chapter2
学校の外はお祭り騒ぎだというのに、学校の中は通夜モードだ。
模試で基準点に行かなかった不合格者ども(俺とか)は教室という牢獄に閉じ込められている。
「俺もお前らと全くおんなじ気持ちだよ」
見張り……もとい、自習監督の担任はウンザリとしながら言った。
多分この教室にいる俺たちもそっくりの表情を作っていることだろう。
「補講さえなけりゃ俺だって、自宅でキンキンに冷えたビールを飲んで生中継を見ていたのによ。八人も追試だと宿題出すだけじゃ済まないんだよな、こっちも」
「それは難しい問題を作った先生にも問題があるのでは?」
「冷房切るぞ?」
それは担任も自爆するのではないか。死なば諸共みたいな感覚だろうか。
「あーあ、世間はオリンピックなのに。なんでこんなにつまらないことしなきゃならないの?」
ギャルが言った。外見は俺らの中で一番派手だが、点数は俺らの中で一番良かった。
ゆえに一日補講を免除されている。ずるい。
「オリンピック見るのか?」
「みないけどぉ」
「じゃあいいじゃねえか」
休憩時間でもないのにくだらない話に花を咲かせるあたり、担任もめんどうくさくなって来たようだった。
「誰かこの中で生でオリンピック見に行くやつは?」
「俺でしたけど」
過去形である。
ぶすくれている原因はそれだ。
「補講入ったから両親と妹だけで行きました~。しかも泊まり」
「自業自得だろう」
「先生はなにも思わないんですか!若者の学びのチャンスをとったんですよ!」
「学びの場で言うかそれ? おら、続きやれ続き。田口、携帯没収すんぞ」
後列に座っていた金髪の頭が眩しい田口は、食い入るようにスマホを見ていた。
「田口!」
「先生! これ見て!」
今まで聞いたことのない真剣な口調だった。
スマホの画面はSNSだ。動画が流れている。
ぞろぞろとみんなで集まって凝視する。画像は粗いものの、完成後から何度も何度もテレビで見たオリンピック会場が、オイルか何かをぶちまけられたように真っ黒になっている。
「うわ、なんだコレ…フェイクニュース?」
「違う、みんな同じ内容ばっかだ。なんか、オリンピックに何か起きたんだよ!」
担任はにわかには信じられないという顔をする。
「タチの悪いデマだろ。誰か本物と証明できる?信用できないシロモノじゃないか」
「でもさぁ!」
言い争う二人を横目に俺はこっそりとスマホを見て――目を剥いた。妹からの着信が夥しい数、入っていたのだ。
掛け直そうとした時、相手からちょうど掛かってきた。あわてて通話ボタンをタップする。
「もしもし、ミサキ!?」
『お兄ちゃん!』
穏やかな性格の彼女にはあまりにも珍しい、キリキリとした叫び声だった。
『パパともママともはぐ――ゃったの!』
電波が悪い。
『へんな――が流れてきて…二人がどこにいる――とか知らな――』
「知らない! なにが起きた!?どうしたんだ、ミサキ!」
八人の視線が俺に集まっているがどうでもいい。ただの迷子ではないのは分かった。なら、今なにが?
『わか――い! ドロドロした――がきて、今高いところに逃げ――』
何か、嫌な音が電話の向こう側でした。表現しにくいが…むかし、家族で見に行ったダムの放流のような。
直後にばきばきと崩れるような音が聞こえた。
『やだ、建――にドロド――がかかった!』
「ミサキ!?」
『溶け――!? 崩れてる!? 分――ない! ――だよ!』
電話先の後ろで聞こえる悲鳴が、ノイズとともに妹の声をかき消す。
『お兄ちゃん!』
甲高い声が鼓膜に響く。
『お兄ちゃん、お兄ちゃんっ! 助けて! 怖いよっ! お兄ちゃん、助け』
轟音とともに通話は切れた。
手からスマホが滑り落ちる。床に叩きつけられ、画面にヒビが入る。俺はその様子をただ見つめていた。
周りもなにも言わなかった。予鈴のチャイムだけが、虚しく響いた。
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