役を離れたら小生意気なガキ 1

 たった1つの豆電球だけが頼りの薄暗い独房で、ガシャガシャと耳障りな音を立てながらジェスタフは耳を押さえて震えてうずくまる部下を冷たく見下ろしていた。


「全く、俺が2年かけて育てたお前が、まさか女子高生1人拉致することもできないとは失望した。技量以前に精神が弛んでるとしか言いようがねーな」


「す、すいません……少尉! まさかあのガキがスタンガンなんて持ってるとは……ぐえっ……うぎゃぁぁぁあぁぁッ!!あぁぁ……」


 部下は床に手をついて失態について詫びを入れるが、間髪入れずにジェスタフは髪を鷲掴みにして部下の頭を上げると、口に何かを詰め込んで、またガシャっと音を鳴らした。

 彼が持っているのはどこの家庭も持っているような、ありふれたホッチキスだ。本来紙にしか使わないそれを、拷問道具として部下の舌と耳に使った。それだけである。

 口からダラダラと血の混じった赤い唾液を涙と共に垂れ流し、舌に突き刺さった針を爪で引き抜こうとする部下の頭をジェスタフは踏みつけ、床に擦り付ける。


「お前が無能と思い知らされたのはこれが初めてじゃない。二度あることは三度あるって言うが、俺がそんな大物に見えるか?」


 はいともいいえとも返せない問いかけに、部下は言葉に詰まった。

 ジェスタフが外に控える部下を大声で呼びつける。


「クラテッロ!」


「ハッ!」


「コイツだけじゃ全く使えん。お前も一緒に向かい、例のガキを俺の前に連れてこい。この際もう口さえ利ければ状態は問わん。発砲も許可する。今からお前がコイツに変わり兵士長だ。クラテッロ兵士長」


「光栄です」


 すると、ジェスタフはホッチキスを兵士長の鼻先にちらつけて、呻くように彼もまた脅した。


「ただし、お前もまた失敗したら……お前ら2人で男同士、ディープキスの刑な。これと違って工具タイプのホッチキスは針が立派だぞ?」


 そう言って、ガシャっとまたホッチキスを鳴らして針を床に落とした。兵士長がゴクリと生唾を飲み込んだ。ジェスタフの梟のように大きく無機質な瞳が彼を睨め付ける。


「行け! 明日の日の出までに戻らなかったらたとえ連れてきてもディープキスだ!」


「ハッ!」


 ジェスタフが手を振ると、兵士長は元兵士長に肩を貸して退室して行った。入れ違いに、上半身裸のアリーフが箒を持ってやってきた。その頭には白髪が特徴的な天使のように美しい色白の少年が眠たげに乗っている。

 マシュー・リウというジェスタフとアリーフの異母弟だ。


「お前服はどうした」


「全部洗っちゃった」


「ダメだろ、お前は若いし美人なんだから他の連中に変な気を起こさせるだろ」


 ジェスタフはそう言って、アリーフの胸から顎にかけての逞しくも白い肌を人差し指で撫でた。アリーフは気にも止めずに掃除を始める。


「まーた針を無駄遣いして。安いと言ってもホチキスは拷問道具じゃないっての」


「いや、傷もすぐに治る上、ハンマーやアイロンみたいなガチのヤツと違って、激痛の割に誤って殺すこともないから意外と優秀な拷問道具だ。物は使いようってことよ」


「ごうもんどうぐって何?」


 前屈みになって針を箒で掃くアリーフから振り落とされないように、小さな湿った手で彼の髪を握り締めるリウが、ジェスタフに知らない言葉の意味を尋ねた。


「りっくんは知らなくていい言葉だよ。こんな薄暗いとこにいたらお前の目が悪くなる。さぁにぃにと一緒に寝ような」


「また絵本読んでくれる?」


「もちろん」


 ジェスタフは、気味が悪いくらいさっきまでとは打って変わって穏やかな顔でアリーフからリウを持ち上げると、とろけそうな笑顔で頬を擦り付けた。腰にマチェットナイフをぶら下げ、舌にホチキスを刺せるような人間でも、慈愛の心は忘れてないことに強烈な違和感を感じずにはいられない。

 アリーフは集めたホチキスを壁の隅に寄せると、箒を立てかけて退室したジェスタフの後ろをついて行った。廊下には点々と血の跡が続いていた。

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