chapter5
「やってらんねー」
緑化ゾーンとしてガイドブックにも載る競技場外れの憩いの場……大人の事情で言えば、なんのスペースも作れなかった場所。
一応の目玉としてあるミストシャワーを浴びながらレイタは文句を言う。
「こんなことなら家でゲームしたほうがマシだ」
「まあそういうなよ」
ミストでメガネが濡れ、不機嫌そうにレンズを服の裾で拭きながらユウキは宥める。もう何度拭いていることだろう。
「内申点稼ぎにはいいじゃないか」
「そうはいうけどさぁ、実際やってるのは駐輪場の整備だぞ? 俺たちは。なにを学んだっていうんだよ」
レイタは剥き出しの駐輪場を指差した。
レンタサイクルからマウンテンバイクまで、さまざまな種類の自転車が雑多と置かれている。
まるでサイクルショップか、ガラクタ置き場のようだった。こんな炎天下に自転車でくる物好きは少なく、お陰で日陰の恩恵にあずかっているのだが。
「オリンピックもどーせ録画でしか見れないし、メリットなさすぎだろ」
「うるさいな。ボランティアに参加しなかったらしなかったで『突っ立ってるだけで大学入学できるのはいいな』とか嫌味言うだろ」
「言わねえし」
「いいや言う」
「言わない!」
不毛な争いにもすぐ疲れ、レイタはスマホを取り出す。
すぐに熱され動作が重くなるので保冷剤は欠かせなかった。
「あーあ、なんか面白い客が来てくれないかな。そしたらツイッターに書いてバズるのに」
「おまえの文章力じゃ無理だろ」
「いけるし」
「無理だし」
ツイッターを開くが、他の仲間もやはりボランティア中らしい。投稿はない。
動きのない画面にウンザリとため息をつく。
「つまらん」
「ビックニュースなんて早々ないだろうに」
彼らの後ろ、競技場から突然轟音とも間違える人々の声が聞こえた。驚いた鳥たちが休憩していた木々から一斉に飛び立つ。
「なんだ?」
「有名人でもきたんじゃね」
「どんな有名人なんだろうな」
なんとなく日本の芸能人を脳裏に描きながら二人は振り返る。何の気なしに。ここから競技場の様子など見えるわけがないのだから。
――競技場より高くそびえるものなら、見えるが。
「え」
「なんだあれ」
黒々とした液体が吹き上がっていた。
「石油か?」
ユウキがメガネの奥で目を大きくさせる。
「よっしゃ! ビックニュースじゃねえか!」
嬉々としてレイタはスマホのカメラを起動して液体の方に向けた。
「いやバカ! これ絶対にマズイって、逃げよう! なんか変だ!」
「大丈夫だよ、ここまで来るわけない」
根拠のない自信とともに一分あまりの動画を撮る。
その間にユウキは鍵をかけ忘れた自転車を見つけ(見回りの時に気づいていた)後ろも振り向かず、一人逃げていった。
「あーあ。大げさなんだって」
レイタは笑いながら送信ボタンを押す。
この周辺に人がたくさんおり、当然電話やらインターネットを使っているためか、電波が悪い。しばらくローディング画面が流れる。
「早くしろよ。特ダネなんだから」
いらいらとレイタは呟いていると、写真はようやく投稿された。
「やったぜ!」
その声は飛び散る真っ黒な液体の中に消えた。
それからおよそ十分。
その動画は100リツイートをこえ、1000ツイートをこえ、5000ツイートをこえていく。
投稿主が消えてもなお。
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