか?」

「そこは…ほら、2つ持ってきとくとか」



「あ。ノートに好きな人の名前99個書いて100個目を本人に書いてもらうと両想いになるっていうのも、昔少女漫画で読んだことある」


三神が他のおまじないも思い出した。


「でもいきなり名前書いてくれって怪しくない?」

「アンケートって言うとか?」

「瀧澤鷹親を99個って結構キツイね」


その言葉を待っていたかのように、勝ち誇ったていの川上がメガネを光らせて絡んできた。


「まったくだ。331なら、19162416を1個書く間に10個は書けるんだがなっ!」


川上が1人でそんなことを言っていたが、その間にも、三神が四谷の左手首のブレスレットに気付いて声を掛けた。


「ねえねえ、藍良の付けてるのって、もしかしてローズクォーツ?」

「うん。縁結びの神社で買ったんだ〜」


ローズクォーツと水晶とカーネリアンで出来たブレスレットは、ただの丸い珠を繋げたものではなく、花の形に細工がしてある可愛いものだった。


「いくらくらいした?」

「んー。3千円くらい」

「高っ」


「お。噂をすれば」


川上が会話に加わる隙を見つけられず窓の外を見ていると、校門前にたまたま瀧澤の姿があった。


「今帰るところみたいだな」


一緒に帰ったら?と言いたいところだが、瀧澤の隣にはすでに女の子がいた。


「副会長の御所車ごしょぐるまか。あの2人ちょっといい感じなのよね」


六倉の言葉に一同無言になってしまったが、四谷が重い空気を変えようと、敢えて明るい声で言った。


「あのね、縁結びの神社いいよ〜。なんか心が洗われる感じがするし行ってみたら?」


しかし、五十崎が別視点からの提案をする。


「日本史の野里のざと先生が大学時代民族信仰の研究をしていたそうだけど、丑の刻参りは怨霊信仰の神社の方がいいらしいわよ」


「――えっ?えっと丑の刻参りって…」


五十崎が飽くまでも真剣な表情のため、二宮が笑って受け流すことも出来ずにいると、六倉が苦笑して助け舟を出してくれた。


「さすがに今の時代、丑の刻参りはないんじゃない?」


そしてスマホを取り出して自らの購入履歴を見せながら、経験者としてのアドバイスをしてくれた。


「ブードゥー人形の方が可愛いし、ネットで簡単に買えるわよ」


画面には色とりどりの人形が写っていたが、どれも口を縫い閉じられ、左右不揃いな目をしていた。


「先生!藁人形だってネットで買えます!」


五十崎が反論するが、六倉は構わずに続けた。


「用途によって色が違うの。諸説あるけど、恋愛だとピンクか赤、怨恨だと黒がいいわね。願望成就のまじないは、月が満ちていく時期、逆にのろいを掛ける時は月が欠けていく時期にしてね。ブードゥー人形も今はいろんな店で買えるけど、この店の物が一番効果があるのよ。中に対象となる相手の髪の毛や爪、体液なんかを入れて使うの。あと目的別に必要なマジカルオイルとインセンスを…」








――そうして、二宮の恋を成就させるべく皆が提案したものを、川上がすべて黒板に書き記した。

どうでもいいことだが、意外にも綺麗な文字だった。


1. 相手の目を見て微笑みかけ、挨拶する

2. おまじない

 ・消しゴムに名前を書いて誰にも貸さず使い切る

 ・ノートに99個名前を書いて100個目を本人に書いてもらう

3. 縁結びの神社に行く(3千円のブレスレットを買う)

4. 丑の刻参り(怨霊信仰の神社推奨)

5. ブードゥー人形

 ・ピンク(恋愛成就)

 ・黒(御所車を呪う)



「こんなところか」


川上はすでにある種の達成感を感じていたが、まだこれで終わりではない。

恋を叶えるために何が効果的か、結果を出してこその恋愛研究同好会なのだから。


「じゃ、ひとつずつ検証していこう。まず明日は1から」


「まま待って!待ってください。これ全部やるんですか!?」


焦る二宮に味方はいなかった。

全員が結果を求めて頷いた。


「あのっ。あたしやっぱり見ているだけでいいです。今はそれで満足だってわかりました!」



恋愛研究同好会、第一回目のテーマは、残念ながら被験者の確固たる辞退の意思により検証は見送られた。






二宮は相変わらず瀧澤を遠くから見つめる日々だが、取り敢えず会員には内緒で消しゴムに瀧澤の名前を書いて、縁結びの神社には行ったのだった。

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