ラブレター

@sasso

一通の手紙

 拝啓 君へ

 突然だけど、僕が今から君に送るこれはラブレターです。

 僕が一年間温め続けたこの気持ちを文章に掘り起こして君に送ります。

 君はきっと読んでもくれないと思うけど、いつか読んでもらえる日が来ることを期待しながら書きます。

 僕と君が出会ったのは今から一年前。二〇一九年の夏。僕たちの高校は文武両道を掲げた名門私立高校で、隣県からも志願者の集まる進学校だったね。かくいう僕も地元では神童と呼ばれていたんだ。昔の話だけど、ちょっとした自慢なんだ。

 僕がこの高校に入学したのは、強豪の野球部に入り甲子園に出場するためと、自分より優れている人間と出会いたいと思っていたからだ。後者については、今となっては驕っているとしか思えないけど当時は本気でそう考えていたんだ。

 そしてこの高校はそんな僕の目的を達成するためにはうってつけの場所だった。同級生は全員何かしらの才能を発揮していて、メディア等で見かけたことのある人もいた。全員が全員、自分にプライドを持っていて弱者など存在しない、強者のみが集まる場所だった。僕はこれから始まる高校生活に胸を弾ませずにはいられなかったよ。

 しかし、その中でも君の存在は異質で特別なものだった。君は僕のことをしばらくの間知らなかったようだけど、僕は最初から君のことは知っていた。いや、誰だって知っていたさ。君は学校中で話題の人だったから。それほどまでにあれは衝撃的だった。

 入学式での代表あいさつ。それは毎年入試の主席が行うものであって、つまり勉強という分野において一番才能を発揮している人が誰か明らかになる最初の行事だ。みんなどんな人が出てくるのか気になってしょうがなかったようだ。実際、入学式が行われている間もそのことで体育館は少しざわついていた。みんなの心が昂っているのが手に取るように分かった。

 そしてついに教頭が君の名前を呼んだ。凛とした返事の後、僕の斜め前の少女が立ち上がる。その少女の髪は深淵を連想させるほど黒く、透き通るほどの白き肌と合わせてコントラストが美しい、まごうことなき美少女を表していた。君に注目が一気に集まる。君はそんな周りの視線をはねのけるように進む。いつの間にかざわつきは止まり、体育館にいる全員が君の一挙一動を見逃さないように目を凝らしていた。僕も例外なくその中の一人だったよ。そうであるがゆえに君の言い放った言葉はみんなにとっても僕にとっても衝撃的だった。

「私はこの学校はつまらないと思います」

 その言葉にみんな耳を疑わずにはいられなかったはずだ。だって、この学校に通う全員が他の平凡な学校と違う魅力溢れる学校だと思って入学したわけだからね。

 それでも君だけはそう考えていなかった。まあ、夏になると僕もそれに気付くわけだけど、その時の僕は気づくどころかそれをきっかけに君に敵対心すら抱いていた。話したこともない同級生にいきなり悪態をつかれたようなものだしね。でも、君がその言葉の意味をしっかり説明しなかったことも悪いと思うよ。だからこの件についてはお互い様ということにしよう。

 そんな事件もあって、新学期早々、君は一人でいるようになった。同じクラスだったからね。君の様子は自然と目に入った。この時、僕はうれしくて仕方なかったよ。調子に乗った阿呆に降りかかった当然の結果だと思っていた。入学式で君に見惚れていたこともどこかに消えてしまったみたいだ。僕はクラスでも比較的尊敬される側の人間だったこともあって一人でいる君を見下していたんだ。それでも君はそんなこと関係ないようだったけどね。もしかしたらこの時は僕という存在すら認識していなかったのかもしれないね。

 だから、僕たちが出会ったのはやっぱり一年前の夏だと言うべきだ。

 順調だった僕の高校生活に暗雲が立ち込んだのは君と出会う一か月前のことだった。梅雨明けでグラウンドが少しぬかるんでいるときだった。僕は野球でセカンドというポジションだったのだけど、練習試合で守っていた際、相手選手と二塁ベース上で交錯してしまった。左足首の靭帯を痛めてしまったんだ。全治まで二,三か月は必要だと言われ、僕はリハビリ生活を余儀なくされた。

 この時は最悪の気分だったよ。これから本格的に練習を行っていくはずだったんだ。だからなのかな、自暴自棄になってしまって少しずつ勉強もリハビリも怠るようになっていった。さすが地方有数の進学校とでも言うべきか、授業についていけなくなるのはあっという間だったよ。そこからは慕ってくれていた友達やチームメイトが一人ずつ離れていって、最終的には僕の周りには誰も残らなかった。もう僕は落ちこぼれに成り下がっていたんだ。

