番外編 ともし火

 本編に入りきらなかった、ハーシェルのウィルに対する思いについてです。

 ハーシェルはウィルに関して言いたいことがたくさんあるのですが、作者が下手くそなせいでなかなか出し切れないため、ここで思いのたけを存分に吐き出してもらおうと思います。もしかすると、今後本編と一部被るかもしれませんがご了承ください。


 時系列としては、第13話『地下牢へ』の後あたりです。



  *  *  *



 ――本当は、期待していた。


 東塔の前で、ウィルを待ち続けたあの夜。

 そこに現れるウィルの顔はどこか悲しげで、苦しげで。でも優しい目をしていて。

 そんなどこか懐かしい、ハーシェルがよく知っているウィルの顔で、きっとこう言うだろうと。

「ごめん、ハーシェル。僕が全部間違ってた」

 今までのは、全部演技だったんだ――と。


 しかし、実際に現れたウィルは、前に刺客として現れたウィルとなにも変わっていなかった。

 むしろ、向き合おうとすればするほど、こちらの心はずたずたになっていくばかりで。ウィルが自分のことを「ナイルの姫」あるいは「標的」としか見ていないのだと知ったとき、ハーシェルが感じたのは深い絶望と、そして――諦観だった。


 ずっと、会いたかったのに。


 二年前、偶然街でウィルと会ったときのことをハーシェルは思い返す。

 あの時から、また街でひょっこり会えはしないだろうかと、気がつけばいつもウィルを目で探していた。

 ハーシェルには、まだ話したいことがたくさんあった。

 アッシリアからナイルの王宮に入るまでの旅のこと。ラルサがどれだけ強くて、アッシリアにいた頃とはどれだけ雰囲気が違うかということ。城が広すぎるせいで、最初はよく迷子になりかけたこと。歴史学の先生の話は誰がどう聴いてもつまらないのに、本人は王宮一おもしろいと思い込んでいること。庭園の花がとてもきれいなこと。――ずっとずっとウィルに会いたくて、アイリスの花を見つけるたびに、ウィルと過ごした日々を思い返していたこと。


 少しの間でもいい。昔みたいにたわいもない話でふざけあって、ありのままで過ごせればそれでよかった。

 たとえ、見た目や立場が変わってしまっても、二人の中身と関係性はなにも変わっていないのだと確かめたかった。


 だけど、そう思っていたのはハーシェルの方だけだったようだ。


 黙ってアイリスの野を出ていったものだから、きっとウィルも同じように思っているだろうと思っていた。急にいなくなったハーシェルたちのことを心配し、寂しく思い、またいつか会いたいと願っているはずだと。


 ……ウィルは、一度も私に会いたいとは思わなかったのだろうか。

 ウィルにとって、アイリスの野で一緒に過ごした日々は、それほどたいしたものではなかったのだろうか。

 だからもう、ぜんぶ忘れてしまったのかな。



 『ハーシェルたちも、変わらないよね。ずっと一緒にいられるかな』

 『いられるよ。当たり前だろう?』

 『ぜったい?』

 『ぜったい』



 ――――あの約束も?



 ハーシェルの脳裏に、幼いウィルの自信に満ちた表情が思い浮かぶ。


 覚えていなくてもいい。

 今はただ、ウィルが無事に生きていてくれるならそれでいい。だけどできることなら、昔みたいに、また一緒に笑いあって過ごしたかった。そのためなら、ハーシェルは何だってするだろう。



 ……――ひとつ、気になることがある。



 ウィルがハーシェルに確実にとどめを刺せたはずのあの時、ウィルの剣は確かに動きを止めていた。

 さすがに、昔同じ時を過ごした友達を殺すことにはためらいがあったのだろうか。そう言えば、ハーシェルの部屋で会ったあの夜も、ウィルはハーシェルに傷ひとつつけずに逃げた。だとすれば、まだ希望を持ってみてもいいのだろうか。


 ハーシェルは、部屋の隅に生けてあるアイリスの花を眺めた。


 ――いつかまた、二人で笑い合える日が来ると、信じてみてもいいのだろうか。


 ハーシェルの中に、不安定で小さい、しかし確かな存在感をもった光がともる。

 ハーシェルはその光をそっと両手で包み込むと、決して消えないよう慎重に、大切に胸の奥にしまい込んだ。





 ――二人が再び出会うまで、あと二ヶ月――





 

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