 そんな時だよ。君を見かけたのは。

 もうグラウンドにも行けず、学校内をうろついていた時。二〇一九年の夏。

 誰もいない放課後の図書室で、君は一人佇んでいた。その光景が言葉にできないほど綺麗で、僕はあんなに見下していた一人ぼっちの君をカッコいいと思った。

 そして、気が付いたら僕は君に声をかけていた。

 それから僕は毎日図書室に通って君に話しかけるようになった。君が返事をしてくれるようになるまで三日かかったり、僕の名前を憶えてくれるようになるまでそこから一週間かかったりしちゃったけど、それでも楽しかった。君は僕の肩書ではなく内面を見続けてくれたからね。他の連中は自分と同レベルの肩書や才能を持っていなければ関わろうとはしてくれなかった。ここはそういう人間の集まる高校だったんだ。もしかしたら君が入学式の代表あいさつで言い放った言葉はそういう意味だったのかな。いや、そうに違いない。

 君と話すようになってから僕は少しずつ前を向けるようになった。すぐにけがを治して野球の練習を始めたし、授業には以前以上に集中して取り組むようになった。離れていった友達やチームメイトも戻ってきて、優秀な成績とレギュラーですらも獲得することができた。

 全てを手に入れた僕だったけど、君と話すことだけは辞めなかった。君といるといつでも正しい自分でいられる気がしたんだ。今思うとこの時には、とっくに君に恋していたのかもしれない。君は前にも増して嫌そうに対応するようになったけど、君の笑顔も増えていったのを僕は見逃さなかったよ。毎日、何気ない日々だったけど、それも全て大切な思い出だったんだ。あまりにも多すぎるから詳しくは書かないけどね。

 そして、二〇二〇年は始まった。僕はこの時、決めていたことがあったんだ。もし甲子園に行くことができたら、僕はその報告を土産にして君に告白しようと決めていた。

 覚悟を決めてからは練習にもより一層精が出るようになったよ。それと比例するように君との思い出もどんどん積み重なっていった。ここまでは本当に順調だったんだ。

 二〇二〇年、二月。隣国の農村部から新型ウイルスが発生した。そのウイルスは絶大な感染力を持っていて、世界中に広まるのにそう時間はかからなかった。

 それは日本でも同じだった。予定されていたオリンピックは延期され、史上初の緊急事態宣言も出された。僕たちの高校も休校になり、部活が出来ず君とも会えない時間が続いた。

 そんな中、学校から最悪の知らせが届いた。君が新型ウイルスに感染してしまったというのだ。最初は信じられず、何度も君に電話をかけた。それでも君が電話に出ることはなかった。信じざるを得ない状況だった。

 僕は君の助けになりたかった。君のいる病院まで駆けつけて励ましてやりたかった。でも病院の場所を知る手段は一切なかった。だからこそ、僕は甲子園に出たかった。出場して君に勇気と元気を届けてやりたかった。それ以外に僕が君のために出来ることは何もないと思っていた。ひたすら祈り続ける日々が続いた。

 しかし、現実は非道だ。神様は僕に挑戦する機会すら与えなかった。それどころか、僕から一番大切なものすら奪っていった。甲子園予選の中止の連絡と、君が死亡したと学校からメールが来たのはわずか数分の出来事だった。

 もうあれから三か月が経ったね。新型ウイルスも収束し、何気ない日常が再び始まろうとしている。でも、僕の隣に君はいない。僕の心はぽっかり穴が開いているみたいなんだ。このラブレターが君に届くことがないのは分かっている。それでも送らないわけにはいかないんだ。

 君の家の住所は調べさせてもらった。返事が来ないのは分かっている。それでも返事を書いてくれないだろうか。それまで僕は立ち直れそうにありません。

 敬具

 ‪二〇二〇年一一月一四日‬

 僕より

 

 所詮、自己満足のラブレターだ。返事が来ないことは分かっていた。それでも一週間後に僕宛の手紙が届いた。僕は覚悟を決めて手紙の封を開けた。

 

僕さんへ

 私は亡くなった姉の妹です。あなたに言いたいことがあってこの手紙を書きました。

 いい加減、被害者面をするのはやめてください。何かのせいにするのも。

 姉の死因は新型ウイルスによる病死ではありません。自殺です。三か月前、姉は首を吊って死んだんです。姉は一年前からストーカーにつけられ苦しんでいました。あなたのせいです。

 そもそも、姉の通っていた高校に野球部はありません。 

 また、あなたのラブレターで姉との会話は一つも出て来ませんでした。それは全て妄想の中の話だったからじゃないんですか。あなたの話は全て妄想なんです。

 本当ならあなたを殺してやりたいです。でも、姉は死ぬ前に私に言いました。私が死んでもどうか復讐だけはしないでくれ、と。

 だから、私たち家族は前を向いて歩き始めます。せめて、邪魔だけはしないでください。来週には遠い親戚のところに引っ越す予定です。もう関わらないでください。

 最後に一つ言わせてください。姉には長らく交際してきた彼氏がいました。だから、あなたは本当にただの人殺しのストーカーなんです。それ以上でもそれ以下でもないんです。

 さようなら。

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